Ⅲ アーサー王と武蔵野うどん
「おーい、オサキー! 客だ、客だー!」
天狗が向かった先は、山中にぽつんと佇んだ、とある粗末な掘っ立て小屋だった。打ちっぱなしの大壁に、涼しげな吹き抜け。その粗末な縁側で、とある少女がちょこんと座り、何かを必死に食していた。
「おいおい、また油揚げ食ってんのかよ。本当に呑気だな、おまえは」
「うるさい。私は油揚げが好物なのだ」
少女は長い黒髪を揺らし、じっとアーサー王の顔を見た。彼の金色の髪と緑の瞳、白い肌と美しい装束を、なめ回すように観察する。
「ふむ、中々いい男だな。もうそろそろ、この小娘にも飽きた頃合いだ。次に憑りつくのは、立派なおまえにしよう」
そう言うと、少女はぴょこんと尾を出した。二股に分かれた先っぽが、ゆらゆらと左右に揺れている。
「憑りつく、だと……? なるほど、こいつは悪魔だな!」
「ちょっと待てって。こいつはな、イタチというか、狐というか……。まぁとにかく、そんなに警戒すんなって」
天狗は二人の間に割って入り、槍を構えるアーサー王を押さえつけた。
「それはそうと、例の物、振る舞ってもらえないか? 大天狗さまも大絶賛の、武蔵野うどん!」
「うむ、良いぞ。そこで待っておれ」
少女は「どっこいしょ」と言いながら、お勝手の方へと消えていく。しばらくすると、大きな漆のお盆とともに、「武蔵野うどん」がやって来た。
「私が作った、武蔵野うどんだ。本来、人間どもには教えぬのだが……。天狗が連れて来たおまえには、特別に振る舞ってやろう」
少し茶色掛かった、独特なざるうどん。かつおだしのつけ汁には、しいたけや長ネギ、油揚げなど、素朴ながらに美味しい具材が入っている。
「な、何だ、これは……?」
香高い汁と、太い麺状の主食を前に、アーサー王はしばし戸惑った。しかし天狗が美味しそうに食べ始めたのを見て、見様見真似で口をつける。全く慣れない箸を使い、何とかうどんを汁に通した。
「何だ、その……。不思議な味だな」
「美味いだろ! この味はな、俺たち武蔵野の妖怪だけの秘密なんだよ」
天狗はうどんを啜りながら、自慢げにこう語った。……のちにおしゃべりな妖怪により、あっと言う間に人里に広まってしまうのだが、今の彼には知る由もない。
「これを食べちまったら、巨人も人を食う気になんかならないだろ! 元の国に帰ったら、ぜひとも参考にしてくれ」
天狗の声を聞きながら、アーサー王は何とも不思議な気分になった。山の風景が段々とぼやけ、視界も徐々に白ばんでいく……。
「おい、天狗。この男、すでに消え掛かっているではないか」
「ありゃりゃ、『人攫い』の術もここまでか。宴会芸にするには、もうちょっと鍛えておかないとな」
オサキと天狗の会話も、遥か遠くへと消え……。次に気が付いたときには、再び聖マイケル山のふもとに立っていた。
「王さま、ご無事ですか!?」
二人の騎士に支えられ、王は辺りを見回した。いつもと何一つ変わらない、ブリテン島の風景だ。
「……ふむ。何とも奇妙な出来事だった」
アーサー王はつぶやくと、二人の騎士に向かってこう告げた。
「我が国も、あの者たちに負けるわけにはいかぬ。城に戻ったら、ウドンについて調べさせよ」
「は……? ウドン、ですか……?」
「そうだ、ウドンだ」
異国で味わった、独特な料理。アーサー王の尽力で、イギリス発祥の「イングリッシュブレックファストうどん」が流行ることになるのは、もう少し先の話だ。
アーサー王と武蔵野うどん ~ いとをかし、武蔵野邂逅譚!~ 中田もな @Nakata-Mona
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