第七話 婚約者

翌日も、家族揃ってお客様のお見送りで、今日も笑顔を浮かべてお辞儀をするだけの機械となっている…。

しかし、今日を乗り越えればまた平和な日常となるので、何とか頑張れると言うものだ。

男爵家の三男として転生し、今日まで貴族としての生活を体験してきたが、家事は使用人が全てやってくれるし悪くない生活だ。

でもそれは、俺が子供であるからであって、父は毎日忙しそうに仕事をしているし、年に数回は何日もかけて王都に出掛けたりしている。

父の王都での仕事を見た事は無いけれど、今日の様に嫌な相手であっても笑顔を浮かべて、時には煽てて見たり機嫌を取ったりしなくてはならないのだろう。

俺にはとても出来そうにないし、三男として生まれた俺が貴族になれる訳でも無い。

しかし、貴族と関わり合いになるような仕事には着きたくないと、昨日と今日機械になった事で心に決めた。


そろそろ、顔の筋肉が痙攣を起こすのでは無いかと思った所で、お客様のお見送りが終了した…。

そして、部屋に戻って休もうかと思った所で、父から声を掛けられた。

「エルレイ、話があるので私に着いて来なさい」

「はい」

父から話とは珍しい。

家族が集まった場所で会話する事はあっても、父に呼び出されて会話した事は、中級魔法書を手渡された時くらいだ。

あっ、もしかして、上級魔法書が手に入ったのだろうか?

それなら嬉しいと思い、込み上げて来る笑みを必死にこらえながら、父の後に着いて行った。

あれ?

父と一緒に入って行った部屋は、父の執務室では無く応接室だった。

「ラノフェリア公爵様をお呼びして来てくれ」

「畏まりました」

父がジアールに命令し、俺と父はソファーに座ってラノフェリア公爵が来るのを待つ事になった。

と言うか、何でラノフェリア公爵と父との会談の場に、俺が呼び出されているんだ?

もしかして、昨日魔法を見せた時に、何か失礼な事でもしたのだろうか?

記憶を思い起こしてみたが、そんな事は多分無かったよな?

いや、俺がそう思っているだけで、ラノフェリア公爵が不機嫌に思った可能性も無いとは言えない…。

俺は怒られるのかと思い、父の表情を盗み見して見ると、少し笑顔を浮かべていたので、その可能性は低いのでは無いかと判断した。

他に考えられるとしたら、魔法を見せた事でラノフェリア公爵に気に入られて、使用人として召し抱えられるのかも知れない…。

わざわざ、俺の魔法を見たいと言って来た事から、その可能性が高くなって来たな…。

不味い…非常に不味い…。

貴族、しかも公爵家の使用人ともなれば、とても大変で忙しいのでは無いだろうか?

男爵家に仕えるジアールでさえ、父と一緒に書類仕事をこなし、その上で使用人達の管理なども行っている。

寝る暇が無いんじゃないかと思えるほど忙しいはずだ。

どうにか切り抜ける方法を考えないといけないな…。

この席から逃げ出すと言う選択は、父の顔を潰し、この家に居られなくなるので、取れる手段ではない。

家から出て行って、一人で生活する事は多分出来ると思う。

しかし、今まで育てて貰った父の顔に泥を塗る事は出来ないし、そうなったら、アリクレット男爵家自体が潰されるかもしれない。

そんな事は俺も望んでもいない。

同じ理由で、ラノフェリア公爵の願いを断る事も出来ないだろう。

何かいい手立ては無いものか…。

俺が頭を悩ませていると、応接室のドアをノックする音が聞こえて来た…。


「旦那様、ラノフェリア公爵様をお連れ致しました」

ジアールの声が聞こえて来た後、応接室の扉が開けられて、ラノフェリア公爵一家が入室してきた。

俺と父はソファーから立ち上がり、ラノフェリア公爵家を出迎えた。

入室して来たのは、ラノフェリア公爵本人と、その妻アベルティア、娘のルリアの三人だった。

昨日の段階で挨拶していたので、名前は覚えている。

他の貴族の名前は覚えていないが、公爵家だけは忘れてはいけないと思い、必死に覚えたからな…。


「ラノフェリア公爵様、大変お待たせいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」

父が、深く頭を下げて謝罪していていたので、俺も同じ様に頭を下げた。

「気にする必要は無い。私達も君の領内を見学させて貰っていたからな。なぁアベルティア」

「はい、とても綺麗な所で気に入りました」

「恐縮です。お掛け下さい」

「うむ」

ラノフェリア一家がソファーに掛けた後、父と共に俺も正面に着席する事となった。

父の声から、若干緊張しているのが読み取れ、俺もそれにつられて緊張してきた…。

それもそのはず。

ラノフェリア公爵家の三人の視線が俺に向けられているし、貴族独特の威厳や風格と言った物が、父とは比べ物にならないくらい感じられて圧倒されてしまう。

昨日声を掛けられた時には、顔をじっくり見る余裕は無かったけれど、今は正面から否応なく見る事が出来る。

三人共赤い髪を持っていて、よく似た親子だと思う。

ラノフェリア公爵は、父より少し年上のように見受けられるが、若々しく整った顔立ちをしていて、街を歩けば女性が声を掛けてくること間違い無いだろう。

妻のアベルティアは、胸がとても大きく、歩くたびに揺れてドレスから飛び出してしまうんじゃないかと思えるほどだ。

出来るなら、俺もこんな胸の大きな女性を妻として迎えたいと思えるし、ラノフェリア公爵を羨ましく思う。

俺を見ている表情は、慈愛に満ちた笑顔を見せていて、俺も思わず笑顔になってしまいそうになるほどだ。

娘のルリアは、母親のアベルティアそっくりな顔をしていて、笑うととても可愛らしいと思える。

しかし、俺を向けられている視線は冷たく、完全に此方を見下しているのは良く分かった。

まぁ、公爵令嬢からすれば、男爵家三男など、こんな機会でなければ会う事は無いし、笑顔で機嫌を取る必要も無いだろうからな。

暫く沈黙が続いて、俺と父の緊張が高まって来た所で、やっとラノフェリア公爵の口が開かれた。


「昨日挨拶は済ませたから、割愛させて頂く。

この様な場を設けさせて貰ったのは、エルレイ君、君に頼みたい事があったからだ」

「は、はい!な、何なりとお申し付けください!」

緊張のあまり、噛んでしまった上に、余計なことまで言ってしまった…。

とても後悔したが、もう後戻りは出来ない。

ラノフェリア公爵は俺の返事に満足したのか、一瞬だけニヤッと笑い、俺が頼みを断る事は不可能だと思わされた…。

「うむ、エルレイ君、頼みと言うのは私の娘、ルリアに魔法を教えて欲しいのだ。

娘も君と同じく、中級魔法まで修得している。

だが、そこから伸び悩んでいてな。

君に付きっきりで教えて貰えれば、娘も一流魔法使いに成れるのでは無いかと思ったからだ。

勿論ただでとは言わない。

娘を一流の魔法使いに出来た暁には、ラノフェリア家に伝わる秘蔵の魔法書を君に読ませてあげようじゃないか!

どうかね?」

「はい!喜んで引き受けさせて頂きます!」

「そうかそうか!」

俺は、秘蔵の魔法書と聞いて、二つ返事で応えてしまった!

しかし後悔はない!

秘蔵の魔法書がどんな物かは分からないが、公爵家に伝わるものだから、きっとすごい魔法が記されているに決まっている。

「ルリア、良かったですね」

「はい、お母様」

ラノフェリア公爵とアベルティアは、ルリアの方を見てとても喜んでいた。

しかしルリアは、両親には笑顔を向けているが、俺に向けて来る冷たい視線は変わってはいなかった。

でも、ルリアに魔法を教えるだけで魔法書を手に入れられるのであれば、冷たい視線くらい我慢できると言うものだ。

話しはそれで終わりかと思った所で、ラノフェリア公爵からとんでもない事を告げられた。


「エルレイ君が引き受けてくれて助かった。

これで正式に、ルリアとエルレイ君の婚約が決まり、とても喜ばしい事だ」

「はい、私も同じ気持ちです」

「えっ!?」

俺が驚きの声を上げているにもかかわらず、父とラノフェリア公爵との間で合意がなされ、俺の婚約者が決定した…。

いやいやいや!

相手は曲がりも無く公爵令嬢様ですよ?

男爵家三男の俺との婚約なんて、ありえないでしょう!?

当人のルリアは、更に冷たい視線で俺を睨んで来ているし、絶対納得していないよな!

「やはり、魔法使い同士で結婚するのが一番ですからね。ルリアも嬉しいわよね?」

「はい、お母様」

確かに、魔法使い同士で結婚して子を生した場合、魔法使いの子供が産まれる可能性は高いとされている。

でもそれは絶対では無いし、迷信の類では無いだろうか?

俺は改めてルリアの顔を見た。

赤色の綺麗な髪が美しくて可愛いし、将来は母親の様に胸も大きくなるだろう。

身分の差を除けば、悪い相手では無いのかもしれない…。

「ルリアお嬢様、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

ルリアの内心がどうであろうと、両親の手前、俺達は婚約者としての挨拶を交わした。

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