その⑥

 市雄たちが理想郷に入ってから一か月が経過していた。


六人は各々の適材適所を考慮された結果、市雄とサムは自動車修理工場へ、マサルは


トラックでの配送業務。徹と幸雄は農園での作業、美也子は物資配給センターでの業


務を任されることとなっていた。


労働しても金銭を得ることはないが、ここではまわりの人々のため、街のために働い


ているという実感があり生活は以前よりはずっと充実したものになっていた。


そんな中、市雄とサムは以前から感じているこの街の腑に落ちない点を今だ頭から拭


い去ることが出来ないでいた。納得出来ないことはどんなことでも有耶無耶にして過


ごすことが出来ない。バカがつくほどの几帳面さは二人とも似通っていた。


ある晩、仕事を終えて帰宅の途に就いていた市雄とサムは偶然にも米山純一と出会っ


た。市雄たちが彼と再会したのは農園の作業を共にした時以来だった。


「やあ、久しぶりですね」


「ああ、君たちでしたか。ここでの生活は慣れましたか?」


「はい、何とか・・それより君もこの近くにお住まいですか?」


「ええ、その先のイエローハイムです」


「そうなの。僕たちはそこの十番館に住んでるんです。よかったらちょっと寄ってい


きませんか」


市雄はすかさず彼を誘っていた。サムとてそうしたかったに違いない。二人とも頭の


中にまとわりついているわけのわからない何かを早く吹っ切りたかったのだ。


市雄が部屋のドアを開けた途端、むっとする暑い空気が流れ出る。


部屋の明かりをつけるとすぐさま冷蔵庫からありったけの缶ビールを出してテーブル


に並べた。


「こんなものしかなくて悪いんだけど・・まあどうぞ」


三人は椅子に腰を下ろし乾杯する。


「やっぱり仕事あがりの一杯はたまんねえなあ」サムは思いっきり体をリラックスさ


せる。


「君たちもここに来てひと月だろ。何か変だと思うだろ?」


早々に飛び出した純一の意外な言葉に市雄とサムは互いに顔を見合わせた。


「変って、君もずっとそう思ってたの?」


「普通の人間なら誰でも変だと思う筈さ。この街は外界の世界とは次元が異なるんだ


から」


「次元が異なる?」サムの声は俄かに震えていた。そして純一は二人に尋ねる。


「今、外の世界で何が起こっている?」


「世界最終戦争が勃発しちまったんだ。もうあそこでは生き残れねえ」サムが吐き捨


てる。


「やっぱり思ってた通りだ。外界は常に争いに明け暮れている。ここは選ばれし者の


みが入れる楽園なのさ」


それを聞いた市雄とサムは顔を見合わせ吹き出してしまった。だが純一は続ける。


「確かなことはここには俺たちの常識では計り知れない何者かが存在しているという


ことだ。信じられないだろうが俺がここに来た時は太平洋戦争の真っ只中だった。こ


の街を見つけたのは俺に召集令状が届いた日だった。俺は無意識に門を叩いた。そし


てここに迎え入れられた。ここは外界とはまったく違う理想郷だった。ここで暮らす


うちにそれまでの外界のことをすべて忘れようと努力した。残してきた家族のことも


・・」そこまで話すと純一は目頭を手で覆った。


「あのう・・いいですか。仮に今の君の話が事実だとして君はいくつなの?」


「もう百歳近いだろうな」さらりと答える純一。


「ちょっとわかりやすく説明してもらいたいんだけど・・俺たちは酔っても頭はしっ


かりしてるつもりだ」


市雄の要望に頷き純一は説明を続ける。


「だからここは外界とは次元が違うといったろ。ここは何千年も昔から存在している


んだ。住民たちがここに来た年代も様々さ。江戸、室町、平安とね。ここに居る者は


誰も歳をとらない。老化しないんだ。君たちもここに来た時から老化は止まっている


市雄とサムはまたしても顔を見合わせる。


「だとしてもいったい何のためにこの街があるんだ。常識を超えた何者かって誰だよ


。俺たちはそれが一番知りてえんだよ」


「ラルフネスに会ってみるといい。彼らなら神のことを知っているだろうから」


「ラルフネス?」市雄たちはきょとんとする。


「神の巫女たちさ。この街を創造したのが神ならばラルフネスは神とわれわれを繋ぐ


媒介者だ。紀元前から今日までここの文明が発展してきたのはラルフネスのお告げの


ためといわれている」


純一にそういわれても市雄たちにラルフネスや神のことはまったく理解出来ない。


ラルフネスとやらに会うためにはこの街で年に一度行われる大がかりな催事に参加す


ることだと純一に教えられる。そしてその催事は来月十七日午後七時より街の中心に


ある神殿に住民のすべてが集まりとり行われるとのことだった。

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