その⑩
その日は朝から気持ちがいい程空が青く澄み切っていた。
市雄はサムと純一を伴いモネに案内された広い花畑の一角にいた。
三人とも地味な軽作業着に身を包んで来ていたのだが、煌びやかに咲き誇る赤いアマ
リリスを背景に花の説明をするモネの姿は花畑に舞い降りた天使のように鮮やかで三
人ともうっとり眺めていた。
彼女の手伝いをして気づくと陽は高く昼になっていた。
彼女は三人のために手作りの弁当を作り持参していた。四人は木陰の芝に腰を落とし
食事をとった。彼女の作った料理は見栄えといい味といい申し分のないものだった。
「これプロの味だな。こんなうまい飯食ったの久しぶりだ。なあ、市雄」
サムはモネの気を引こうとして少しばかり大げさにいう。
「いやほんと。誰に教わったんです?」すかさず市雄も口を挿む。
「すべて創造主から享受したのよ。元々私たちラルフネス族は原始的な生活レベルだ
った。ある時、創造主が私たちに文明の利器を与えて下さった。そして今日があるの
よ」
「うーん、そこがよくわかんねえな。だいたい文明なんてものは人が築くものだろ。
誰かに与えられるものじゃない」
日頃からそう思っていた純一は思わず口に出した。
モネは純一の顔を見つめしばらく黙っていたが真剣な眼差しで語り始めた。
「たしかにそうかもしれない。でも人間は進化する度に無益な争いを繰り返す習性が
あるのよ。私たちの時代からそれが蔓延し始めた。創造主はこのままでは人間は自ら
の争いによっていずれ自滅するだろうと予測した。そしてこの理想郷を建設したの。
ここでは無益な争いはいっさい起こらないわ」
三人をなだめすかすようにモネはいった。それは市雄もサムも純一と同じ考えを持っ
ていると察知したからだろう。しかしながら三人とも彼女の説明に納得はしなかった
「俺たちは皆自分の意志を持って生きているんだ。争ってでも勝ち取る価値があるも
のって存在するんじゃないのかなあ」サムがいう。
「創造主が神だとしたらなぜわれわれに意志を与えたのだろう。争うのが人間の意志
なら新しいものを創り出すのも同じじゃないかなあ。失敗すればそれを糧にして最善
策を考えていく。それが人間じゃないのかなあ」
市雄は自分の正直な気持ちをさらけ出した。
「創造主は私たちの意志をないがしろにしてるわけではないの。ここにいる人たちは
皆が真にここの生活に満足し自分の意志でここの生活を選んだの。決して強制はされ
てはいないの」そういう彼女の言葉には覇気がなかった。
「君は住民の中でもいちばん長くここにいるんだろ。ほんとうにここの生活に満足し
ているの?」
市雄がこのような質問を投げかけたのは彼女の本心が知りたかったからに他ならない
「私も外の世界にはずっと関心を持っていたわ。一度はここから出てみたいと・・」
「やっぱり君も外に出たいと思ったことがあったわけだ。俺はここを出たい。元の世
界に帰りたい」と純一が本心を暴露した。
「創造主は俺たちの意志をないがしろにしていないといったね。それじゃ、ここを出
たいと意思表示すれば叶えてくれるのか?」
モネはそういう市雄の顔を大きな瞳で見つめた。
「わかったわ。あなたもここを出たいということが」
「出られるのか?」市雄は恐る恐る訊いた。
「明後日の午前二時にここの門が開くの。あなたたち同様他の住民の中にも出たいと
いう者がすでにいるの。だからほんとうに覚悟を決めてるのならその時間に門の前に
来てちょうだい」
それは驚くべき告白だった。彼女は長年暮らしてきたこの街での生活に真に満足はし
ていなかったのだ。そして市雄たちと同様の考えを持つものが他にもいることも判明
した。只、彼女はそれなりの覚悟は決めるようにと念押ししていた。
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