第115話

「……暑い」


ポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭う。


ふと街中の電光掲示板に表示されている気温を見ると


" 30℃ " の文字が。


そりゃ暑い訳だわ。 汗が止まらん。


俺は今、会社のオフィスから出て外回りの営業の真っ最中だ。 いくら課長に昇進したといっても、うちは営業1課。営業をしなくては会社の利益にはならない。


部下に外回りの営業を任せてオフィスでふんぞり返っている訳にはいかないのよね。 それに基本的に外回りの営業は好きなのだよ。 営業途中で喫茶店とかでサボれる……げふんげふん。 ……我が社の扱っている商品を喜んで使ってくれる会社と契約を取るのが楽しいからね。


……さて、早速目の前に見えるビルのオフィスに飛び込みの営業に行きますか。 ……決して外気が暑いからそこのオフィスで効いているエアコンで涼みたい訳じゃ無いからね。


目の前に見えるビルに入り、受付まで歩いていき受付嬢さんに声を掛けた。 あ~っ。エアコンの風が気持ちいい♪


「すみません、私○○株式会社の丹羽と申します」


そう言って名刺入れから名刺を取り出して受付嬢さんに手渡す。


「当社はコピー機等を扱っている会社でして、是非御社に当社が扱っている商品を利用して頂きたくお伺いさせて頂いた次第で御座います。 ご担当の方とアポイントを取らせて頂く事は可能でしょうか?」


すると受付嬢さんは


「少々お待ち下さいませ。今担当の者に確認を入れますので」


と言って電話を掛けだした。


「……只今受付の方に○○株式会社の丹羽様と言われる方が来られております。 無理さんはお手隙でしょうか? ……はい。はい。 分かりました。そうお伝え致します」


電話を切った受付嬢さんから


「お待たせいたしました。担当の無理の方が来ますので。丹羽様、申し訳御座いませんが無理は別件で来るのに少し時間が掛かりそうですので、そちらのソファーに座ってお待ち下さいませ」


「いえ、突然の訪問にご対応頂きありがとうございます。お待ちしています」


俺はロビーの隅に設置してある少し高級そうなソファーに案内される。


案内されたソファーに座り担当の無理さんを待つ事に。 このソファー座り心地めっちゃ良いなぁ。 エアコンの風が気持ちいい♪ しかし、無理さんかぁ。聞いた事無い名字だなぁ。 世の中には珍しい名字の方も居るんだなぁ。


そして待つ事約10分後。


「お待たせ致しました。担当の " 無理何代むりなんだい " と申します」


無理さんは俺に名刺を渡しながら笑顔でそう言ってきた。 う~ん。これは素敵な営業スマイルだ。誰が見ても歓迎されている笑顔じゃ無いな。目の端がピクピクしていて、いかにも " このくそ忙しい時に飛び込み営業なんか来んなよな! この常識知らずが! " と言わんばかりの笑顔だ。


「私○○株式会社の丹羽と申します。今回突然の訪問にご対応頂きありがとうございます」


俺はソファーから立ち上がり名刺入れから名刺を差し出して、無理さんと名刺交換をする。


俺と無理さんはソファーに座り話をする事に。


「私ども○○株式会社はコピー機等を扱っている会社でして、是非御社に当社が扱っている商品を利用して頂きたくお伺いさせて頂いた次第で御座います。先ずはこのパンフレットをご覧下さいませ」


俺は鞄からパンフレットを取り出して無理さんに手渡す。 無理さんはパラパラと雑にパンフレットを見て一言


「当社は既に他の業者からコピー機等のOA機器を契約しておりますので、今回はご縁が無かったという事に」


おいおい。雑にパンフレットを見ただけで断るのかよ?  もしかしたらあんたの会社が使っているOA機器よりは使いやすいかも知れないじゃ無いか?


俺は喰い下がってみる。


「我が社が扱っておりますOA機器は最新型のOA機器でして、機能性は勿論の事、不具合が出た時等のアフターサービス等様々な対応をさせて頂いておりますので、もし宜しければご検討頂けたらと」


すると無理さんはそう言った俺を " ふんっ " と鼻で笑って


「いきなり飛び込み営業で来られても困るんですよね。貴方に貴方の会社が扱っている商品を勧められて、 " はいそうですか。じゃ契約しましょう " なんてならないですよね普通。馬鹿ですか? 私共も暇じゃ無いんですよ。お引き取り願えますか?」


……ピクピク。 俺のこめかみが震えるのを感じた。


……が、我慢だ丹羽圭介。此処で上手く契約が取れれば会社の利益になる。


「そ、そこを何とかご検討願えませんか。当社が扱っている商品で絶対に御社に損はさせませんので」


……すると少しの沈黙の後、無理さんがニヤリと笑って


「そこまで言われるのでしたら少しだけ検討してみましょう」


「あ、ありがとうございます!」


「でも条件があります」


「条件…ですか?」


条件って何だよこら!


「当社はもう少しで創立50周年を迎えます」


「それはおめでとうございます」


「それに伴い、50周年を祝うパーティーを開こうと思っている所でして」


「は、はぁ…」


「そこで、我が社の社長に喜んで頂く為に社長にプレゼントをしたいと思っているんですよ。 で、丹羽さん、此処で提案なんですが、そのパーティーに芸能人のどなたかを丹羽さんの力で呼んで貰う事は出来ますが? 芸能人ならどなたでも構いませんので。それを社長へのプレゼントにしたいんで。それが出来るのなら貴方の会社との取り引きを前向きに検討いたしますが。どうですか?」


こ、この野郎! だからさっきニヤリと笑いやがったのか! 絶対うちと取り引きするつもりは無いという事だな! 普通一般人は芸能界との繋がりは無い。 だから創立記念パーティーに芸能人を呼ぶなんて無理難題を吹っ掛けて取り引きを諦めさせようという考えなんだな。


ど、どうしよう……芸能人か……。 この会社、見た目結構大きな会社みたいだし、もしこの会社との契約が取れればうちの会社の利益がけっこう上がるのは間違いない。 しかし……芸能人……


俺が悩んでいる姿を見て無理さんはニヤニヤと笑っている。 早く諦めて帰れと言わんばかりだ。


すると俺の脳裏にある人物の姿が浮かんできた。 それも1番身近な人物の姿が。


そう。刹那の姿だ。


「……分かりました。芸能人の手配、私にお任せ下さいませ。今からその芸能人にアポイントを取ってみますので、少しだけお待ち頂けますか」


「構いませんよ。いくらでもお待ちいたします」


無理さんはやっぱりニヤニヤしながらそう言ってきた。 この表情は、" ハッタリかましてんじゃねーよ。早く尻尾巻いて帰りやがれ " と言っている。


俺はソファーから立ち上がり、スマホを取り出して刹那に電話を掛けた。


数コールで刹那は電話に出てくれた。


『圭介さん♡ 珍しいですねこんな時間にウチに電話してくるなんて。まだお仕事中じゃ無いんですか?』


「ごめんな刹那。今話している時間はあるか?」


『大丈夫ですけど。何かありましたか?』


「ああ。実はな」


俺は刹那に事情を説明する。 すると


『分かりました! ウチがその会社の創立記念パーティーに行ったら良いんですね? 任せて下さい!』


「ありがとう刹那。ごめんよ無理言って」


『愛する旦那様の頼みですもの♡ 無理なんかじゃありませんよ♡ それで圭介さん、その会社の創立記念パーティーはいつなんですか?』


「あっ、そう言えば聞いてないや」


俺が慌てて無理さんに記念パーティーの日を聞こうとしたら


『圭介さん、その会社は何処にありますか?』


「えっと、○○駅の近くの○○ビルって所」


『フムフム。そのビルなら今ウチが居る場所から近いですね。 今から雪菜さんと一緒にそのビルに行きますので少し待っててくれますか? 雪菜さん良いですか? 圭介さん、雪菜さんからOKでましたので、今から向かいますね♡』



「無理さん、芸能人の方にアポイント取れました。その芸能人の方が今から此方に来てくれるとの事でしたので、少しだけお待ち頂けますか?」


「あっ、はい」


無理さんは " えっ? 嘘だろ? " みたいな顔をしてポカーンと口を開けていた。


しばらくして


「あっ、社長。お疲れ様です」


受付嬢さんがエレベーターから降りてきた見た目50歳位のナイスミドルな男性に挨拶をした。 ん? 社長?


「はい。お疲れ様。 おっ、無理君お疲れ様。そちらの方はどなたかな?」


「社長、此方は○○株式会社の丹羽さんと言いまして、うちの会社に丹羽さんの会社のOA機器を使って欲しいと営業に来られて」


「私○○株式会社の丹羽圭介と申します。此度は当社のOA機器を御社に使って頂きたく」


そこまで話した時


「圭介さん♡ お待たせ致しました♡」


刹那がロビーに入ってきて嬉しそうに駆け寄ってきた。 おっ、雪菜さんも一緒だな。


「ごめんな刹那。忙しかったんじゃないか?」


「大丈夫ですよ♡ ねっ雪菜さん」


「雪菜さんもすみません」


「いえいえ。困った時はお互い様ですので」


「無理さん、今さっきアポイント取った芸能人の由井刹那が到着致しましたので、創立記念パーティーの打ち合わせを……」


とそこまで言った時、社長さんが


「ゆ、ゆゆゆ、由井刹那さん!? 何故由井刹那さんがうちの会社に!? は、初めまして! 私この会社で社長を勤めさせて頂いております田中と申します! 私由井刹那さんの大ファンでして! いやぁお会い出来て光栄です! 是非握手をして頂けませんか!」


「は、はぁ。初めまして由井刹那と申します。この度は " 主人 " の丹羽がお世話になります」


「「 主人!? 」」


無理さんと社長さんが一斉に俺の方に振り向いた。 はい、刹那の主人の丹羽圭介です。


俺は改めて刹那と一緒に社長さんに今までの経緯を説明した。 すると社長さんは無理さんに激怒。 そして俺と刹那と雪菜さんに頭を下げて謝罪してくれた。


「この度は部下の無理の無理難題をお聞きいただきありがとう御座いました。 本当に申し訳御座いませんでした。丹羽さんの会社との契約は喜んで結ばせて頂きたいと思います」


こうして俺は無事にこの会社との契約を取る事に成功した。 ちなみにこの会社の創立記念パーティーに刹那が出る事も決定。 雪菜さんと社長さんとの話し合いで刹那のスケジュールをすり合わせ、刹那の都合の良い日にパーティーを開催する事にしたらしい。


俺の仕事の契約を取る為に人力してくれた刹那と雪菜さんに感謝しないとな。 おかげで俺は新規の契約を取った事で部長に褒められた。


























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