スモトリ
@simoyanagi-lobster
相撲取りの呪われた動画
「ねぇ、相撲取りの呪われた動画知ってる?」
サークル終わりの午後九時、アパートの自分の部屋で、わたしは彼氏に聞いた。
「知らない。なにそれ?」
「昨日から、ネットで話題になってる動画で、それを見ると、中から相撲取りが出てきて、相撲しなきゃならないんだって」
「…………えーと、サダコ的に相撲取りが出てきて、取り組みをしなきゃいけなくなるってこと?」
「イエス」
「……えーと」
彼氏は困ったような顔をしている。「この話、マジじゃないよな」「笑っていいのかどうか判断に困る」「それにしてもオレの彼女はかわいいなあ」が入り混じった顔。かわいい。
「取り組みをしてね。勝敗がついたら、相撲取りは消えるらしいよ」
「ふーん」苦笑いの彼氏。
「わ、わたしだってね。本当に信じてるわけじゃなくて、釣り?だと思ってるよ」
だからそんなインターネットリテラシー大丈夫か? みたいな顔しないで欲しい。
「いや絶対釣りでしょ。そんなのこのご時世にあるわけないじゃん」と彼氏。
「で、でもね。感想がないんだよ」
「?」
彼氏に説明する。この呪われた動画のリンクはSNSで公開されていて、ミーハーな人たちは真偽を確かめる為、好奇心の為、暇つぶしの為、とりあえず見た。それはSNSのログからわかる。でもそれから一切感想を口にしていない。
「単につまらなかったんじゃないの? それか動画の最後にネタバレしないでくださいとかお願いがあるとか」
彼氏は動画はフィクションだと確信しているようだ。
「でも全員、それ以降、喋ってないんだよ……」
「?」
SNSで四六時中喋っていた人たちが、動画を見てから全員更新をやめてる。SNSをやってるわたしにとってそれは異様な光景だった。もしかして、これは釣りじゃなくて本物なんじゃと思う根拠になった。でもSNSをやっていない彼氏はピンと来てないようだ。
「だからね。見ようよ。相撲取りの動画」
本物なのかどうか確かめて、不安から楽になりたかった。それでも一人で見る気にはなれなくて、この話を持ち出したというわけ。
「まあ、いいよ。暇だし。それにしてもほんとうに怖がりだよな」
「こ、怖がってなんてないです!」
内心を見透かされて、ちょっとむかついた。
「相撲取りが出てきても、全然怖くないだろ。かわいいじゃん」
かわいいかなあ?
「……じゃ、じゃあ見ようか」
わたしは大学支給のノートパソコンに動画のリンクが貼ってあるページを表示させた。
「あれ? テレビで見ないの?」
彼氏が茶々を入れてきた。わたしの部屋にはテレビがないことを知ってるくせに。
無視して、マウスを動かして、カーソルをリンクに合わせる。
息を呑む。
やっぱりちょっと緊張する。
クリック。
動画のページにとんだ。再生が始まる。
脈絡のない映像がつなぎ合わされた動画。音声もない。
「う、うーん」彼氏が唸った。
わかる。あんまり面白くない。編集も映像も演出もぎこちない。アマチュアが作ったこと丸出しの動画。
やっぱり釣りだったのかなあ。
安堵して、そしてちょっとがっかりした。
その時、「お、おい。指出てる。指」と彼氏が言った。
指? 指ってなんの指?
それはもちろん相撲取りの指だ。
一目見て鍛え抜かれたとわかる10本の指が、ノートパソコンの画面から突き出ていた。
「指だ……」 わたしはそう呟いた。
わたしと彼氏は指の動きを見守るしかない。予想外の光景に頭が働かない。身体が動かない。
指がノートパソコンの縁を掴む。指が盛り上がる。ノートパソコンがビキビキと音を立てて広げられる。出口が広げられる。
ニュッとマゲが出てきた。見覚えのある立派なマゲが。このままでは相撲取りが出てきてしまう。そうなったら、そうなったら、取り組みをしないといけない。そんなのは嫌だ。いや、相撲が嫌いなわけじゃないけど、いま相撲がしたいわけじゃない。
「南無三!」
わたしはそう叫び、ノートパソコンを充電ケーブルから引きちぎり、ベランダから外に捨てた。
ガシャン!という音がした。ノートパソコンがアスファルトに追突したんだ。ここはアパートの二階だからたぶん壊れただろう。
ノートパソコン買い換えないと……。
「ナ、ナイス!」完璧に腰を抜かした彼氏がそう言ってくれた。
わたしは親指を立てた。
「出てきたな相撲取り……」と彼氏が言った。
「出てきたね……。相撲取り」とわたし。
二人ともどっと疲れていた。まさか本当にノートパソコンから相撲取りが出てくるとは。これはSNSの人たちも沈黙するわけだ。こんなこと、誰にも信じてもらえない。
二人して、天井を見上げた。
それにしても彼氏は役に立たなかった。でもこんな非常事態しょうがないかな。相撲取りの呪われた動画で恋が覚めるとかやだし……。
そんなことをぼんやり思っていたら、ピンポンピンポンとチャイムが鳴った。
「なんか出前とか頼んだ?」と彼氏。
「ううん」わたしは首を振った。郵便物もないはずだ。さっきの恐怖が頭から抜けていない。疲れで身体が動かない。
「夜分遅くすみません。大家ですが、大声がしたと下の方から苦情がありまして」
ドアの向こうから声がした。確かに大家のおじいさんの声だった。
「あー、オレが出るわ」彼氏が立ち上がって玄関に行った。ありがたかった。やっぱりやさしいなあ。
彼氏がドアを開けると、そこに立っていたのは、大家のおじいさんではなく、相撲取りだった。
マゲ。ふてぶてしい面構え。ちゃんこと稽古で鍛え抜かれた肉体に廻し。
実際に見ると相撲取りってすごい大きくない?
間違いない。先程のノートパソコンから出てきた相撲取りだ。ノートパソコンをベランダから投げるだけではダメだった。やっぱり勝敗がつかないとダメなんだ。どうやってかわからないけど、大家さんの声を真似たんだ。
「い、いい加減にしろよ!」と言って、彼氏は相撲取りに突っ込んでいった。そして勝負は一瞬でついた。取組と呼べるかさえ疑問だった。壁に投げられて終わった。サイバイマンにやられたヤムチャのようだった。
相撲取りはこちらを見た。わたしと彼氏は一緒に動画を見たから、わたしとも相撲の決着をつけたいようだ。
「あう、あうう」
女性は土俵にあがっちゃいけないのでは?とかちゃんこ作ってあげますからとか言おうとしたが、うまく言葉が作れない。
嫌だ。投げられたくない。でも相撲はできない。
相撲取りが四股を踏む。臨戦態勢だ。
どうしよう。どうしよう。どこからか相撲取りを呼び出せないだろうか。いやでもそんなの無理だ。そんなの来るわけない。
……ん?
わたしは気づいた。そもそも目の前の相撲取りはどこから来たのかということに。
わたしはスマホを取り出して、急いで操作した。相撲取りの息遣いが聞こえる。まだ来ないのか? ではこちらから仕掛けるぞ。そんな風に言っているように、聞こえた。
わたしはスマホを取り出して、相撲取りに向けた。
相撲取りは、相撲取りの呪われた動画を見た。
指がスマホから出た。
指? 指ってなんの指?
それはもちろん相撲取りの指だ。
一目見て鍛え抜かれたとわかる5本の指が、スマホから出ていた。その指がぐいぐいとスマホの画面を広がる。ノートパソコンに比べて、画面が狭いから、出てくるのに時間がかかるのだろう。でも目の前の相撲取りはスマホを注視している。
わたしに気を配っていない。
彼氏を引きずって、部屋を出た。
彼氏には息があった。ホッとした。泣きたくなった。それでもやることがあった。疲れた身体を引きずって、近くの交番に行った。部屋に暴漢が来て、なんとか逃げてきたと説明すると、警官たちは慌ただしく動き出した。嘘は言ってない。
警官を連れて、アパートに戻ると、野次馬が集まっていた。部屋に戻ると、二人の相撲取りががっぷり四つ構えになっていた。同じ動画から出てきたから、実力が同じなのだろうか。家具はめちゃくちゃに散乱してる。
「こりゃ、見ものだわ」野次馬の誰かが言った。
その通りですね。当事者じゃなければ。
それから一週間が経った。相撲取りの呪われた動画を見たSNSの人たちは、わたしと同じような目に合ったため、更新が止まっていたようだ。
動画は世界中で拡散されたため、相撲取りの事件は世界中で起こった。各国政府は今回の事態を『スモウ・ショック』と命名。力を合わせて、解決に取り組むと宣言。動画の転載・アップロードを禁じようとしているが、なかなか難しいようだ。
動画から相撲取りが現れる既存の物理法則を完全に無視している現象は、『スモウ・エフェクト』と命名され、世界中の研究機関が注目してるらしい。
『スモウ・ショック』も『スモウ・エフェクト』もわたしにはどうでもいい。
「お昼、できたよ!」と彼氏に言った。
「うん」と生返事。またベランダから下の取り組みを見てるようだ。そう、二人の相撲取りはいなくなっていない。引き分けの場合は消えないようだ。
大家のおじいさんが大の相撲好きだったため、あの二人を引き取った。毎日稽古をさせている。絶対危ないと思う。
「いややっぱり生で見ると迫力あるよ」
投げられて、打身ができたのに、ぼんやりしたことを言う彼氏。かなりぼんやりしてる。無事で済んだのはただの幸運だったのに。
それとも相撲取りみたいなぽっちゃりした子が好きなんだろうか。相撲取りがかわいいとか言ってたし、危機感を覚える。
「わたしも相撲やろうかな」
「え? なんで?」
なんでって。あなたのせいですよ。
スモトリ @simoyanagi-lobster
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