第八話 ルリアとの勝負 その一

「ゼイクリム男爵、それからエルレイ君、ルリアの事は頼んだ」

「はっ、ルリアお嬢様は、私が責任を持ってお預かりさせて頂きます」

「はい!」

ルリアとの婚約が決まった後、ラノフェリア公爵はルリアをこの家に残して帰って行った。

父が、今日まで泊まって行くようにと声を掛けていたが、ラノフェリア公爵はとても忙しいそうだ。

この後は、国境沿いのエレマー砦を視察し、状況がどの様になっているか実際に確認して行くそうだ。

戦争は嫌だが、ラノフェリア公爵が視察した事で、防衛に来てくれる王国軍の数が多くなるなら良い事だな。

それと、俺がラノフェリア公爵家に行くのかと思っていたのだが、違っていたみたいだ…。

「エルレイ、ルリアお嬢様にしっかりと魔法を教えるのだぞ!」

「父上、承知しました」

ラノフェリア公爵が乗った馬車を見送った後、俺とルリアを残して皆家の中に入って行った…。

いや、もう一人ルリアのお付きのメイドが、ルリアの後ろに控えているな。

ルリアと同じくらいの年齢の女の子で、珍しい銀色の髪が綺麗で、お人形のような可愛さがある。

ともあれ、秘蔵の魔法書を貰う為に、ルリアに魔法を教えなくてはならないな。

相変わらず、ルリアは冷たい視線を向けて来ているが、魔法を教えるのに支障は無いだろう。

改めて挨拶をし、魔法を教えて行く事にしよう。


「ルリアお嬢様、改めまして、僕はエルレイ・フォン・アリクレットと申します。

今日から、魔法を教えて行きたいと思いますので、よろしくお願いします」

俺はお辞儀をして、頭を下げたままルリアに手を伸ばして、握手を求めた。

「ふんっ!」

ルリアは鼻を鳴らしながらも、俺が差し出した手を握ってくれた。

子供特有の温かな体温と柔らかさが、握られた手から伝わって来る。

俺は頭を上げて、ルリアの表情を見ようとした。

ごっ!

その瞬間、右の頬に強い衝撃が与えられて、俺は後ろに倒れ込んだ…。

殴られたと気が付いたのは、じんじんとした痛みが頬から伝わって来たのと、ルリアの握りしめられた左手を見たからだ。

ルリアは、俺が無様に倒れたのがお気に召したのか、腕を組んで仁王立ちで俺を見下ろしていた。

「私と勝負なさい!私が勝ったら貴方は私の奴隷よ!!」

不意打ちで殴って来た上に、勝負を申し込まれた…。

理不尽な事に、負けたら奴隷にされるみたいだ。

まぁ、公爵令嬢からすれば、男爵家三男なんて奴隷みたいなものか…。

親の意向とはいえ、奴隷みたいな俺の婚約者にされれば、ルリアとしては耐え難いものがあるのだろう。

殴られて一瞬頭に来たが、俺は大人だし、ルリアの立場を考えれば当然の事だったのかもしれないな。

とは言え、奴隷は勘弁願いたいものだ。

どんな勝負を挑んでくるのかは分からないが、勝てば奴隷以上の扱いはして貰えるかもしれない。

でも一応、理由を聞いておいた方が良さそうだな。

俺は殴られた頬に手を当てて、治癒魔法をかけながら立ち上がり、ルリアに話しかけた。


「何故僕が、ルリアお嬢様と勝負をしなくてはならないのでしょうか?」

「貴方と結婚したく無いからよ!」

明確なお答え、ありがとうございます。

聞くまでも無かったな…。

俺も、暴力を振るう様な女の子とは結婚したいとは思わない。

勝負に勝てば、ルリアの方から婚約破棄を言い渡してくるかもしれないし、何としても勝負に勝つ事にしよう!

あっ…。

でもそうなってしまうと、公爵家秘蔵の魔法書が手に入らなくなってしまう…。

その事だけは避けなくてはならない。

不本意だが、魔法書を確保するまでは、ルリアから婚約破棄されないようにしないといけないな。

「ルリアお嬢様のお気持ちは良く分かりました。

では、僕が勝ちましたら、結婚して頂けるという事でよろしいでしょうか?」

「私が負ける事は無いから、そんなこと気にする必要無いわ!」

ルリアは仁王立ちのまま、語彙を強めて俺に言い放って来た。

相当自信があるのだろうが、俺としても負けるつもりは無い。

なので、きっちり条件を決めておかないと、うやむやにされても困るからな。

「勝負はお受け致しますが、僕が勝利した場合には、ルリアお嬢様と対等な立場でお付き合いして頂くと言う事をお約束ください」

「ふんっ!分かったわ!最初に言った通り、私が勝ったら貴方は奴隷よ!いいわね!!」

「はい」

「リリーに証人になって貰うから、言い逃れは出来ないわよ!」

「分かりました」

証人が居るのであれば、こちらとしても好都合だ。

「勝負の方法は…」

「剣に決まっているわ!」

「分かりました。裏庭が訓練場となっていますので、ルリアお嬢様は動きやすい服装に着替えてからお越しください」

「このままで結構、さっさと行きなさい!」

ルリアは、モスグリーンの高そうなドレスを着ていたので、動きにくいだろうし汚してはいけないと思って気を利かせたのだけれど、余計なおせっかいだったみたいだ。

訓練用の剣を二本用意して、裏庭の訓練場へとやって来た。

一本をルリアに渡すと、何度か振り下ろして感触を確かめていた。

なるほど、勝負を挑むくらいだから、それなりに使えるのだろうと思っていたが、これは予想以上に強いみたいだな。

しかし、まだ子供だから、アンジェリカほどの強さでは無いので、問題無く勝てると思うが油断は出来ないな。

俺は気を引き締めて、ルリアと対峙した。


「リリー、審判をやって頂戴」

「お嬢様、畏まりました。

ルールは降参、もしくは動けなくなった方の負けとさせて頂きます。

準備はよろしいでしょうか?」

「いつでもいいわよ!」

「こちらも構わない」

「では、私が手を振り下ろしましたら始めてください」

リリーは、慣れた感じでルールの説明をし、白く綺麗な右手を真っすぐと上げた。

ルリアの目が、俺を威圧すかのように睨みつけている。

普通の人なら、圧倒されて怖気づいてしまうかも知れないが、俺には通用しない。

それを証明する様に、俺もルリアを睨み返してやった。

睨み合いが続いた後、リリーの白く綺麗な右手が、素早く振り下ろされた!


「はぁっ!」

開始早々、ルリアが素早く剣を俺に振り下ろして来た。

ギンッ!

金属同士がぶつかり合う音が響き、擦れ合った剣から火花が飛び散る。

訓練用の剣で刃を潰しているとは言え、当たり所が悪ければ死んでしまうくらいの激しい撃ち込みだった。

女の子とは思えないほどの、強く鋭い一撃だな。

自信満々だったのもうなずける。

でも、俺も負けてはいない。

ルリアの剣を弾き返し、反撃を試みる。

ギンッギンギンッギンッ!

お互い、力のこもった撃ち合いが続く。

ルリアの剣筋は、アンジェリカと同じく、癖のない真っすぐなものだ。

余程いい教師が付いているのだろう。

だから、俺にとっては非常に読みやすくて、やりやすい相手だな。

キンッ!

ルリアが力一杯打ち込んできた剣を、正面から受け止めると見せかけて、横に受け流す。

それだけで、ルリアの体が少し前のめりになり、倒れないように一歩踏み出して来た足を引っかけてやるだけで、ルリアは前に倒れ、俺はルリアのうなじに剣を添えるだけで勝ちとなる。


「エ、エルレイ様の勝利です」

リリーが、少し驚きながらも、俺の勝利を宣言してくれた。

「足を使うなんて卑怯よ!今の勝負は無効よ!」

しかしルリアは、勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にしながら大声て敗北を否定してきた。

俺は助けを求めるべく、リリーに視線を向けると、リリーは無言で右手を上げて、試合再開の合図として右手を振り下ろした…。

仕方が無い、正面から打ち負かすしか無いみたいだ…。

頭に血が上ったいたルリアは、力まかせに剣を振って来ると思ったのだけれど、先程とは違って慎重に俺の実力を探るような感じで剣を振って来た。

ルリアに、剣を当てて勝つ事は可能だ。

しかし、女の子の体に、訓練用とは言え当てるのは躊躇われる…。

治療魔法を使えば、打ち身や痣なんかは治す事は出来るが、相手は公爵令嬢だ。

ラノフェリア公爵に告げ口されて、父に何かしらの処罰が与えられないとも限らない。

俺が勝利するためには、ルリアに敗北を認めさせるしか方法は無いみたいだ。

それから、俺とルリアの間で、長い戦いが繰り広げられる事となった…。

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