その⑧

 街の中央部に位置する大神殿は立派な社が四つ並び、その前の広大な敷地の中心部


にはそれまでに見たこともないような巨大な矢倉が築かれていた。


その真ん中には松明の明かりが煌々と輝いている。その矢倉を取り囲むように様々な


時代の衣装をまとった人々がおそらく千人ではきかないであろうほどの人数集まって


いた。


「こりゃ、伊勢神宮よりすげえな」マサルがため息をつく。


その時、後ろから純一が市雄たちに声をかけてきた。その姿はあまりにもみすぼらし


い農夫の姿だった。


「驚いただろう。俺は貧しい百姓の子だからな。でもここに来てからは暮らしはずっ


と裕福になったよ」純一は自分の過去を明かした。


やがて午後七時となり人々は一瞬にして静まりかえった。


どこからともなく太鼓を鳴らす音が闇に鳴り響き、白衣に赤い緋袴の巫女装束に身を


包んだ女たちが矢倉の上に上がってきた。


十人ほどの巫女たちは太鼓のリズムに合わせ松明のまわりを舞い始めた。


「あれがラルフネスだ」純一が巫女たちを指していう。


太鼓のリズムは徐々に早くなり巫女たちの舞いもそれに合わせるように動きが活発に


激しく変わっていく。


松明の炎は妖艶に揺らぎ矢倉全体が赤い熱気に包み込まれたように夜の闇の中に浮か


び上がる。と、次の瞬間松明の炎の明るさをもかき消してしまうほどの強烈な青白い


光が天空から矢倉に一直線に降り注いだ。


群衆が見上げた矢倉の真上から巨大な発光体がゆっくりと垂直に降りてくる。


市雄たちは空を仰ぎ固唾をのみ言葉を失っていた。


それでも巫女たちの舞いの動きは止まらない。


「神の降臨じゃ」


百姓姿の老人がそういうと手を合わせぶつぶつと何やら唱え始めた。


矢倉から十メートルほどの高さに迫った発光体は巨大な円盤の姿を現し底面には赤、


青、紫の円形の光がいくつも輝いており、その中の青の部分から十本の光が発せられ


巫女たちの体を包み込んだ。


巫女たちの体は青白い発光体に変わり、それらが舞う姿はまるでおとぎの国の妖精だ


った。


やがて十人の巫女たちの青い光は一塊になり目も眩む明るさで輝きだした。その青い


巨大な球体は矢倉の上から宙に舞い上がり頭上の円盤に吸い寄せられた。


円盤は獲物を呑み込む蛸のように底面に開いた口から内部に球体を吸収し音もなく恐


るべき速度で一直線に跳ね上がりそのまま姿を消した。




やがてあたりは元の闇に覆われ矢倉の上の松明の火だけが静かに燃えていた。


人々は底知れぬ余韻で声も出せずその場に立ちすくんでいた。市雄たちも同様だった


むしろ市雄たち六人が最も強い衝撃を受けたに違いない。


「あなたがたには少し刺激が強すぎたようですな」


突然後ろから滝山に声をかけられ市雄たちは我に返った。


「今のはもしかしてUFО?」


マサルが夢遊病者のような目つきで呟く。


「彼らはいったい何者なんです?」


「一般的に神様と呼ばれとるのう。彼らはわれわれ人間の創造主じゃ。主様がたは決


して悪いようには計らわん。安心してお任せしとけばいいんじゃ」


「あの巫女たちはいったい何を享受したというんです?」市雄が問う。


「皆が快適に暮らすための文明の利器じゃよ。石器時代から今日までの進歩は主様が


たからの享受のおかげじゃ」


市雄たちにはその意味が理解出来なかった。文明も科学も人が築くもので与えられる


ものではない筈だ。市雄はこれまでに感じてきた違和感がこの街の根本的な体制にあ


るのだと考えた。


ここには律に関する機関が存在していない。市町村役場、警察署、裁判所など見たこ


とも聞いたこともなかった。


それではそれらはラルフネスと呼ばれる巫女たちが役割を担っているということなの


か。そしてこの街は何のために存在するのか。人々は何のために生きているのか。市


雄は何もかもがわからなくなった。


それにしてもラルフネスと呼ばれる巫女たちはいったい何者なのか。自分たちと同じ


人間なのか。市雄が考え込んでいると滝山が声をかけた。


「ラルフネスのことが気になるのかね?」


「えっ、はあ・・・」


「彼らはこの街の初代の住民たちじゃ。たしか弥生時代の者の筈じゃ」


「弥生時代って、彼らは四千年も五千年も昔からここで生きているってことですか」


「そうじゃ。ここの始祖たちじゃ」


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