その④

 鳥たちの囀りとカーテンの隙間から差し込む朝日で市雄は目覚めた。


昨日までの地獄のような日々がまるで悪夢であったかのようにそこは最終戦争の前の


平和な生活空間に思えた。


まだ気だるさの抜け切れない体をベッドから起こすと窓のカーテンを開ける。


外の一般道路には大型トラックの荷台からせっせと荷物を下ろす作業員、背広姿で先


を急ぐサラリーマン風の男たち、ベビーカーに幼児を乗せて歩く若い女性。それに道


路沿いにはコンビニや開店準備をするスーパーが目に入った。その時、市雄はふと首


を傾げた。コンビニやスーパーに取り付けられている看板の店名にまったく見覚えが


なかったのだ。日本にああいう名の企業はなかった筈だが。すると海外企業というこ


とか。


横のベッドで寝ている筈のサムに声をかけようと見ると姿がない。こんな朝早くから


どこへ行ったのだ。そう思った時、ドアが開く音とともにサムが息を切らして戻って


きた。


「おまえ、いったいどこへ?」


「それより何かがおかしい」そういうサムの表情は硬直し慄然としている。


「おまえ、何を見たんだ?」


「山がねえんだ。何処にも」


市雄はサムの言っていることの意味が理解出来なかった。


「それ、どういうことだよ」


「いいか、ここはN県の山岳地帯だ。まわりは山脈の筈だ。それがどこにも見当たら


ねえんだよ山が・・」


「霧に覆い隠されてるだけじゃないのか。このあたりはよく発生するからな」


「いや、今日は晴天だ。それに四方八方見渡す限り平地が続いているんだ」


サムの顔は目が血走り何か得体の知れぬものに恐れおののいているように見えた。


その時、部屋を誰かがノックする。出てみるとドアの前に立っていたのは昨日市雄た


ちをこの街に招き入れて住まいの手配までしてくれた中年男だった。


「やあ、おはよう。昨日はよく眠れましたかな」


「あ、はあ、あのう・・」サムが何かを尋ねようとするが口ごもって言葉が出てこな


い。


「あ、そうそう言い遅れました。わしの名は滝山五作と申します。この街の第三区域


の管理を任されております」男が先に自己紹介を済ませる。


「管理者ということはあなたがここの市長さんということでしょうか?」


市雄はサムに代わって男に質問する。


「市長?  ハハハ・・・なつかしい言葉ですなあ。しかしここには市長も町長もお


りませんのじゃ。市役所なんてものはないんじゃから・・」


滝山の言葉に二人はポカンと口を開ける。


「あのう・・核戦争勃発時、ここはどうやって切り抜けたのですか?」


市雄の発した言葉に滝山はきょとんとした顔で、「核戦争? そんな物騒なこといつ


あったのかね。ここはずっと昔から平和な街じゃがね」


市雄たちは滝山という男があまりに茫洋とした人物ゆえそれ以上の質問を控えた。


「あ、それから皆さんの仕事のことじゃがのう。今は野菜の収穫期でのう。人手が足


りんのじゃわ。しばらくは畑のほうで働いてもらいたいんじゃがのう」


「ええ、それはもう働かせてもらえるのなら喜んでお手伝いさせてもらいます」


市雄たちは一つ返事で答えた。


「そりゃよかった。じゃ、明日から頼みますわ」

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