その⑦

 九月十七日、年に一度の催事がとり行われる日となった。


この日だけはそれまでなかったような妙な慌ただしさが街全体を包み込んでいた。


いかなる業務も休みで祝日同様だが、人々の大半が各々独特の衣装をまとい大神殿の


方角に向かって行く。そんな時代劇の一コマのような街の様子を市雄たちは二階の窓


から眺めていた。


「催事ってのは仮装行列かよ。ずいぶん様々な時代の衣装があるぜ」目をまるくして


サムがいう。


「あれは鎌倉時代に武士が着ていた直垂(ひたたれ)だ。」幸雄が目を輝かせていう


見ると下の道路をいかにも高貴な位の武士が着用する衣装を着た三人の男たちが足早


に歩いて行く。


「おまえ、やけに詳しいじゃねえか」意外そうにいうマサルに幸雄はさらに続けて説


明する。


「あれは江戸時代の大名が身につけていた裃(かみしも)だ。あの鳥帽子も。いや、


俺学校の歴史研究部にいたから少し詳しいんだ。でも驚いたな。こんな間近でこれほ


ど精巧なレプリカを見れるなんて」


「いや、あれはレプリカなんかじゃないかもしれない」そういう市雄だけは醒めた顔


をしていた。それは純一から聞いたことが頭に残っていたからに他ならない。サムは


酔っぱらっていて軽く聞き流したかもしれない。だが純一は確かに言っていた。この


街は何千年も昔から存在しているのだと。だとしたら今自分たちが見ている時代衣装


をまとった人たちは少なくとも江戸時代より昔にここを訪れた人たちだと解釈出来る


現実離れしているが、実際に身のまわりで起こっているのだとしたら是が非でもその


謎は解明せねばならない。市雄はそう考えていた。


その時、誰かが玄関そドアをノックする。ドアを開けた市雄は思わず「わっ」と声を


上げた。


そこに立っていたのは上下紺色のブレザーに銀の三つボタンの制服に身を包んだ滝山


五作だった。市雄はその制服をどこかで見た記憶があった。ーそうだ。ポッポや(鉄


道員)の制服だー以前に見たことのある映画で思い出した。主人公の鉄道員が着てい


た制服を。只、同じ格好をしていても二枚目俳優と滝山とではこう言っちゃ失礼だが


月とすっぽんだった。


「どうしたんです? いったい」


「わしは明治、大正と鉄道員をしておりましてな。ここに来た時、この格好じゃった


んですわ」そういって滝山は招かれてもいないのに部屋に入り込み椅子に腰を下ろし


た。


「どこの鉄道でお勤めを?」


「わしは北海道生まれでな。釧路におったんじゃわ」


「でもここはN県ですよね」疑いの眼差しでサムがいう。


滝山は上着の内ポケットから煙草を取り出してくわえると火をつけ大きく吸い込んだ


「皆さんはまだよくわかっておられない。この街は日本全国、いや世界各地どこにで


もあるんじゃ。ここに来たいと願う者の前に理想郷は必ず存在する」


滝山のいうことが理解出来ず市雄たちは只唖然とする。滝山は煙草を灰皿でもみ消す


と市雄たちの顔をまざまざと見た。


「君たちもそろそろここのよさというものがわかってきたじゃろう。ここには無意味


な争いは存在しない。各々競争することがまったくないんじゃから」


「確かに滝山の言う通りかもしれない。だが市雄たち若い年代の若者にはこの街の生


活が真に自分たちに適合しているのかどうかと問われるとまだイエスと返答できかね


ていたのだ。


「もう六時前じゃ。そろそろ行きますかのう」滝山はゆっくり腰を上げた。


「あのう、僕たちはこのままの恰好でいいんですか?」市雄がきく。


「催事の日だけは皆が各々この街に入った時の姿に戻るようにとのお告げがあるんじ


や。君たちはそのままでええよ」


そう言い残すと滝山は足早に部屋を出て行った。



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