その⑨

 季節は移り変わり外に吹く風も爽やかな十月半ばとなった。


今日十七日は美也子の二十一歳の誕生日だった。


市雄たち六名は徹と美也子の部屋でささやかな誕生祝を催すことになっていた。とり


あえず市雄は部屋を飾る花を調達する役目を担っていた。


街のほぼ中心には様々な物資を専門別に並べる個別物資配給所があり、それは外界の


商店街そのものだった。ここでは全うに働いてさえいれば欲しいものは何でも手に入


る。しかしほんとうにそれが人の理想なのだろうか。時折、市雄は疑問に思う。そし


てそう思うのは自分だけなのかと。


花を捜しながら歩いていると色とりどりの鮮やかな花を並べる花屋、いや花配給所が


目にとまった。


花を物色しながら奥にはいっていく。突然、「いらっしゃい」と明るい女性の声がし


た。振り向いてみるとそこには目鼻立ちがはっきりしたスタイルのよい美人が立って


いた。市雄はその女性の顔に見覚えがあった。ーいったいどこでーふと考え込んで思


い出した。そうだ。九月の催事で見たラルフネスと呼ばれていた巫女の一人だ。十人


の巫女の中では一番若く見え美しい顔立ちの彼女に目は釘付けになっていたのだ。そ


れは市雄の男の本能が無意識にそうさせたに他ならない。


「あ、あの・・あなたは九月の催事の時に舞っていた巫女さん?」


「あら、覚えていらしたのね。光栄だわ」


その娘は子供のような無邪気な笑顔で答えた。


「僕は最近ここに来た者で市雄といいます」


「そのようね。住民番号札を見ればわかるわ。わたしはモネ。どうぞよろしく」


そういわれて市雄は自分が住民番号札を付けていたことに気づいた。と、同時に彼女


が付けている札に目がいった。見ると番号は600007となっている。つまり彼女


のナンバーは市雄たちのと比べるとかなり古いということになる。そして滝山がラル


フネスはここの始祖だと言っていたことを思い出した。


彼女が始祖であり、創造主といわれる存在と唯一コンタクトがとれるのだとしたら、


これは千載一遇の好機だと考えた。これでこの街の謎が解明出来るかもしれない。市


雄ははやる気持ちをぐっと抑えた。


とりあえず置かれてあったアマリリス、キキョウ、カンナを一束づつ注文した。これ


は予定外のことだった。


「お花がお好きのようね」花束を包みながらモネは市雄に微笑みかける。


「ええ、花があると部屋が明るくなる気がして」


「そう、私もいつも部屋に季節の花を飾っているわ」


「これだけ花があるということはどこかに広大な花の菜園があるの?」


「ええ、あるわ。それはもう美しい花園よ」


「へえ、一度見に行きたいなあ」


「あら、それじゃ今度連れていってあげるわ。私、そこでいろんな花を育ててるの」


市雄は一週間後モネと花園に行く約束を取り付けた。


市雄の作戦勝ちだった。モネという娘の魅力に惹かれたことは否定できない。しかし


ラルフネスと接触を持てば必ず新たな真実を見つけ出せるに違いないと確信していた




 その夜、みんなはかなりの量のアルコールを呑んでいた。


市雄とサム以外の四人はすっかりここの生活に慣れそれなりに満喫している様子だっ


た。


市雄はサムにラルフネスの一人モネに出会ったことを話した。彼はそれを聞き歓喜し


た。彼もモネに会いたいという。それは当然だろう。彼も市雄同様にこの街の謎を解


明すべく密かに行動していたのだった。そして不可解な事実を発見していた。


「俺は休日の度にバイクで街中を走っていたんだ」


「どこへ行ったんだよ?」


「この街の果てを探しに行った」


「果て? そんなものあったのかよ?」


「どこにもない。俺たちが招き入れられた木製の門も石垣の塀もどこにもねえ」


市雄はサムの言っている状況が理解出来なかった。たしかこの街は高い石垣の塀に周


りを囲まれている筈だった。それがないとはどういうことだ。


「それじゃ、この街と外との境界はどうなってるんだ?」


「それらしいものがねえんだよ。とにかく一方向に走っても走っても街の中心部に引


き戻されるんだ」


「つまり俺たちは二度とここから出られないってことかよ」


市雄はその時それまで自分の中にくすぶっていた憤懣の思いが一気に膨らむのを感じ


ていた。たしかにここで生きていくのに何ひとつ不自由はない。それは有難いのだが


ここでは常に何者かに監視されているという感覚を払拭することが出来ず不快そのも


のだった。それはサムとて同じだった。正体不明の創造主と呼ばれる者たちの意図が


そして何のためにここが存在するのか。それが解明されないうちは真に安心して生き


ていけない。それが市雄とサムの本心だ。そして市雄は純一も同じなのではないかと


考えるようになっていた。


今や純一は市雄にとってサム以外の心の通じ合う親友であった。互いに住まいが近い


こともあり仕事帰りによくいっしょに呑んだりしていたのだ。




その夜、美也子の誕生祝がお開きになると市雄は純一の部屋を訪ねた。


時刻はすでに十時を過ぎていたが純一は哲学書を読んでいる真っ最中だったという。


ここではすべての書物は主様からの助言として発刊される。すべての分野の知識は主


様のアドバイスのみで賄っているのである。ここで暮らす限り自分たちで生活環境を


改善したり新品を開発したりする必要はまったくない。主様の指示通りに働きさえす


れば生きていけるのである。


純一も市雄やサム同様にこの体制にそれなりの疑問を抱き始めていることを市雄自身


がわかっていた。


モネのことを報告すると純一もぜひ彼女に会いたいという。それは彼自身も何とか真


実をつきとめたいという心の現れであった。


「なんか最近思うんだよなあ。俺たち飼育されてるんじゃないかって」


純一が本音を暴露した。たしかにいわれればそうかもしれない。絶対に出ることの出


来ない檻の中のペット。いや、ペットならまだいいが実験用のモルモットだったりす


るかもしれない。二人ともそんな妄想じみたことを考えたりした。


「とにかく俺は真実が知りてえんだ。そうでないとどう生きていいかわからねえ」


市雄の正直な気持ちだった。そして真実を究明するため三人で協力することが得策だ


と考えていた。





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