第九話 ルリアとの勝負 その二

長い戦いの末、ついにルリアが攻撃の手を止めてくれた…。

「はぁはぁはぁ…貴方真面目にやっているの!?」

「はい、大真面目です」

ルリアは、肩で大きく息をするほど疲弊している。

一方俺の方は、まだまだ余力を残している。

やはり、動きにくいドレスと言うハンデは、かなり大きいと思える。

それでも、ここまで俺と戦えた事を称賛したいくらいだ。

ここまで戦って、ルリアは俺との実力差を感じている事だろう。

だから、さっきの発言に繋がるし、俺がルリアをどれだけ追い詰めたとしても、決して敗北を認めないという事が良く分かった。

「ルリアお嬢様、提案があります」

「はぁはぁ…なによ…」

「今日の所は、引き分けという事に致しませんか?」

「嫌よ!」

ルリアは疲弊しているにもかかわらず、俺を睨む目はまだ死んではいなかった。

しかし、これ以上戦いを続けていては、ルリアが倒れてしまうのは間違いない事だ。

そんな事態にしない為にも、ここで勝負を諦めて貰う必要がある。

「これ以上続けても、僕はルリアお嬢様を傷付ける事が出来ませんし、ルリアお嬢様も僕を倒せない。

故に、引き分けです」

「なによ!私が女だから?公爵令嬢だから手を抜いたって言うの!?」

ルリアは相当お怒りだ。今日向けられた視線の中で、一番恐怖を覚える。

ここで受け答えを間違うと、怒りに任せて俺を襲って来るのは目に見えているな…。

慎重に考えて答えて…いや、俺の本心を話す必要があるな。

「いいえ違います。僕は家族を大切に思っています。

ルリアお嬢様は僕の婚約者で、将来家族になるお方ですから、僕は傷つける事は出来ないのです」

ルリアは俺の言葉を聞き、俯いてしばらく沈黙していた…。

「…エルレイだったわね?」

「はい」

「貴方の提案を受けて、引き分けにするわ!」

「ありがとうございます!」

ふぅ~、どうなる事かと思ったが、ルリアが引き分けを受け入れてくれて安心した。

家族が大事だと言うのは、俺の本音だ。

転生した身ではあるが、この世界での両親と兄姉は俺に対して優しいし、色々尽くしてくれている。

その恩を返すと言う訳では無いが、家族の身に危険が及ぶような事になったら、俺は命を投げ出しても守ってあげたいと言う気持ちはある。

実際に、命を投げ出すかは置いといて、それくらいの覚悟はあると言う事だ。

魔法書と言う下心が無いとは言わないが、繋がりが出来てしまったからには、ルリアを守ってあげたいとは思う。

ルリアは顔を上げて、俺の目を真っすぐ見つめていた。

その視線は、今までの冷たいものでは無く、温かくて優しい感じがした。

「エルレイ、私の事をルリアと呼ぶように!敬語も不要よ!」

「…ルリアお…ルリア、改めてよろしく!」

俺がルリアに近づいて右手を差し出すと、ルリアは躊躇わずに右手を握ってくれた。

また殴られるのかと覚悟をしていたが、その様な事にはならず、汗が流れ落ちるルリア顔には、満面の笑みが浮かべられていた。

この時初めて、俺はルリアの事を可愛いと思えた…。


ルリアは握っていた手を離すと、少し恥ずかしかったのかプイッと横を向いて、俺から視線を離した。

「着替えて来るわ!」

ルリアはそう言い残して、リリーと共に家の方へと戻って行った。

俺も着替えた方が良さそうだな。

ルリアのドレスの様に汚れてはいないが、汗でぐっしょりと濡れている。

次着る機会は無いとは思うが、高い服だから洗って貰わないと、染みになってしまう。

俺も家の中に入って行くと、二人の兄夫婦とアルティナ姉さんが待ち構えていた。


「エルレイ、怪我をしてない?」

「大丈夫です。ですが、汗をいっぱいかいているので、抱き付かないで下さい」

アルティナ姉さんは、俺を見かけるなり近づいて来て抱きしめようとして来たが、俺は手を伸ばしてそれを制した。

アルティナ姉さんのドレスまで、俺の汗で汚す訳にはいかない。

「そんなの気にしないのに…」

アルティナ姉さんは、不満気な表情を見せていたが、何とか納得して貰った。

「エルレイ、勝負には勝ったのか?」

マデラン兄さんが、少し心配そうにしながら俺に尋ねて来た。

「ルリアお嬢様との勝負は引き分けでしたが…なぜマデラン兄さんがその事を知っているのでしょうか?」

ルリアから勝負を申し込まれた時には、周囲に誰も居なかったし、聞かれてはいないと思う。

まぁ、裏庭でルリアと剣で激しく戦っていれば、勝負していたと思われても不思議では無いか…。

「あー、そのーなっ、ルリアお嬢様はご婚約の度に、勝負を挑んではお相手を負かし、婚約破棄に持ち込んでいると言う話を聞いた事があってな…」

「なるほど、そんな事が…」

公爵令嬢が男爵家三男の婚約者になるとは、そんな理由があったのか…。

魔法使いと言う理由では無かったんだな…。

じゃじゃ馬娘を押し付けられたという事だな…。

「でも、引き分けなら問題無いんだろ?エルレイ、婚約者が決まってよかったじゃないか!」

ヴァルト兄さんは、俺の頭に手を乗せて力一杯撫でまわしてきた。

髪の毛が引っ張られて少し痛いが、ヴァルト兄さんが俺の頭を撫でて来るのはいつもの事なので慣れているし、素直に喜んで貰えているのは俺も嬉しいからな。

「エルレイ君は、凄い魔法使いだと聞いたのに、剣の腕も良いのですね?」

「そうなんだよ。兄としては威厳を保ちたい所だけれど、最近は剣の腕もエルレイに抜かれたんだよな」

セシルさんの問いに、マデラン兄さんは苦笑いしながら答えていた。

「ねっ、エルレイ君、私とも勝負しない?これでも結構自信があるのよね!」

「えーっと…」

イアンナ姉さんからも勝負を持ちかけられ、俺は止めて貰えないかと思って、ヴァルト兄さんに視線を送った。

「いいんじゃねーか。俺もイアンナの剣の腕を見て見たいしな」

まぁ、ヴァルト兄さんならそう言うよね…。

俺は諦めて、イアンナ姉さんの勝負を受ける事にした。

「急いで着替えて来ます」

俺は自室に戻り、普段着に着替えて裏庭へと急いで行った。


裏庭へと着くと、そこには先程の面子に加えて、ルリアとリリーの姿もあった。

イアンナ姉さんは剣を持っていて、既に戦う準備は整っている様だ。

俺もイアンナ姉さんの前に立ち、剣を構えた。

「準備は良いな。心配して無いが、怪我しない程度にしろよ?

では、始め!」

ヴァルト兄さんの合図と共に、イアンナ姉さんとの勝負が始まった。

「行くわよ!」

イアンナ姉さんの剣は、自信があると言うだけの事はあって、とても鋭い。

ルリアの打ち込みより威力は劣っているが、何より身長差による上からの振り下ろしは、中々厳しいものがある。

ルリアにやった時の様に、足を引っかけたり、剣で足を払ったりすれば勝てなくも無いが、また卑怯だと言われても困るからやらない…。

実力的には五分くらいだと思うが、体格差は如何ともしがたい…。

徐々に押されて来て、俺の剣が弾かれ、隙が出来た際に肩口に剣を当てられて敗北が決まった。

「そこまで!」

「ふふん、エルレイ君もなかなかやるわね!」

「完敗です…」

イアンナ姉さんが勝ち誇った表情をして喜びの声を上げ、ヴァルト兄さんも妻が勝利した事を喜んでいた。

くっ!負けた事は非常に悔しい!

悔しさが表情に現れていたのか、ルリアが負けた俺を見てニヤニヤと笑っているのが、余計に悔しさを増加させた…。

「エルレイ、俺とも久しぶりにやるか?」

「そうですね。魔法を使っていいのであれば受けて立ちますよ!」

「それは流石に無理だな。恥をかく前に退散する事にしよう」

ヴァルト兄さんは、笑いながら俺の頭を撫でて、イアンナ姉さんを連れて家に戻って行った。

「私達も戻るよ。ルリアお嬢様、エルレイの事をよろしくお願いします」

マデラン兄さんも、セシル姉さんを連れて家に戻って行った。

「エルレイ、虐められたら私に言うのよ!お姉ちゃんが仕返ししてあげるからね!」

「僕は虐められたりしませんよ」

アルティナ姉さんは、ルリアを牽制する様に睨んでから、家に戻って行った。

暴力は振るわれるかもしれないけれど、虐められるほど俺は弱く無いからな。

さて、秘蔵の魔法書を手に入れる為に、ルリアに魔法を教えて行く事にしようと思う。

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