記憶に残らずスワイプされる景色

流れ着いた終焉の未来

目まぐるしく景色が移り変わる窓、朝の通勤通学の限られた時間にでも睡魔に身をゆだね首を垂らし眠る人々。

そんなものもとうに日常となりもはや見向きさえしなかった。


英語の参考書を忙しなく頁を繰る生真面目な印象を受ける女性が何かにうなずくように揺れていた。


(このくらい…覚えなくっちゃぁ…朝の時間を有効に…)


寝ないように何とか抗い続けた彼女も瞼の限界に達し寝入ってしまった。

電車内で寝るという行為に慣れていないのか隣の男性にもたれかかるような体形のまましばらくたった。

その男性は…やけに体幹がいいのか電車の振動を感じさせず大きくがっしりとした筋肉が彼女を心地よく支えていた。

一時ではあったが休息の、効率のいい休憩だったが彼女の先ほど持っていた参考書が手が緩み電車の揺れで落ち、男性が拾った。


「ああ…!すいません…もたれかかった上に拾ってもらって…」

彼女が顔を上げて男性を見るとセンターで分けられた髪の隙間から長細くすらりと伸びた目元を携え整った顔立ちをしていた。


「・・・その制服は…○○高校か?」

「…は、はい」

「なるほど、生真面目すぎないか?」

「…え?」

「この辺りでは二番目の成績をもつ進学校だ、こんな意識がなくなるまで勉強をしなくてはいけないんだろう?」

「す、すいません…」

「謝ることではないだろう?…ただ、たまには休むことだって大切だぞ?」

「まあ…見ず知らずの…しかも偏差値で言ったら10は違うような奴に言われても釈然としないか?」

「そんなことないですよ…」

「そうかい、まあ休息も必要だってことだぜ?」

「そんなこと…こんなの普通にみんなしてますよ…」

「普通?」

「そうです」

「俺は…普通って言葉が嫌いなんだ」

「そうだな、例えばインドでは山羊を飼っていないと普通じゃないんだ」

「だがそんな風に思ったことなんてないだろ?」

「つまり普通ってのは主観的なもので相対的なもんなんだ」

「日本は…特段その普通ってハードルが高い」

「周りと溶け込むのが普通、自分を追い込んでも他人に迷惑をかけないのが普通」

「時間を守るのは普通ってな、まあ…つまり…気張りすぎだぜ?」

「そう…でしょうか…」

「そんなもんさ、肩肘張ってばかりじゃあ生きずらいぜ?」

「俺でよければ…また明日同じ時間に同じ席にいる、何か悩んでるんなら俺が力になるぜ?」

そういうと彼は電車を降りた。


一人取り残された彼女は彼の異質な、普通とは違う彼のことを思い返した。


確かに…今まで途中で寝ちゃうことなんてなかったな…

自覚してないだけで私って本当は疲れがたまってるのかな…

彼女はそっと目を閉じる。


ああ、そっか…今まで電車で寝ている人のことを時間の無駄使いと思っていたけど…休むことも大事なんだ・・・

また・・・あいたいな・・・


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