第八話 取り戻した自信
~ 2011年4月4日、月曜日 ~
大怪我をしている訳でもなく、精神的にどん底までヘタレになっちまった訳でもなかったから、病院に担ぎ込まれた翌日には済世会病院を出ていた。
いや、本当はまだ、親友の真実の死の記憶が鮮明になり過ぎて、心のリカバリーは不完全だったんだ。しかし、落ち込んでいる所を右京に見せていると妹の精神衛生上、よくない事がわかっているから、無理をしていた。
表面上は平静を装っていたけど、難しいよ。だから、じっとしていると気分が斜めになりがちだったんで、数日休んじまっている、現在の俺の働き先に仕事に出ていた。
「八神先輩、やっと記憶が戻ったんですね。やっぱり、先輩には、八神先輩って呼ばないと、しっくりこなくて」
「よせって、それ。もう、俺達学生じゃないんだぜ。それと、仮にも俺の雇い主なんだから、その言い方不味いだろう?」
「へへっ、八神先輩の、言い方だと、店長が偉いって事ですよねぇ、だったら、店長である、私がどんな呼び方をしても、文句ないって事でしょう?」
「ったく、その思考回路、誰に似たんだかな・・・。でも、今まで、俺が記憶喪失だって知っていて、接してくれていたんだろう?気遣いさせて苦労を掛けさせちまったな。感謝するよ」
「いいんですよ。先輩、仕事直ぐなじんじゃったし、こっちも、いっぱい八神先輩を頼りにしちゃっていた所在りましたから、経営の方針とか」
俺は隼瀬香澄の従姉妹である桜木夏美ちゃんと開店前の客席の床を丹念に掃除していた。
開店の一時間前から掃除を始めて、店が開くまでの間、ずっと店長に今までの事を質問攻めにされていた。
店が開くと同時に、店前で開店するのを待っていた客がどっと押し寄せる。
記憶を取り戻した俺はちっぽけな自尊心に火をつけて、昔、ここで働いていて、その当時の同僚に一目置かれていた宏之を意識して、ヤツを越えてやろうと奮闘した。
そんな風でも俺の気持ちを向けないと、嫌な方の記憶ばかりが湧き上がって来て、だめになりそうだったからな。
働きながら、同僚の動きを観察し、手違いをしそうになった時はやっきになってそれをフォローしていた。
店長以外は俺の昔の事を知ってくれていた同僚は一人も居なかった。だから、俺の動きと雰囲気、態度の豹変振りに、驚いている様子だった。
アルバイトの一人が、俺のその違いに双子の片割れが兄貴か、弟の変わりに着たんじゃないかという始末だ。
ああ、ちなみに行っておくぞ、アルバイトはドイツ語で時間雇用なんて意味はないんだぜ。本業以外の仕事を指すからな。時間雇用なZeitbeschäftigungだな。
Arbeitって綴りだ。
Part timeは米語で使う、時給で働く人全員を指す、学生を含めてな。
まっ、日本に居る連中には言葉の違いなんて如何でもいいんだろうけど。
その学生がそんな言葉を漏らすくらい、今日の俺は頑張っていた。
やっぱり、翠ちゃんが俺に聞かせてくれたあの言葉が一番、今の俺には堪えている。だから、とりあえず、今は逃げずに頑張っているんだな。何時までこの状態が持つか知らんけど。
さて、さて、俺に〝逃げるなんて、卑怯者〟と行ってくれた彼女の方は大丈夫なのだろうか?
翠ちゃんには正式な彼氏である将臣君が居るから、問題ないと思うけどよ、何かあったら、手を貸してやらないと、本当に陋劣な男に見下げられちまいそうだから、そこはかとなく、見守ってやろう。
どちらかといえば、弥生ちゃんの方が危険なのかもしれない。
翠ちゃんと将臣君がどれだけ二人の支えになれるかが要なんだろうけど、彼は彼で、翠ちゃんとの隔たってしまった時間を埋めたいだろう。だから、妹の方に手を回せないとしたら、厄介な事になりそうだ。
でも、まあ、友達思いの翠ちゃんが美味くやってくれそうな気もする。
仕事の忙しさ上、余り手が空く事はないけど、僅かでも考える時間があればそんな風に、俺と同じ痛みを共有している三人の事を考えていたんだ。
忙しいから、時間の過ぎるのが早く感じられた。
閉店の十一時まで働き、その後、また店長とフロア・マネージャーの三人で店内の掃除を始める。
で、FMが調理場へ向かい、店長と二人きりになった頃、
「先輩、記憶が戻ったばかりで本当はお仕事なんて出来る状態じゃなかったんでしょうけど、こんな時間までお願いしちゃって御免ね」
「なんだよ、今日の俺のすばらしい、働きぶり見てなかったのか?ホントに心労状態だったら、働く事なんて無理さ」
「私には無理しているように見えるんですけどね」
結構鋭い所を突いて来る、店長を作り笑いで返し、
「桜木店長だって、いつも無理しているじゃないか。たまには息抜きしたら如何なんだ?」
「だって、休んだって、彼氏が居るわけじゃないから・・・。独りはつまらないもん。むっ、そんな事は如何でもいいの。えっと、聞きたかった事は、八神先輩、これから、どうするんです?ここでずっと働いてくれるんですか?」
「ずっと?うぅ~~~、わからねぇなぁ、今は。決断できる要素が今はないからな」
「だったら、今、店舗が増えすぎちゃって、全体的な経営管理が上手く言ってないみたいなの。それでね、先輩が商社に居た頃の経営手腕は神業だって、噂聞いて言いましたから、八神先輩なら、手際よく解決してくれるんじゃないかと、思うんですけど、どうでしょう?」
「買い被りだよ、それは。俺はそんなに凄くないって」
「そうかな、私の目に狂いは無いと思うんですけど。今なら、私って、美味しいおまけもついてきますよ、クス」
彼女のその言い方と表情は冗談で言っている訳じゃなさそうだった。
「残念、俺、年下にも、逆玉にも興味ないし。結婚なんて今の所、考えてないな。他を当たって呉れよ」
「なによぉ~~~、八神先輩まで、昔の柏木さんと同じ事を言う。そんなに私って魅力が無いわけ?」
宏之が生前、この子に告白されていたとは知らなかった。
でも、あっさりと断られただろうな。
宏之は年下にはまったく興味を示さなかったはずだから。
如何してかって?高校三年間、友達として接してきて、後輩にかなり人気があったけど、雰囲気にヤツは後輩を避けている風だったからだよ。
明確な理由はちゃんとあるんだろうけど、そこまで俺は知らない。
「八神先輩、香澄ねぇの事、好きだったんでしょう?私だって、従姉妹同士なんだから、顔のつくりだって似てると思わない?」
「馬鹿を言ってな。可愛かったり、美人だったり、見た目の印象は重要だろうけど俺は顔や容姿で、女の子を好きになったりしない。だから、いくら店長が隼瀬に似ている、かもしれないからと言って好意を持つのは、彼女に悪いんだよ。君にも・・・」
「八神先輩、いろんな女の子に手を出していたわりには、変な所で義理堅いんだ」
夏美ちゃんは不満そうにそんな悪意なく言葉を漏らす。
彼女の噂好きは知っていたし、彼女の表裏の無い話しの仕方は学生の頃より知っていた。だから、彼女の言葉が事実でも、怒らずに返す。
「据え膳、食わぬはなんとかって奴さ。女のこの方から望んできたのに、それを無碍にしたくなかっただけ」
「なら、今、先輩の前には据え膳があるんですよ。女の子が、こんなに頑張ってアピールしてるのにそれに応えてくれないなんて、酷いじゃないですから」
「店長、夏美ちゃんは例外。それに今は非常にはらいっぱいだしなってことで、諦めな」
「あっ、もういいんだぁ。どうせ、私なんて、誰も相手してくれないだもの・・・」
更に不機嫌になった夏美ちゃんは丁寧に力を磨いていた床を、更に力を加え磨き始めていた。
ああ、どうも、俺も宏之と同じで年下は好きになれないようだ。たぶん、それは右京の所為かもな・・・。
終止、不機嫌なままの店長と別れて、午前様の帰宅をしていた。
もう日付が替わってるって言うのに玄関の明かりはついているし、引き戸の硝子の嵌まった格子からは中の明かりが漏れていた。
俺の事を気に掛けてくれて、照明を燈したままにしてくれたのか、どうか、判別できないけど、鍵を取り出して、それを穴に挿し開ける方に回すと、動かなかった。
開けっ放し?何て無用心なんだ。
道路に面した門から、玄関まで距離はあり、門に鍵は下ろされていた。だからって、こっちが開いていたら、用心のいみねぇだろうと、思いながら、引き戸を右に押す。
戸が動いた後の視線は真っ直ぐ、家の中に向けられていた。だけど、その視線は直ぐに挙動不審になり、愛想笑いを浮かべていた。
怒っているっぽい目の右京のそれが俺の方に見けられている。
俺は愛想笑いを保ちながら妹へ言葉を向けた。
「右京、よい子はとっくに寝てなきゃいけない時間だってのに、なにやってんだ?」
俺の言いに反抗的な目を返してきた妹は、抱いていた動物のだと思われるぬいぐるみを妹なりに力を入れて俺の方へ投げて来た。
更に右京の不機嫌な声も同時にな。
「シンおにいちゃんのばかっ、どうして、こんなに帰ってくるのが遅いの?一緒にご飯食べたかったのに、一緒にお風呂したかったのに勉強を教えてもらいたかったのに。これじゃ、せっかく、お兄ちゃんの記憶が戻ってくれても、前と一緒ですっ」
あからさま、半べそ掻き状態の妹は必死に俺にそう言葉を伝えようとした。
俺は投げられていたぬいぐるみが落ちないように捕まえてから、それへ応対する。
「俺が悪かったって、だから、そんな顔見せるなよ。これからは可能な限り早く帰ってくるから」
「絶対じゃなくちゃ、ほんとは嫌ですけど、百歩譲ってそれで今回は勘弁してあげます。でも、サッチャンお姉ちゃんに、今日、遅く帰ってきた事で苛められても、右京は助けてあげませんからね」
いまだ、不満を拭いきれないようで、かなり不吉な事を告げる妹へ、近づき、持っていたぬいぐるみを渡し、空いた手で、右京の頭を撫でてやりながら、
「今日は一緒に寝てやるから、姉貴にどやされたら、助けてくれよな、右京」
妹の表情はたちまち、上機嫌になり、簡単に前言を翻す。
「やったぁ~~~ですのぉ。右京はシンおにいちゃんの味方ですの。だから、シンおにいちゃんは何も心配しなくてもいいの」
「へいへいそうですか・・・。でもいいか、右京。一緒に風呂入ったり、寝たりするのは小学生の間だけだからな・・・」
「はいっ、シンおにいちゃん。右京、ちゃんとお兄ちゃんの言うこと守るよ」
そう言っては呉れるけど、どうもその言いに信憑性は感じられん。
右京も皇女母さんの血を受け継いでいるだけに、策略的に今のような会話を演じていたのか知らんけど、これが事実なら末恐ろしい妹になりそうだ・・・。しかしながら、右京が俺にこんなに甘えるのは絶対に泰聖父さんの所為だ。
そろそろ、父さんの遠方経営修行も終わるだろう。
帰ってきたら、一言も、二言も文句を垂れてやる。
そんな事を思いながら、右京と一緒に自室へ向かっていた。
~ 2011年4月30日、土曜日 ~
毎度毎度、飽きずに店長の夏美ちゃんは俺に喫茶店トマトへの永久就職を求め続けてきた。それに対して俺はそんな彼女をからかい、はぐらかし通して来た。
今日は珍しい客が来訪した。客として訪れたとは言い難いがな。
会計の終わった客と入れ替わる様にその人物が俺の前へ歩み寄ってきた。
それは以前、俺が働いていた場所の上司。
どこで、聞きつけたのか、俺の記憶が回復した事を知っていた。
記憶が戻ったなら、当然、会社に戻ってくるべきだ、とそんな主張をする。
元上司は以前より、だいぶ役職が上がっていて、俺が戻れば上級役職を約束してくれるとそれを強調する様に断言した。
記憶喪失の時の他の社員も更迭するとも言っている。
俺が勤務していた頃の剱崎剛上司の周りからの評価、それは誰から見ても敏腕上司だった。そんな彼に高待遇を約束された。しかし・・・。
「いまさらなんですかっ!記憶喪失だった八神先輩がすこしくらい、かなりだったかもしれないけど、へたれていたからって、社員みんなで寄って集って、悪く言っていたくせに。そんな所、八神先輩が待遇よくしたからって戻るわけ無いじゃない。先輩はここでずっと働いてくれるって約束してくれたんです。お引取りください」
おいおい、状況を利用して夏美店長、勝手な事を言ってくれるなよ、まったく。
しかも、かなり俺に対して失礼な事を口にしているな。
まあ、実際、駄目だった自分を否定はしないけど。
「私は、君と話しているわけじゃない。横槍は慎みたまえ。で、八神、よく考えてくれ。このような場所で働くのと、我が社に戻って君の才気を振るうのと、どっちが君にとって有意義か」
「ちょっと、何よ?内の程度が低いような言い方、失礼しちゃうわ」
「剱崎さん、貴方も良くご存知でしょう、今の地位まで上り詰めたのですから。お互いの信用、信頼関係の大事さが。それを築く事がどれだけ大変で、壊すのは簡単な事なのか・・・、一度、私の貴方に対するそれは失われた。それを今更、優遇するからといって信用できると思います?」
俺はいたって丁寧に返答を出すと、元上司の眉間に皺がより、その部分を中指で撫でていた。
「八神の言うことはもっともだ。だが、我が社は君を必要としている。考え直してくれないか?」
「なら、暫く時間をください。記憶が戻ってそんなに経っていないんです。整理しないといけない気持ちもあるのですから・・・」
「そうだったな。では、いい返事を期待している。出来るだけ早く君が戻ってくれる事を願っているぞ。八神が来てくれれば、直ぐにでも頼みたい企画があるのだからな・・・」
もしかして、また、上司になるかもしれない、剱崎は紳士的に一礼し、謝罪のつもりか、彼は、
「無駄に、仕事の邪魔をしてしまったようだな、ここの支配人らしき物よ」
元上司は夏美ちゃんに向かって言うと、会計台にここで平均して一人が食事する値段の九倍くらいの金額、一万円札を丁寧に置いて、出て行こうとした。
「馬鹿にすんじゃないわよっ!うちの店の物も食べていかないで、お金なんてうけとれないわっ!」
客室全体に広がる、彼女の声。
直ぐに俺は客に頭を下げた。
「剱崎さん、それは店長に対する、侮辱でもあり、俺に対するそれでもあるんですよ。もう少し、人道を通すってのが筋じゃないですか?」
「フフッ、君の性格を忘れていたよ。失礼した」
剱崎は台に置いていたそれを素早く戻すとまた一礼をして店を出て行った。
それから、俺はまた食事中の客に謝罪の言葉を響かせると、夏美ちゃんの手を取って控え室へと向かう。
「強気な性格は隼瀬とかわらんな・・・。店長という人の上に立つ者なら、もう少し物事を達観した方が、いいな」
可愛げのある半泣き顔で、
「だって、だってっ!」
「いわんでも、わかっているさ。憤りを感じても、そこを抑えてこそ、店長なんだぞ」
夏美ちゃんにそんな言葉を聞かせながら、彼女の頭を軽く、叩いてやっていた。
「もぉ子ども扱いしないでよっ!八神先輩のばかっ!」
「だから、そんな態度を取る所がこどもだつぅ~~~の」
店長は俺の手を払いのけると、思いっきり俺を睨み付けてから、大きく深呼吸をしてから、冷静さを取り戻していた。
「八神先輩、あんな所戻りませんよね?ここで私と一緒に頑張ってくれるんですよね?」
「どうするかは俺が決める事だ。ここに残るか。あの会社に戻るか・・・、それともまた別の道があるのか、そのどれを選ぶか今はまだはっきりとした答えが無い。でも、それまではここで仕事するさ。さてと、フロアに戻るとしますかね」
店長が言葉を返してくる前に、俺はフロアに戻っていた。
~ 2011年5月3日、火曜日 ~
今日は祝日で暦の休み通りに過ごす一般人は連休初日だった。
現在飲食業で働いている俺には国民の祝日とは無縁である。だけど、右京の我が侭に折れて、連休を取る羽目となった。遠出する事になっちまったよ。しかも、結構大所帯だ。
結城兄妹と涼崎家族。
愁先生も休みを取って一緒する事になった。
全員で十一人。
十人までは誰だかわかるが、一人だけ該当者が思いつかないって?
ああ、俺も今回始めて会う結城兄妹の父親だ。
ああ、もう一人忘れていた。
翔子さんも一緒だったんだ。
お目当ては姉貴なんだろうけどな。
向かう場所は静岡県伊東市にある宝山荘キャンプ場だった。
移動は二台の大型VAN。
俺の運転する車には家族の三人に愁先生と翔子さんが、涼崎秋人さんが運転する車には翠ちゃんと彼女の母親に結城家の三人。
全員が集まった時に家の母さんが涼崎夫婦と凄く仲良しそうに会話を交えていた。
まるで古くからの旧友であるような雰囲気を漂わしていた。
しかし、高校時代、涼崎春香とは友達だったけど、クラスが同じじゃなかったから、親同士が顔を合わせることなんか無かったはずなのに、なぜ、そんなに親しそうに話せるのか疑問に思えた。
取り戻した俺の子供の頃の記憶で皇女母さんと一緒に居るときに、涼崎両親と会った事のある思いではない。だから、若しかして、親しそうに見えるだけで、実際は普通に会話をしているだけなのかもしれないけどな。
三戸から、国道一二二号線で東京に出て、そこから二四六号に路線を変えて、東名高速道路に入って、厚木ICを過ぎた所だった。
三戸を出てから、一時間と半ばが経とうとする。
「慎治君、そろそろ交代しましょうか?」
「いや、大丈夫っすよ長距離運転は慣れていますから。それよりも、愁先生。妹の我が侭につき合わせてしまって申し訳ないっす」
「シンおにいちゃん、右京は我が侭なんて言ってませんっ!我が侭なのは右京のお願いを聞いてくれません、シンお兄ちゃんのほうですよ」
如何言う論理展開をしたら、そんな答えが出てくるのやら、妹の右京のその考え方に呆れるばかりである。で、愁先生は愛想笑いで、
「いえいえ、医者といえども人の子。たまには羽を伸ばしませんと、ちょうどいい機会でしたよ。お誘いいただき、有難う御座います、右京君。それにもう直ぐ、義妹になるこの子、お願いを聞かないわけには行かないでしょう」
「ほらっ、シンおにいちゃん。愁お兄ちゃんはちゃんと右京に感謝してくれていますの」
「けっ、言ってろ」
「それよりも、しゅぅ~くん?何時になったら、さっちゃんとの挙式を行ってくれるのでしょう」
「かっ、母様・・・、その様なお話はこの様な所でしなくとも」
「とてもいいで御座いますわねぇ、京ちゃんには調川さんのようなお相手がおりましてぇ」
「なっ、なっ、なんだ、その羨望の目は翔子?お前なら、手に余るほどの求婚相手がいように」
俺は後方確認鏡で姉貴と翔子さんの遣り取りを見て、小さく笑う。
確かに、翔子サンほどの容姿なら、彼女にしたいと思う男連中は多いだろう。
それにあわよくば、結婚まで扱ぎ付けたとしたら、巨万の富を手にする事が出来ちまうと言う手に余る付加価値がある。
まあね、翔子さん、あれで、相手に望む基準は高そうだから、誰だって良い訳じゃないだろう。でも、今は彼女の目に映るのは内の姉貴・・・、笑えん。
俺はそんな事を考えながら、姉貴とその親友の会話を聞いていた。
「そうですねぇ、皇女大先輩。泰聖さんが戻ってきたら式を挙げさせて頂きます」
「しゅぅ~くん、何度も言わせないでください。皇女お・か・あぁ、さまですよ。お義母様」
また、皇女母さんが愁先生にそう呼ぶように強制していた。
鏡越しに見える先生の表情、かなりの焦りと動揺が見える。
俺以外の視線が愁先生に集まっていた。さて、先生は何て応えるんだ?
「ああぁ、ええぇとですねぇ・・・、・・・、・・・。慎治君、運転代わりましょうか?」
ははは、そう来ましたか、逃げましたね。でも、母さんがそれを許すはずが無いのは明白な事実だ。
俺は愁先生の呉れた言葉に反応せず、運転に集中した。
その間、なんども母さんが愁先生に母親と呼べと強要しつづけ、最後に折れたのは先生の方だったな。
それから、更に一時間半、大よそ三時間をかけて、宝山荘キャンプ場へ到着した。
テントなどの荷物を予約していた場所へと移動させた。
俺と愁先生、それと将臣君に彼の父親、自己紹介してくれたときに将嗣さんっておしえてくれたな?
それと秋人さんの五人と力仕事も平気な顔して熟す、佐京姉貴の六人で二棟の大型テントを組み上げていった。
その間、残りの六人は昼食の準備を始めていた。
正午半ばごろにテントと昼食の準備が終わった。
キャンプ場に設置したある丸太で出来た大きな食卓の上にキャンプ定番のカリーが人数分並べられていた。
翔子さん曰く、市販のルーじゃなくて、彼女がちゃんと三六のスパイスを配合して作ったものだそうだ。
すげえ、ここまで本格的な手作りのカリーだなんて初めてだ。
他のおかずになりそうなもの、どれを見ても市販で売っているものじゃなかった。
将臣君はその出来栄えに、感嘆し、愁先生は芸術とまで称した。
その言葉に過敏に反応した佐京姉貴が鋭い視線を先生に向けたのは言うまでもない。
腹いっぱい、美味い昼食を摂った俺は中腹を撫でながら、げっぷを漏らし、晴天の空を眺めた。そして、思っちまった。
みんなと、貴斗や宏之、涼崎姉、藤宮、それと隼瀬とこんな時間を過ごせたら、どんなに楽しい事だっただろうと・・・。
「八神さん・・・、涙が流れていますよ、ご気分でも悪いのですか?」と結城弥生ちゃんが、空を眺めている俺に尋ね、
「空の太陽が目に痛いだけさ」と惚けていた。
彼女は勘の鋭い女の子だと知っていた。だから、俺が今嘘を言ったのを気付いているだろうし、俺がどうして、涙なんかを流しちまったのか、理解しているだろうな・・・。
「本当にそうだったら、弥生も同じ気分だと思います・・・」
「何のことをいっているのか、わかんないけど、何、弥生ちゃんたら、悟った風な事いっちゃってるのかなぁ?」
「ふんだっ、鈍感なみぃ~~~ちゅんじゃ、理解できないとっても、とっても崇高な想いですよぉ~~~だ」
「なにをぉ~~~、弥生ちゃんのくせにぃ」
翠ちゃんは言いながら、彼女にとって親友の弥生ちゃんを背後から強く抱きしめていた。
俺はそんな戯れに微笑み、座っていた丸太椅子から立ち上がり、目的地も考えず歩き始めた。
周囲の地理なんて分かるはずも無いけど、300mも適当に歩いていたら、湖が見えてきた。
そのまま足を向けると、結構沢山の人間がその湖で遊んでいるようだった。
立てている看板を見ると〝一碧湖〟と書かれていた。
さて、なんと読むのだろうか?
何て思っていると、背中から俺を呼ぶ声が聞えてきた、それは右京だった。
「シンおにいちゃんと遊ぼうと思っていたのに、勝手に出歩いてしまうなんてひどいですのぉ」
右京は周りの観光客?にも聞えるくらいの声で、俺を呼ぶもんだから、湖面の方を向いていた俺はしょうがなく、妹の方へ体を回す事にした。
走ってきたままの勢いで、俺に抱きつこうとする右京。
さてと、俺がその勢いを受け止めず、さらりと躱したら、妹はどんな状況になるだろうかと悪戯な事を考えてしまったら、勝手に俺の身体は動いてしまっていた。
寸前の所で、俺に躱された右京。
そのまま湖面に飛び込むかと、思ったのだが、中々根性があるようだった。
急制動を妹は試みている様だった。
慌てふためく声と湖に落ちまいと踏ん張る両足で身体の重心を岸に戻そうともがいていった。
「しっ、しんおにいちゃんたすけてくださぁいよぉ~~~」
そう叫ぶ佐京を笑いながら、俺は腕時計の針を眺めながら、何秒耐えられるのか暢気に対応していた。
結構耐えている。
12秒、ああ、でも、もうそろそろ落ちそうだな。
一層の事、俺が背中を押してやろうかと、思ったけど、あんまり右京をからかっていると家族全員を敵に回しかねないんでな、助ける事にしたよ。
限界の近づいている右京の着ていた服の襟を猫の首を掴むように引き寄せる。
落ちなかった事に安堵の溜息を吐いた右京は俺の方へ振り返ると、非力な力で俺の胸を何度も叩きながら、喚き散らす。
「シンおにいちゃんひどいよぉ、右京を苛めて、何が嬉しいですのぉ。ばか、ばかぁ~」
「はい、はい、俺が悪かったって。だから、止めろよ、人前で恥ずかしい」
そんな事を言う割に俺は恥ずかしさなんて感じていなかった。
歳を重ねると羞恥心というものは薄れるのかもしれない。
それとも、唯、単に相手が妹だからなのだろうか。
「慎治さん、あんまり、妹さん、右京ちゃんにひどいことしていると後が大変ですよ」
「それは将臣君の経験則からくる言葉なのか?」
妹を脇に退け、正面から歩んでくる、結城将臣君にそう答えていた。
すらりとした長身の好青年。
高校生の頃に比べると大分、性格が丸くなったって言うのか、まじめになったって言うのか、おちゃらけていた雰囲気がかなり抜けていた。
「まあ、そんなものです」
「ねぇ、シンお兄ちゃん、ボート乗ろうっ、ボート」
右京は俺の腕を引っ張り、桟橋に繋がれているそれを指差し、目を輝かせ訴える。
「右京ちゃん、俺も同乗してもいいかな?」
「はいっ、勿論いいですよ、ねっ、だから、シンおにいちゃん、あれに乗りましょう」
「将臣君、弥生ちゃんや翠ちゃんと一緒じゃなくていいのか?」
「ええ、なぜか、愁先生、佐京先生と釣りに出かけてしまいましたよ。俺は面白みを感じられそうに無かったからパスしました。で、慎治さんどれに乗るんですか?」
「定番はアヒルか、あの櫂でこぐヤツだろう?」
料金所の人に料金を払い、四人乗りの手漕ぎボートを選んでいた。
色は右京が選ぶ。
俺が漕ごうと思ったんだけど、将臣君がどっちに気を使ってくれたんだか知らないけど、漕ぎ手になってくれていた。
右京の背中が俺の胸に凭れかかっていた。まるで俺は今、椅子の背凭れの様だ。
そんな妹の腹を抱える様に手を回し、妹の頭に俺の顎を軽く乗せると、右京は恥ずかしそうであり、嬉しがってもいた。
ゆっくりと将臣君に漕がれる舟は水面に静かな波を立てながら滑らかに進んでいた。
「うまいんだな、将臣君」
「初めてじゃないですからね。子供の頃、弥生と乗って、湖の真ん中まで行くと妹を突き落とした事が何度もありましたから、アハハハハッ」
「将臣おにいちゃん、そんな事をしたら、弥生おねえちゃんがかわいそうですぅ」
「はははははっ、もう、時効、時効。そのおかげで、妹は水泳の名手になれたんだぜ」
将臣君は昔を思い出すように、嬉しそうに笑っていた。
俺が記憶喪失だったのなら、こんな話を聞かされても、どんな感情も沸き起こらなかっただろうけど、今は彼のその行動に呆れるし、凄いとも思った。
一碧湖の中腹あたりまで移動していた。
将臣君が動かすボートの振動が心地よかったのか、右京は眠りについていた。それから、他愛も無い世間話で笑っていた将臣君の表情ががらりと真面目に変わる。
「慎治さん、翠たちが居ないから、ちょうどいい機会なんですけど・・・。慎治さんはこれから、どうするんですか?」
「どうするとは?」
「どの様な道を歩むかという事です。翠も、弥生もちゃんと目覚めてくれたから、もう、俺がボクシングを続ける必要性はなくなった。慎治さんも、見たでしょう、俺の引退会見」
彼の眼差しは真剣なものに替わっていた。そして、彼の意図が掴めた様な気がした。
「慎治さんはこのまま、トマトで仕事を続けるつもりなんですか?」
俺はそれに頭を横に振った。
ただ、それは否定の意味じゃない。わからない、という意味で、だった。
「俺は俺を応援してくれている連中のためにボクシングを遣っていたわけじゃないから、やめるのは簡単だったけど、その後の事をまったく考えていなかったんです」
「要するに、俺に今後の事をどうしたらいいのかって相談だな?」
彼は頷くが今の俺に彼に示し導いて遣れる材料は何処にもない。
俺すら今はどうするべきなのか迷っている所だからな。
「翠ちゃんや、弥生ちゃんたちは?」
「え、翠達ですか?なんか知らないけど、大学にいくとか言い出しています。で、二人して勉強必死になってやってますけど・・・」
「その二人と一緒に大学に入ろうとは思わないのか、将臣君は」
「だって、今更、そんな所に入ったって、それに」
「年齢を気にしているのか?おい、おい、まだ二十五だろう?問題ねぇって。俺が一年のときに三十を越えているやつだっていたんだぜ。それでも、みんな仲良く遣っていたさ。それに今は、四十、五十を越えても大学でもう一度、勉強したいって連中もいるんだから、そんな事気にする必要ないってな。それに、将臣君くらい頭が良けりゃ、四年間も大学通っていれば、進みたい道が見つかるさ。翠ちゃんや弥生ちゃん、二人とも表に出してないつもりなんだろうけど、俺には何となくわかる」
「何が判るって言うんですか?」
「将臣君も・・・、アイツ、貴斗と一緒で案外、鈍感なんだな、女の子の感情に・・・」
「そんな事ないですって。ちゃんと二人の行動は把握しているつもりです」
「確かに、将臣君は二人をしっかりと見ているかもしれない、表面だけはな。だけど、人の心は複雑で、曖昧なんだよ。人によっては感情が行動になって現れるやつもいる。ってことはその逆な人だって居るってことだ。それは判るよな」
「ええ、なんとなく。じゃあ、翠や、弥生がそうだって言うんですか?あの二人に限ってありえませんよ」
「俺もそうだけど、将臣君が知っている二人は、六年前の二人だろう?でも、今は六年間沈黙し続け、目を覚ましたばかりの二人なんだ。仮令、空白の時間があっても弥生ちゃんと翠ちゃんの心境に変化が無いとは断言できないだろう。まあ、本当はそんな御託はどうでもよくて、要するに彼女達二人だけより、君が混ざって三人の方が、二人にとって心強いだろうと思うんだよ、俺はな」
「そんなもんですか?でも、今やる事が見つからず、何もしないでいるよりは、慎治さんが言うように入るだけ、入ってみるのも良いのかも知れないですね」
「ああ、それなら、二人とも同じ大学に行くつもりなんだろう?君は何も教えず、入学してから驚かすのも一興かもな」
俺はそんな言葉をいうと、将臣君は不敵な笑みを浮かべていた。
「慎治さんに、相談してよかった。ずっと前に貴斗さん、言ってたんです。〝何でもいい、悩み事があったら慎治、八神慎治に相談しろ。あれの性格はちゃらけているが、信頼できる男だ。他人には如何でもいいような悩みでも付き合ってくれる。その返答は適当に聞えるときもある。だが、聞いて間違いは無いだろう〟って。柏木宏之さんも似たような事を言っていましたよ」
将臣君は遠い目で、湖の先に見える景色へ視線を向けながら憂いの帯びた顔で、静かな口調でそんな風に告げた。貴斗の野郎、そんな事を・・・、宏之まで。
ふぅ、貴斗、お前はそれ程、俺の事を頼ってくれていたのか・・・、なのに、それなのに、俺はアイツ、彼奴等を救ってやれなかった。
悔しさで、遣る瀬無い顔を作っていたんだろう。
「慎治さん・・・。もしかして、俺、何か不味い事を言ってしまったんですか?」と言うが直ぐに言葉を返す。
「いや、なんでもないって。ただ、貴斗や宏之が俺の事をそんな風に見ていてくれた事が何となく嬉しかっただけさ・・・」
そう感情とは反対の言葉を口から出していた。
将臣君が漕いでくれていた舟が桟橋に近づき、舟の先が橋の縁に軽くぶつかった時に、眠っていた右京が目を覚ました。
その後、三人で一碧湖の周りの遊歩道をお互いの趣味や、流行なんかの会話で盛り上がりながら歩いていた。
日暮が近づいた頃に、キャンプ場に戻ると、愁先生、佐京と秋人さんと一緒に釣りに出かけていた翠ちゃん、弥生ちゃんの二人の女の子が、二人の手で結構大きなバケットの把手を握り大漁の魚を危なげな足取りで運んでいた。
二人の顔は沢山の収穫に嬉しそうな笑顔だった。でも、その笑顔はどこか儚い。
家の姉貴が釣りをするなんて知らなかった。
姉貴も愁先生もフィッシング・ウェアが似合っていた、というか板についている。
日が暮れて、先生達が釣ってきた魚が夕食の主を飾っていた。
料理をしたのは翔子さんだったけど、調理をしている最中、どうしてなのか、家の姉貴が張り合おうとしていた。
確かに佐京姉貴も凄いけど、翔子さんと張り合うだなんて、やるだけ無駄。
そのくらい、貴斗の姉のその才能は際立っているって事さ。
流石、隼瀬や藤宮の料理の師匠だけはあると思ってしまう。
極上の夕食後、時期的には早すぎる花火を年配者以外で楽しんでいた。
大量に買い込んだ花火詰め合わせの華やかなものは次々に空に揚がり、夜空を様々な光りの色彩に染めていた。
闇の空間に輝きながら、夢、幻のように見えなくなっていく花火。
弾け、消えてゆく、花火の数だけ、俺は今までの忘れたくない思いでも、思い出したくない記憶も脳裏に投影していた。
何時の頃からだろう。
浴衣姿で、屈む翠ちゃんが線香花火の明かりを眺めながら、俺に言う。
「慎治先輩・・・、どうして、泣いているんですか」
「馬鹿いえ、誰が泣いているって?あくびで、涙腺が緩んだんだよ・・・」
彼女の線香花火の煌きに映し出される表情は明るく見えなかった。寂しそうだった。
彼女の今の表情が俺にどんな風に写っているのか口に出してしまいそうになるが、唇を噛み締め、グッと堪える。
「慎治先輩・・・、先輩はこれからどうするんですか?」
翠ちゃんは消えてしまった線香花火を消し水に投げやると、屈んでいた姿勢から、お尻を地面に下ろした状態で両腕を膝に回す。
その中に顔を埋め、くぐもる声で、俺にそう尋ねてきた。
俺が知っていた以前の様な心の内から明るさが篭っていた声を今は聞く事ができない。
姉を含めたあいつ等が居なくなってしまった事が彼女の心境に大きな影響を与えてしまっている事、それから、完全に立ち上がっていない事、それらは今、同じ立場の俺には直ぐに理解できてしまう。でも、まだ、俺の様に生きる事を投げ出さず、逃げずに居られるのは、本来、彼女が極めて前向きな心を持っているからなんだろうな・・・。しかし、実際、俺は翠ちゃんじゃないから、彼女が本当はどんな思いを心の中に抱いているのか見えるはずが無かった。
将臣君と同じ様に翠ちゃんは俺の進路を知りたいらしい。
彼とその会話をした事を伏せ、答えを返そう・・・。
「今は、なにも、思いつかないし、考えも浮かんでこない。あの頃は・・・、・・・、貴斗が生きていた頃、俺には成し遂げたい夢があった。でも、今、それに向かうための目標が俺を置いて先に居なくなっちまったからな・・・・・・。」
「だから、このまま、喫茶店トマトで働き続けるかもしれない。若しかするとSICX(シノハラ・インダストリアル・コンプレックス)、篠葉産業複合体の経営部に戻るかもしれない。昔の俺なら、こんなこともすっぱりと決断できたんだけどな」
一先ず、そこで言葉を止め、パンツのポケットに手を突っ込み、夜空を見上げ、広がる闇とその中で輝く星々を眺める。
「で、翠ちゃんの方こそ、どうするんだ?仕事でも始めるのか?」
彼女は俺の声に顔を上げ、同じ様に星空に視線を向けると、
「私の質問はまだ終わっていなかったのに・・・、・・・、・・・、わたし・・・、私は大学に行こうと思っています・・・。詩織さんや、貴斗さんそれと八神さんが通っていた所に、その場所で、私の出来る事を探してみようと思っています・・・。私は馬鹿だから、今更勉強しても、入る事なんかできないかもしれないけど・・・。でも、やるだけ、やってみようと思います。塞ぎこんでいるだけでは何も変わらないから・・・」
心は晴れていないのに、思いだけは前向きだな、翠ちゃん。
芯が余程、しっかりしていないと、そんな言葉も口に出せないだろう。
翠ちゃんの口にした内容は今の俺に少なからず、精神的な変化を強要した。
それは彼女に気持ち的に負けたくないと、そんな影響だ。
「それで、さっき、私に聞かせてくれた八神さんの目標って何の事ですか?」
「・・・、・・・、・・・、貴斗、アイツと一緒に働く事さ。彼奴が進もうとする道の手助け・・・。だから、もう叶う事の無い目標・・・」
翠ちゃんは俺の言った事を如何捉えたのか、暫く沈黙して何かの思いを巡らせている風な表情を作っていた。
最後、彼女は晴れやかな笑顔を作り、立ち上がる。
「八神さん、やっぱり、八神先輩は凄いですね」
彼女はそう言って結城兄妹の方へ走り出した。
何故、そんな事を彼女が口に出していったのか判らない顔をしながら、彼女の後をゆっくりと追いかけていた。
これから、俺は何を願い、何を思い、未来を歩んで行くのだろうな。
今、言える唯一つの答えは、現実から逃げちゃ駄目って事だけだ・・・。
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