その②

 肉親をすべて亡くしたからといって後を追って死ぬことも出来ない。


生き残った以上なんとしても生き延びねばならない。人の生への執着心は恐ろしいほ


ど強いものだ。しばらく無我夢中で駆けるうちに皆自分ひとりでは何も出来ないこと


に気づく。元来、人は集団で行動するようにプログラムされている生き物だ。やがて


お互い敵対し争うだけでなく相手が己の利益になると考えれば利用する。双方が合意


すればそこから複数で事を成すために行動する。市雄たち六人もそうして出会った性


格が似たり寄ったりの仲間たちだった。


それでも争いがなくなることはない。他の集団と常に食料、水などを奪い合わねばな


らない。なぜならすべての物資には限りがあるからだ。こうなると頼るものは力しか


ない。力が極端に強い者、もしくは多人数で構成される集団。これら以外の弱者たち


が生き残れる確率はかなり低かった。


そんな状況下であれ市雄たちは信じたかった。人間の理性を。人間らしさを。それら


は永遠に不滅だと。


「地下のドラッグストア跡に薬が残っていたから持ってきた。これで徹の足も治せる


る」サムが皆に報告した。


「だが、あそこもならず者たちの縄張りになっている。近づく者は皆殺されるぞ」


警戒するマサルが吐き捨てるようにいう。


「こんなのもういやだ! いったいいつまでこんなことを・・」幸雄が泣き顔で呟


く。


幸雄は六人の中で一番若年でまだあどけなさが残る気の弱い青年だった。そんな彼を


姉の美也子がいつもかばって生きてきた。彼女は気丈で意志の強い女性だった。


「幸雄、あんたも男ならしっかりしなさい」


「そんなこと言ったって・・俺はもう争うのはいやだ」


「俺たちも好き好んで争ってるわけじゃない。生きていくためには仕方ねえ」とサム


が諭す。


「たしかに食料、水、薬など必需品は確保しなければならない。だがこれからは争い


はなるだけ避けてこの六人が生きていく方法を考えようじゃないか」


そう提言する市雄にマサルは意義を唱える。


「争わなければ餓死するだけだ。どんな方法があるってんだ」


市雄にはある考えがあった。この六人が次々出会ったのはО市の市街地だった。


それまで夜間を中心に必要物資を獲得するため移動してきた。だがそれらを手に入れ


るには盗みか強盗しか手段がない。今や慈悲で物を恵んでくれる奇特な者はほとんど


存在しないからだ。


どこに行くという目的もなくふらふらと彷徨い食べ物を得るために目の色を変える。


そんな野生動物のような生活に皆が嫌気さしていることは市雄にもわかっていた。


市雄は薄汚れた自分のリュックから一枚の破れかけた地図を取り出した。


中部地方のそれを広げある地点を指す。それは現在六人がいるであろう場所だった。


もうそこは市街地の外れに差し掛かっていた。


「俺たちは無意識のうちに北の方向へ進んで来たようだ。これをさらに北東方向に進


めばN県に入る。山岳地帯に行ってみないか」


市雄がそう切り出した。


「そんなとこに行ったってなにもねえじゃねえか。餓死するだけだ」


マサルは反論する。


「いた、山地には植物がまだ豊富だ。山菜、きのこ等まだある筈だ。それに適した場


所さえあれば自給自足も可能だ。とにかく六人が食べていければいいんだから」


あとの五人は黙っていた。しばらくしてうつむいていた幸雄がポツリといった。


「N県に行こう」


その眼差しはそれまでの幸雄のものではなかった。何か新たなる目標に向かって進も


うと決意した目だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る