その⑤

 そこは市雄たちの住まいから三キロほど離れた場所にある広大な田園だった。


六人ともそこに連れて来られた時、息を呑むほど驚いた。それは広大さと美しさにと


いって過言はなかった。


作物はどれも大きく育ち色艶もいい。あの大惨事の後、この日本に、いや世界にこの


ような場所が残されていたことが不思議で不自然に思えたのだ。


「昨日ここに来たというのは君たちだな」


佇んでいる市雄たちに声をかけてきたのは逞しい体つきで顔立ちの整った好青年だっ


た。


「僕は米山純一といいます。君たちにはトマト、キュウリ、ナスの収穫と大根の種を


植え付けてもらいたいんだ。とりあえず三人づつでお願いしたいんだ」


純一の指示で市雄、サム、マサルの三人は野菜の収穫を。徹、美也子、幸雄の三人は


種の植え付けをすることになった。


野菜はどれもかぶりつきたいほど色鮮やかで実が締まっていた。市雄はよく育ったト


マトを切り取り籠に入れながらとなりで作業する純一に声をかける。


「君はここに来て長いんですか?」


「そうだなあ。もうかなり長いこと居るような気がするなあ」


「長いってどのくらい?」


「七十年は居るんじゃないかなあ」


市雄から見て彼の年齢はどうみても三十歳を超えているいるようには見えない。やは


りサムがいうようにここは何かがおかしい。いや、ここの人間たちがおかしいという


べきなのだろうか。


市雄とサムは計り知れない異様な雰囲気を肌で感じながら作業を続けた。




 日が暮れその日の作業を終えた市雄たちは住居のそばにあるスーパーに晩飯の買い


出しに向かった。全員がここなら貨幣が通用するだろうと推測したからだ。しかし皆


所持金はわずかだった。それでもなんとか買える食材を探そうと皆で店内に入った。


入って目についたのは陳列台に並べられた色とりどりの野菜類。その奥には牛肉、豚


肉、鶏肉などの肉類が。さらにその奥には新鮮な魚介類が陳列されている。


「こりゃ、すげえ・・」ため息をついて幸雄が漏らす。


皆が各々に食べたいと思う食材の前に駆け寄る。だが、何かおかしい。皆一斉に思っ


た。見るとどの商品にも値札が貼られていないのだ。


「これ、どういうこと?」美也子が首を傾げる。


六人とも棒立ちになっていると滝山五作が姿を現した。


「今日は疲れなすったじゃろう。何を突っ立って居る、早う持っとる籠に品物を詰め


込みなさい。但し、一人一籠だぞ」


そう発した滝山の言葉に市雄たちの空腹は限界に達し、皆手あたり次第に籠に肉や野


菜を放り込んだ。


籠いっぱいに食料を詰めると滝山に連れられ店の入り口にある広いカウンターの前に


来た。だがどこを見ても商品を清算する客の姿がない。というよりレジ自体がどこに


もない。誰もが各々の籠に入れた商品を備え付けられたビニール袋に詰め込み店を出


ていく。


「あのう・・みんなお金清算してませんよね。いいんですか?」サムが訊く。


「ここには金なんてものはないんじゃよ」


「でもここはスーパーマーケットなんでしょう?」


「スーパーなんかじゃない。ここは物資配給センターなんじゃよ」


「物資配給センター?」


「そう、ここでは誰もが平等に食べ物、衣類、その他の必需品の支給を受けることが


出来る。だから金を持っとる者などおらんよ」


市雄たちは只、ポカンと口を開けた。その時、カウンター内にいた若い女性が急ぎ足


で滝山の前に来て何かを手渡した。それは数枚の名札のようなものだった。


「皆さんの住民番号が決まりましたのでこれからお渡しします」


そういいながら滝山は先程渡された名札のようなものを市雄たちに配りだした。


見るとそれには中央部に大きく六桁の数字が記載されており、その上には第三区域住


民番号と書かれていた。


市雄は616593番となっており、それ以降、サム、マサル、徹、幸雄、美也子の


順に連番になっていた。


「明日からこれを常に衣服の胸の部分に付けておいてください。今日はおつかれさま


それじゃ、わしは帰りますんでのう」そういうと滝山はそそくさと建物から出て行っ


た。


「何なの、これ」渡された自分の身分証明書というべきだろうか、その札を見て不機


嫌な顔をする美也子。


「マイナンバーみたいなもんじゃねえのか」自分の札を顔に近づけながらマサルが言


った。

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