第三十三の論争 彼女の強さ

「はぁぁ…」

雑踏の混じる教室に紛れ彼のため息が違和感なくかき消される。


今日はやけに疲れたな…

彼の脳内に今まで言われ慣れていたはずの光景が畳みかけるように再生される。


『このクズ野郎が…』

『地獄に落ちろ!』

『人でなしが…』


まあ、たしかにな…

人に恨まれても仕方ないことばかりしてきているんだ、そのくらい当然だし言われる義務すらあるだろう…

だが…こんなに人に…世間に、憚られていいものなのか?

・・・だめだ、考えてるうちに気が重くなってくる。

たまに病んでしまうな…俺もまだまだだな


彼が気を病んでいつも厚く作っている見せかけの表情も保つことができずにぼーっとただ一点を見つめていると。


「どーしたの?元気ないみたいだけどー」

アホ面を携えた幼馴染が視界に入り彼も急いで見栄を張ろうと表情を作り


「ん?そんなに元気なさそうに見えたか?」

「・・・うん、いつもの君と比べても全然静かだし…それに面白みが足りないよー?」

「手酷い意見で」

「やっぱり…キミ何か悩んでる?」

「いいや?俺はいつもの俺だぜ?何かに悩むようなタマか?」

「うーん、私にも相談できない?」

「は?」

「君の幼馴染だよ?君のごまかし方、変化に気付かないとでもー?」

「かなわねえな…」

「君のことだから…誰にも言わずに自分で解決することも容易いんだろうけど…」

「いらないお世話なんだろうけど…」

「私は君と違って…愛に負けて最適解を選ぶことができないからさ…」

「本当に君のことを思うんならよしたほうがいいのかもしれないけど…」

「もし、もしも私に何かできることがあるのなら…」

「私は何があってもキミの味方だからね?」


涙は見せない、特にこいつの前では、

しっかりと周りを…客観的に見れば絶対にそんなことはないのだろうけど…

たまに自分の味方はいないのではないかと思うときがある…

そんな風に思ってるときに…こいつは…


「やっぱり敵わねえな…」

「そりゃあ妻として当然でしょ!」

「ドヤ顔をしやがって…」

「だがな…今のでもかなり気持ちが軽くなったさ」

「それはいいけど…本当に大丈夫?」

「オメーに俺のよわよわしいところなんて到底見せられねえ…っての」

「でもこれからの人生ずーっと一緒に過ごすんだからさ、そんなのを気にしてちゃやってられないよ?」

「ずーっとねぇ?」

「・・・私を捨てるの?」

「俺の心配をしてたんじゃないのか?」

「そうだった、今のうちに媚び売ってないと」

「そんなことを考えてる時点でって感じだな」

「うふふ♪」

「・・・なんだよ」

「大分気が楽になったねー?」

「…そうだな」

「よかった♪」

彼は彼女となるべく目を合わせないように彼女を抱きしめた。

「あー…やっぱり君も結構溜まってたんだねー?」

「でもよかったよー素直になってくれたようでねー…」

彼は何も言わずに強く抱きしめ彼女に甘えていた。


彼女の肩のあたりは少し湿っていた。

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