第十二辿り着いた答え

 縫合していた糸が抜けたのは九月に入ってから第二週目だった。

 本当は喫茶店トマトを辞めて、四六時中アダムへと辿る道へと奔走し様としたけど、若し、そうしてしまうと俺の行動が愁先生の耳に簡単に届いてしまいそうで、週四日の予定にして貰った。

 夏見店長はものすごく不安そうな顔をして、週に働く日数がドンドン減って行き、いつかはここを出て行ってしまうんじゃないかと心配していた。

 近い未来にはトマトを辞めてしまうかもしれない。でも、それは俺が決めること他人には指図されたくない事だ。だけど、記憶喪失だったころにやさしく接してくれた彼女や、そこで働く人たちに恩義を感じてしまってもいた。

 だから、退職してしまうときには俺の後釜のことを考えて手を回すことも忘れないでおこうかな・・・。

 さて、次に協力者だ。

 信頼できて、口の堅い友達・・・、・・・、・・・、何人かいるけど、なるべくだったら逝っちまったあいつ等と親しかった連中の方がいいのかもしれない・・・。

 指で数えると四、五人いた。

 その中で、更に社会人だ、そういう調べごとをしていても仕事に支障がない友達は・・・、・・・、・・・、該当者は一人か・・・。

 友達というよりも先輩かな。

 あれらが、単なる事故じゃなくて、故意なら、これからも画策している奴が存在し続ける限り、常に俺等の周りには危険が訪れ絶える事がないんじゃないのか?

 なら、その脅威を取り除くにはこっちが倒される前に速やかに相手を捕らえること。

 その事を念頭に措いて、行動しなくちゃならないし、相手に悟られれば今以上に己の立場が危うくなるだろう。だから、頼れるのはそういう事に関わっても対処できるそんな人でなくちゃならない。それがあの先輩なんだよな。


~ 2011年9月29日、木曜日 ~

 家族には今日も俺は仕事がある日ってことになっているけど、実際はそうじゃない。

 さて、協力者になってくれそうな先輩、神無月焔先輩に連絡を入れてみようか。

 先輩とは記憶喪失になる前は結構頻繁に会っていたからそんなに久しぶりって程じゃないけどな。

「もしもし、八神慎治ですけど、ちょっと色々あってご無沙汰でした。神無月先輩、時間作って俺と会ってくれないっすか?」

「元気そうで何よりです。君が飛行機事故にあって更に記憶喪失になりました、と知人からその話しを聞いたときは愕然としましたよ」

「知ってたんすか、神無月先輩?」

「ええ、まあ。で、私に用件とは」

「電話では言えないんで、先輩がいる東京へ行くからさ、どこかで待ち合わせしましょうよ」

「それには及びません。そちらへ行く用事がありますので。それでは君が今働いている喫茶店トマトで落ち合いましょうか」

「それはまずいっす。そうだ、あそこの珈琲店にしましょう、先輩がよく行っていたドレスデン」

「了解しました。では時間は十時半としましょう」

「よろしくお願いします、神無月先輩」

 そういって受話器を電話本体に戻しながら、壁掛け時計を見て時間を確認した。

 十時半か。あと、三十分。余裕で間に合う。でも、なんで、東京の検察庁で働いている先輩がこんな時間にこっちへ。

 まあ、その事は深く考えないで、俺が今必要としていることだけに頭を使うことにしような。

 身支度を整え、愛車マーク・ダブルエックスに乗り込み、原動機を始動させる。

 少しばかり、暖気して、水温計の針が動き出した頃に車を走らせ、ドレスデンへと向かった。

 道路は案外込んでいて、目的地にぎりぎりで到着してしまいそうな、そんな車の流れだった。

 歌曲があまり好きじゃないから、車内に流れる音楽はもっぱらEasy Listening系。

 若しくは講談や、お笑いの話しを掛けていた。

 今聞いているのはImage12(イマージュ・ドゥーズ)の六曲目が始まろうとした時に珈琲店へと辿り着く。

 駐車場を覗くと神無月先輩の名前と一緒の色合いの赤い色でHONDAのNSXの後継機で最新型のNSYが停まっていた。

「先輩、もう着いているのか。早く行かないと、何かと時間に厳しい人だからな」

といって、俺も車から降りると、さっさと店の中へ駆け込んだ。

 店内に入ると、いつもの場所に神無月先輩は座っていて、態とらしく、腕時計で俺の到着時間を計っている姿を見せていた。

 俺が近づいている事を知って先輩は声を掛けてくれた。皮肉付きでな。

「三十秒遅れですか、まあ、いいでしょう。許容範囲内です」

「またまた、神無月先輩、態とらしく、そんな事を言うんすから、まったく」

「すみませんね、これは私の意地悪な性格でして、ふふ。しかし、こうして、またあなたに会えるとは思ってもいなかったのですよ、あの航空機事故が起きた時には。本当に無事でよかった」

「悪運だけは、どうも強い見たいっすからね、俺」

 なぜか、自嘲気味に答えてしまうと、先輩は諭すように俺に言葉を向けた。

「八神君、助かったことを感謝するべきですよ。生きているからこそ、得られる大事なものがあるのですから・・・。それよりもです、私に用件とは」

 神無月先輩がそう切り出してくれたので、愁先生や母さんから聞いたことをまとめて、先輩が納得してくれるように順を追って話していた。 でも、先輩は賢明な人だから、俺が冗長的に語ってしまっても、要点だけを把握してくれるだけの頭脳を持っているので話し続けていた。

「八神君、それは本当のことですか?」

「いや、だから、それが事実、真実であるか、どうか。それが知りたくて、調べるんすよ」

「分かりました。もし、それが一貫性のある事件なら、見過ごすわけにはいきませんし、謀殺による物なら、計画を企てたものがいるのは必然。絶対に許すわけにはいきません。その者の為に私が望んだ未来を潰された言うのなら、それ、相応の罰を受けてもらわねばなりませんからね」

 神無月先輩は力強く言葉を言い綴った。

 その時の先輩の目は意欲に燃える強い眼差しとかではなく、どちらかと言うと、この恨み晴らさずには措けるか、そんな怨恨の焔がまとった眼をしていた・・・、様な気がする。

「しかし、兄さんが、彼に調べさせていた事がこれと関係していたとは・・・」

「先輩、何を一人呟いているんすか?」

「ああ、いえね、先ほど八神君が名を出していました人物に調川愁と言う医者がいたでしょう?」

「はぁ?」

「実はと申しますが、愁は私の兄でして」

 俺は先輩のその事実を聞いて、暫く理解できず、頭の上に疑問符を並べ続け、最後には素っ頓狂な声で訊き返してしまう。

「まっ、まじっすかあ?だって、苗字が違うっしょ。調川と神無月。愁先生は母方の姓を今名乗っているって聞いたし、父方は草剪て言ってましたよ」

「ええ、そうですね。私のこの神無月と言う苗字はですね、父方で、母方は」

「・・・、調川なんですか?」

「ええ、正解です。まあ、幼少の頃の愁兄さんには色々ありましてね、私からはお教えできませんが。ただ・・・」

 その言葉の続きは草剪と言う家系の簡単な説明と、そこで顧問弁護士をしていた神無月、先輩の父親の事と、愁先生と先輩の母親の駆け落ちの事を淡々と語ってくれた。

「ああ、そう言えば、愁兄さん、八神君の姉君、佐京さんでよろしかったですよね?年末にやっと婚姻するのでしたね?そうなると、法律上では私と、八神君は兄弟になるわけですね義理の。なら、私のことを先輩と呼ぶのも可笑しいでしょう、クフフッ。ですから、これからは私のことを焔と下の名で呼んだほうがいいでしょうね。特に敬称とかは気にしない方なので、呼び捨てでも構いませんよ。慎治君」

「愁先生とおんなじことを言う。先生と先輩を関連付けてしまうと、何となく、色んな部分が同じにみえちまうよ、まったく」

「ふふ、そうですか?半分は同じ血が流れていますから、根底の性格は似ている所があるのでしょう」

「へい、へい、そうでございますか焔の兄貴。でも、さっきの件、本当に頼みましたよ。事件、事故の記録なんて一般人が勝手に探せるもんじゃないですから」

「ええ、藤原君や藤宮さんの為にも、ぜったいに必要な資料を掻き集めましょう。それと容疑者になりえる人物とかも・・・」

「あっ」

「どうしました?」

「神無月先輩が愁先生の兄貴なら、俺がこんな行動を開始したなんて事、教えないでくださいよ」

「さて、どうしましょうかねぇ。結構、私は口の堅いほうだと、自分自身で思っていますが、ついぽろりと零してしまうときもあるでしょう」と不敵な笑みを表情に出しながら、珈琲を啜っていた。

「たのみますよ、まじで、焔兄貴っ!」

「しょうがないですねぇ。将来は私の義弟になる方ですから気の利いた兄として振舞って上げましょう」

 雰囲気や口調が違うけど、根っこの性格は愁先生と同等だと痛感してしまいそうな、そんな発言を焔先輩は眼鏡の橋留に左人差し指を当て、眼鏡のずれを直しながら口にしていた。

 珈琲の空になった器を皿に戻し、時間を確認した先輩。

「もう、こんな時間ですか。私は用があって三戸まで足を運んでいるのに遅刻をする訳には参りませんので、これにて失礼させてもらいますよ」

 神無月先輩はカウンター前で店長と素早く会計を済ませると親しげで柔らかい表情をして軽く会釈を俺に向けてから、早々に店から出て行った。

 立ち去る先輩の後姿を見て、心強い協力者を得たと思うのと同時に、愁先生に事が漏れないかという不安も抱いてしまった。しかし、そんな事よりも、俺はもっと場所を選ぶべきだったと気が付いた時には事既に晩し、そんな状況にいることを知る由もない。

 それは、俺と先輩の会話を聞かせてはならない、そんな人物達に聞かれてしまった事だ。

 夏見店長の情報によると涼崎翠ちゃんと結城兄妹は、今月の頭に行われた大学後期入学試験に合格して、十月から大学へ行く予定になっていると教えてもらった。

 まだ、将来に確固な目標を持っていなくぶらぶらしている俺と違って、進む未来を見つける為の道を歩みだそうとしている三人、その彼、彼女等に貴斗や藤宮がどうとか、って事を聞かれちまっていた。

 大学が始まるまであと二週間もないって時にだよ、まったく。

 とんだ失態だ。そして、その本人達が、俺の方へ結構剣幕な顔つきで近づいてきた。

「八神さんっ!その話し本当なんですか?私や、弥生が、貴斗さん、詩織先輩たちがっ・・・、じゃなくて」

「そうっすよ、慎治さん。それが本当なら俺達だって協力させてくださいっ!人数が多い方が情報も多くそろうでしょう?」

「弥生も、そう思います。だから、ぜひ弥生たちにも手伝わせてください」

 三人はそう簡単には引いて呉れそうもない強い意思の感じる表情で俺に言い迫って来た。

 しかし、仮に犯人がいたとして、そのホシの計画が俺達に危害を加える事だったら、翠ちゃん達を行動に加える事はしてはならない。

 三人を危険に晒させないためにも、ここは彼らの協力を受け入れては駄目なんだ。

「八神さん、私達、八神さんが思っているほど、馬鹿じゃないんだからね」

「そうですよ、弥生達は、ちゃんと八神さんのお話を聞いて、弥生達が八神さんに協力したら危険な目に遭うかもしれないって事ぐらいしっかりと理解できます」

「こいつらが、こん睡状態だったときに、俺、何度か危険な目にあったけど、慎治さんの話を聞いて納得できた様な気がする。でも、俺はちゃんと無事でいるんですよ。だから、大丈夫ですって。こいつらくらい俺が危険から守って見せますよ。その為に自分を鍛え上げてきたんですから」

 将臣君は答えながら格闘の構えを俺に見せて、自分の強さを誇張していた。

 ちっ、俺の方が不利か、翠ちゃんの押しの強さは昔から知っていた。

 弥生ちゃんも藤宮と性格が似ているから、自身で決めた事を簡単に枉げる事はしないだろう。

 兄の将臣君もそういった面では妹と一緒出しな。

 くそっ、俺が折れてしまうとは。

 しょうがない、ここは俺が降参して、上手く三人の行動が制限できるようなお願いをしよう。

 三人に俺が渋々承知するのだと印象付けるような表情と体つきを見せて、悩み顔で頭を神経質そうに掻きながら言葉を探した。

「ああっ、わかった。わかったよ。俺の負けだ。君達の協力を仰ぐことにする。だけど、俺の支持に従ってくれない場合は認めない、いいな」

 三人とも拳に力をこめて強く頷いてくれた。

 それから、最初に三人にお願いしたのが、親からProject ADAMの情報を聞き出すこと、それだった。


~ 2011年10月4日、火曜日 ~

 毎回、こっちまでは足の運べない神無月先輩はお願いしていた資料を三戸まで郵送してくれていた。しかし、俺の家ではなく、警察署にだ。

 先輩なりに考えてそこへ送ってくれたのだろうと思うんだけど、俺の携帯電話にいきなり『どこそこ署のなになにです』って言われた時には驚いたよ、まったく。

 そういう風な手段をとるなら前もって教えてくれてもよかったのにと思ったけど、もう過ぎてしまったことだから、愚痴を零しても仕方がないな。

 それで、今は三戸中央警察本部へその資料を取りに行って、自宅へと戻ってきた所だった。さっそく、A4の書類が入る封筒から中の資料を取り出した。

「さっそく、中身を拝見させてもらいますかね、神無月先輩が集めてくれたって資料を」

 ざっと、書面の量を数えてみると、全て機械印字されている物ばかりで、枚数が多い分読みやすそうで助かった。

 ここから先の俺の思考はどの状況においても策謀者がいると言う前提で書面の内容を解析しようと思う。

 まず初めに自分の事。

 あれから、もう一年もたつと思うとなんか随分昔の事のように感じてしまうのはそれを忘れたいからなんだろうか、と考えつつ、文を読んでいた。

 あの事故で最大の疑問点があった。

 それは俺を殺すだけの為に飛行機を爆発させれば、それに搭乗していた乗客だって無事では済まないはず。

 それでも事は決行された。

 インド洋、オマーン北海岸沖上空で左主翼動力が爆発して、羽根自身がもがれ、姿勢制御を失い墜落。

 機体は海洋に落ちるも衝撃で乗組員、乗客共に全員死亡したという大事故だった。しかし、俺一人だけが千載一遇で生還していたと世間が知ったのは俺が日本へ帰国してからだったようだ。でも、よく考えてみたら、その後、特に大々的に取り上げられることはなかった。

 今思えば、騒がれないはずの話題なのにと思いつつ、書面を読み続けていたら、その理由も掲載されていた。

 警察庁幹部の報道規制により、俺の事に関しての記事上げは全て厳重処罰になったと綴られている。

 その制限を掛けてくれた人物の名が肩書きと一緒に示されていた。

 警察庁警備局長・隼瀬剣。って、おい、隼瀬香澄の父親じゃねぇか・・・。

 知らなかった、後でお礼を言いにいかないとまずいなと思いつつ、また読み続ける。

 爆発炎上の原因。

 左側の動力が爆発して、翼が折れると言う故障は結果であって、原因ではない。

 現在も、海に沈んだ残骸を回収しながら、原因究明中の様だが、それを突き止めるのは不可能に等しいと書いてある。

 動力がぶっ壊れる様な仕掛けをしたのだろうけど、ばらばらになって海の藻屑になってしまえば原因が分からないと踏んでの計画なんだろうよ。

 それと、俺を殺す事が目的だから、俺がその飛行機に搭乗することを事前に知っていなくてはならないから、俺の私的な事情以外の事柄は筒抜けであると考えてもいいのでは無いだろうか?

 次は搭乗者について。

 乗客は多くも無く、少なくも無い。

 約二百五十人の乗客を運べる中型機。

 当時、俺と同乗していた人数は全部で101人と主・副操縦士各一名ずつ、添乗員が本当にそれだけと少なく五人、全員で108人。

 その後にはアルファベット順で乗客の名前と簡易的な個人情報が掲載されていた。

 知らない人の経歴をじっくりと見ても仕方がないと思い、ぱっと目を通すだけにしようと思ったが、俺の視線の流れは直ぐに塞き止められた。

「おい、おい、まじかよ。こいつら、各国の著名人やら、日本の知名度の高い議員やら。こんな連中と俺があの飛行機に同席していたとは思っても見なかった。ってそれよりも、俺以外一般人いねぇ~~~じゃねぇか」

 搭乗員名簿が終わり、最後に神無月先輩が加えてくれた物だと思われる解説があった。

『慎治君も旅客の顔ぶれに驚いていると思いますが、驚くべき点はそこではなく、もっと別な所にあるのです。

実は君以外のその飛行機に乗り合わせた方々は複数の共通点を持っている事が再度の調べで分かりました。

一、彼等彼女らは過去に十年以上の懲役を降されている。極左翼。

そして、私も信じがたいのですが、国賊と呼んでも等しい人物です・・・』

『現在の私が就いている職業者が口に出してはいけないのでしょうけど、お亡くなりになってもらった方が世のため、と申します方々ですね。

この乗客が何の意思もなく、ばらばらに集まったとは考え難いのではないのでしょうか。

誰かが、計画的に集め、君共々、あの航空機事故で葬った、と思ってしまうのは、私だけではなく、これを読む、慎治君もそうでしょう』

 確かに、先輩の言うとおり、乗っていた連中がそんな偏った思考の持ち主だらけだったら、誰かが、何らかの方法で呼び寄せない限り、零ではないにしろ、確率的に相当低いぜ、これは。

 先輩が呉れた資料でしか、状況を把握できないけど、これで俺が巻き込まれたあの事故は画策された物だと思ってもいいんじゃないか、そう纏めてしまおう・・・。

 次に俺の記憶喪失についてだ。

 愁先生によると俺の記憶喪失はアダムを研究する過程で生まれた副産物MACを利用して行われたものらしいけど、そんなものいつ俺に仕込まれたんだ?

 オマーンでパディーに助けられた時には既に記憶を失っていた。では、彼が俺にMACを。そんな事はないだろう。

 俺と何の接点もないし、殺す事を目的にしているなら、俺を助けてくれる必要がないんだから、彼に感謝すれど、疑うことは間違っている。

 考えられるとしたら、俺が日本へ戻ってきてからだろう。

 まだ、事故による本当の記憶喪失だった頃に、俺に悟られない様に何らかの方法でMACを投与されたと考えるしかないんだろうな。

 なら、どこで?

 愁先生がMACは点滴でしか投与できないと言っていたから、考えられるとしたら、済世会病院しかないだろうな。

 場を見極めている愁先生や、姉貴の視界を掻い潜ってそんな事を俺に出来るとは思えないんだけど・・・。

 これは俺が独自に調べよう。

 それでは俺に関しての、先輩の資料は終わっているから、今度は更に時間を遡って、翠ちゃんと、弥生ちゃんのあの事故についてだ。

 六年前の年明けに藤宮達が亡くなった事を路上で翠ちゃんから聞かされた弥生ちゃんは、その事実に衝撃を受けて、驚いた拍子に誤って道路側へ後退してしまった時に、あまりにも出来すぎているほど、合間よく大型車が彼女、弥生ちゃんの方へ、突進してきたのだ。

 彼女を庇おうと、飛び出した翠ちゃんだったが、どんなに運動神経がよく、反射速度が高くても、親友を助けることが出来ず、逆に共倒れしてしまった。

 二人共、重症に陥りも、死傷ではないために、交通違反をした被告人は業務上過失致死には問われず、傷害として扱われた。

 裁判の判決では懲役、最高の五年を与えられるはずだったが、裁判中に何者かにより、多額の保釈金が払われ被告人は一時拘留を解かれる事になってしまった。

 それが原因で被告人は逃亡し、今ではどこにいるのか、追えない状況になってしまっていると先輩の資料には書かれている。

 保釈金を支払った人物は被告人とは何ら接点のない人物で、その名前は鳥羽忍、提示金額は一千五百万。

 では鳥羽忍とは一体誰なのか?

 それについて書いてあるが、その人物は2005年の翠ちゃんの事故の何年も前より、失踪していて、その頃には法律上、死亡扱いとなっていた事が今回の調べで分かったと書いてある。

 そうなると、その鳥羽忍って法律上死亡者の姿を本当の犯人が利用していたんだろうという答えを出してもいいんじゃないのか?って思っていると続きの文章には先輩が俺と同じ意見を書いていたことに、思わず苦笑してしまった。

 次に二人のこん睡状態だけど、愁先生の話しでDRAMっていう、これまたADAM計画の副産物が使用されていたようだった。

 そのDRAMは彼女たちへ投与されていた点滴の中に混ざっていた事が判明されている。

 いつも担当の看護師が、決まって届けられていたMDF社の点滴薬剤の箱の中身、上二つだけが、それの入っていた物だったらしく、他の点滴は一般のものだった。

 それらの話しから、ルーチンワーク、定常業務と知っていて運送中に本物と入れ替えたのではと予想できるが、運送屋自身は容疑者として白。それが愁先生の答えだ。

 MDF社員か、または、それらとは本当に接点のない人物が犯人だろうとの事。

 もう、こうなると計画的に二人を狙っていたと思ってもいいんじゃないのか?

 しかし、一度たりとも手違いが起こってないのは済世会病院の職員の質が高いからなんだろうけど、いい加減で順番どおりではなく取り出した物を使用していたならば、もっと早くに彼女らは目覚めたんじゃないかと思えてしまうのは気のせいじゃないだろうな。

 さて、今度は思い出したくないが、貴斗があの場所、FRCの建物から、落ちた時の事だ。

 これは先輩の資料ではなくて、愁先生を問い詰めて聞き出したことだが、ヤツ、2004年の8月のあの、交通事故を境に、生体機能が現通常医学では解明できない不可思議な反応を表していたという。

 その所為で、心臓に掛る負担がとても大きくなっていたって教えてくれた。

 それと、心臓移植について母さんに説明を受け、本来だったら貴斗の寿命の長さはどれほどの物だったのか、教えてもらった。

 結果は、常人と同じくらいの長さは生きられるはず、って、違う、母さんは生きられるとはっきりと言い切った。

 仮令、生死を彷徨い死に掛けても、目を覚まして、怪我が癒えれば、普段どおりに生活できるはずだと断言した。だが、突然にも、ヤツの身体は異常を来たし、そして、終には急性心不全に陥って・・・、逝っちまいやがった。

 DRAMやら、MACなんてふざけた物があるなら、貴斗の命を蝕むようなそんな、わけの分からない薬や技術があっても可笑しくない。だから、俺たちの目を欺き、貴斗にそれを実行した者がいていいだろう。

 貴斗と一緒に逝ってしまった藤宮。

 貴斗のヤツが涼崎なんかと出来ちまわなかったら、あんなことには成らなかっただろうけど。

 相手は貴斗や藤宮の心理まで利用して、あんな状況を作り出したとしたら、俺は本当にその犯人を追い詰められるだろうか?

 いや、こんなことで弱気になるな、強い信念が必ず実を結ぶさ・・・って、藤宮の事について今分かっていること、残念ながら、涼崎春香を殺害したと言う事実は否定できない。

 殺害方法は中毒殺、使用物は一酸化炭素。

 猛毒な故にそれの単体入手は難しい。

 殺害現場は貴斗の住んでいたマンション。

 第一発見者は貴斗で、現場に入った時にヤツ自身は何ともなかったとの事で殺害時に、台所の火を不完全燃焼させて、殺した訳ではないとの事。

 手に入れた物を直接、吸わせたのかと思うだろうけど、殺害に使われた証拠が発見された。

 TELMO製の超極細注射針による血管直接投与。

 外見聖女のような藤宮がこんな事を出来てしまったのは何故か?

 過去に受けた心的障害と嫉妬心だけで本当に出来てしまう物なのだろうか?

 行き過ぎた感情が殺人に変わる事はしばしば、事件として起こっているけど、藤宮の場合、どうもそうでは無さそうな気がする。

 理由は母さんに内緒で見てしまった藤宮の診療記録の中に、誰かが植え付けたと思われる暗示、後催眠があったからだ。

 皇女母さんがなんとしてでも、それを払ってやろうと何度も、何度も解除を試みたみたいだけど、成功しなかった。

 その暗示が彼女にどの様な行動をとらせるものなのか、分かってはいないけど、無視して構わないものじゃないはず。

 若し、薬物の入手経路、彼女に掛けられた暗示、それらを突き止めれば、犯人に近づけるかもしれないな。

 今度はイタリアマフィア経由で入ってきた新生麻薬の実験台にされたって事になっている宏之の薬殺。

 精神疲弊していた宏之を格好の的に行き摺り的に利用されただけと考えられてしまいがちだが、これが一連の事件に関係しているのなら、やっぱり、計画的に犯行に違いない。

 それをばら撒いている連中を捕まえ上げ、吐かせれば重要な手がかりが掴めそうな気がするが、相手が悪すぎる。

 闇社会の連中に俺一人が挑んでも、犯人に辿り着く前に、墓地の中に埋められそうだ・・・、そういった所は神無月先輩の公職達に任せようぜ。

 ふぅ、これで、先輩からもらった今回の調書は終わりだ。

読み終わった資料をまとめて机の上におくと背伸びをしてからだの筋肉を解した。

 それから、その状態のままで隼瀬香澄、彼女の事を考えてみた。

 隼瀬香澄に関して、彼女の両親ともADAMには関係していない。

 それだけは母さんがちゃんと教えてくれた。

 なら、彼女が自殺したのはまったく無関係なのだろうか?

 俺は絶対にそうは思いたくない。愁先生も言う。

 隼瀬が貴斗や藤宮を追って自殺を図ったのならば、心理殺と考えてもいいのではとな。

 二人が先に居なくなれば、自動的に彼女も居なくなると言う犯人にとっては必要以上に企てを講じなくとも済む簡単な殺害方法だ。

 直接に手を出していないから、罪に問うことも出来ないだろう。だが、殊更それだけが、犯行とは無関係でも、他の計画が俺の夢想の中で終わらなければ、策謀者が多くの罪から逃れることは出来ない。でも、個人的に隼瀬をそんな状況に追い込んだ相手が許せねぇ。

 いつから姿なき相手が、犯行を企てたのか、実際に分からない。

 だが、Project ADAMが原因なら、もう、ずいぶん前から続く狂行なんだろうよ。

 だったら、藤宮春香があの夏事故に遭い、三年間も眠らされちまったのはその一環なのかもしれない。

 もう、彼女の身体を調べることが出来ないから、妹の翠ちゃんと同じようにDRAMが使われていたのか、どうか、分からないけど、愁先生はそうだと思っていいんじゃないのかと話していた。

 無論貴斗の記憶障害も、俺と同じMACが・・・。

 シフォニーって貴斗の最初の彼女の死も、関連があるのかもしれない。

 もっと歳を遡り、藤宮や隼瀬の強姦、強姦未遂事件すらも、俺の記憶の中に埋もれたまま、浮かび上がらない二十一年前の研究所の事故ですら全ては企てられた物なのかもしれない。

 これだけ大きな計画だから、独りの犯行とは到底思えない、組織的に行われているなら、俺独りで解決しようと思うのは無謀だし、かといって、翠ちゃんや、結城兄妹を巻き込みたくない。だが、すでに彼等は足を突っ込もうとする。

 もう、これ以上、誰かが傷つかない内に、即行で解決できるのが望ましいんだろうけど今は俺の憶測だけでしか、物事を判断できないから、地道に証拠を掴んでいくしかないな。

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