<3> 陽気な酒場
フォークを皿の上に置いたルーニーは、空になったグラスに葡萄酒を注いだ。
「……絶大な勘違い、してんだろ」
「そんなことありません」
「パメラは、俺の子じゃないぞ」
「誰もそんなこと言ってないでしょう!」
そもそも、子どもがいるような歳に見えないじゃないか。そう言い返しそうになりながら、グレイは口籠って「その、恋仲なんじゃ」と尋ねた。
ややあって、きょとんとしたルーニーは堰を切ったように豪快な笑い声を響かせた。
「な、なんで、笑うんですか!」
「だって、俺とパメラが? ないないっ。俺、幼児趣味ないから」
顔を真っ赤にして腹を抱えたルーニーは、グラスの中の葡萄酒を一気に飲み干した。
「そりゃ、おっぱいはデカくなったけどな。あいつは中身がまだまだ子どもだ。子どもに手を出すほど、オジサン飢えちゃいないよ」
戯けて笑ったルーニーは苦しそうに息を乱していたが、しばらくして大きく息をつく。目元を濡らす涙を指先でぬぐうとグレイを見た。
「お前、あーいうの趣味?」
「はい?」
突然の問いの意味が分からず、グレイは眉をひそめる。
「いや、他人の嗜好に口出しはしない主義だけど……お前とパメラの体格差は、ちょっと犯罪臭いぞ。つーか、パメラが壊れるだろう」
「ちょっ、何でそういうことになるんですか!」
顔を真っ赤にするグレイを面白がり「お父さんは許しません」と悪乗りを始めたルーニーは、横に座っていた冒険者を巻き込み始めた。
「うちの息子が、幼児趣味に走りそうなんですよ、旦那」
「だから、違います!」
「何だ兄ちゃん、若い顔してデカい息子がいるな」
「若気の至りってやつ? それよりどう思いますか、幼児趣味って」
「まぁ、パメラちゃんのおっぱいは、男としちゃ、揉みたくなる気持ちは分かるな」
さらに横の男もうんうんと頷いて会話に入ってくるから、収拾がつかない。いつの間にか酔っ払いたちの会話は、おっぱいかお尻か談義にまで発展しだした。
運悪く、ここは行儀の良い酒場ではなく、男たちの話は見る間に膨れ上がった。そんな下世話好きな酔っ払いの盛り上がりを、グレイ一人が止められる訳もなく──
「ルーニーさん、いい加減にしてください! そこのあなたも、悪乗りしないで!」
すっかり出来上がった男たちの戯言に踊らされ、グレイが声を荒げていると、パメラが顔を出して「他の客の迷惑よ!」と怒り顔で言うものだから、周りはさらに声を上げて笑いだす。
ルーニーは、心底楽しそうに追加したエールをあおった。
賑やかに二時間ほどが過ぎただろうか。
笑いの渦の中でくたびれることになったグレイは、周りの男達が悪びれる様子もなく「揶揄ってすまんかったな」と頭や肩を叩きながらいなくなると、げんなりとした顔で深い溜め息をついた。
片やルーニーは、グレイの倍どころでない量の酒を飲んでいたのも手伝い、すっかり酔いが回って赤い顔をしている。それでも具合が悪いわけではなく、随分とご機嫌な様子だ。
「いやぁ、やっぱ、人と飲む酒はうまいね」
「飲み過ぎです」
「お前が飲まなすぎ。葡萄酒は果汁で、エールは水みたいなもんだろ」
「さっき、自分で酒って言いましたよね?」
「そうだっけ?」
さらにエールを追加したルーニーは、目を細めて視線をグレイに向けた。
酒のせいで頬が上気しているのも手伝い、口元に浮かんだ微笑はあまりにも艶っぽい。どこか憂いさえ感じる瞳が潤んでいるように見えるのは、照明のせいなのか。
酔っぱらいの冒険者たちの笑い声と下世話な会話を、グレイはふと思い出した。
ただの戯言なのだろうが「兄ちゃん色気あんな」「戦場であってたら、そのケツ揉んでたぞ」等と言って、彼らはにやにやしながらルーニーの身体を値踏みするように見ていた。
命をかけた戦場では精神状態が極限に達すると性欲が高まり、男同士で性欲処理をすることも少なくはない。そうだとしても、戦場に出た経験のないグレイには眉唾ものの話で、どうにも不愉快さを感じた。
しかし、ルーニーは彼らの視線を気にもせず、手を払いながらも「グレンウェルドの外から来たのか? 西はどうなってる?」と上手く話題を変えていった。こういった場所も、話題にも慣れているのだろう。
グレイは拳を握り、ともすれば出てしまうため息を飲み込んだ。
この不快感は、自分が場に慣れていないことへのものなのか。それとも、男同士で情事に至ることへ対しての無理解からなるものか。あるいは、酔っぱらい達の手が不躾に師匠を触っていることへだったのか。
横で酒を喉に流し込む音を聞きながら、すっかり冷めた羊肉を咀嚼したグレイはそれを飲み込む。味なんて分からなかった。
「酒は良いぞ。バカになれる」
ごとんっと音がして、カウンターに空になったグラスが転がる。
「騎士が酒で醜態を晒す訳にはいきません」
「堅いねぇ。ほんっと、お前って……堅いよ、ウィル……」
すっかり冷めてしまった羊肉を黙々と口に運んでいたグレイは、己の耳を疑った。振り返った先では、ルーニーがカウンターに頬を寄せて寝に入っていた。
──どうして、父と間違えるんだ。
グレイは複雑な思いを飲み込んだ。
「あれ、ルーニー寝ちゃった? 追加のエール、どうする?」
「……頂きます」
ジョッキが載る盆を手に立っていたパメラからそれを受け取ったグレイは、なみなみと注がれたエールに口をつけた。
喉を通る苦味に眉をしかめ、どこが美味しいのだろうと首を傾げる。そして、喉の奥が一瞬、熱くなるのは嫌いじゃないかと思いつつ、余っているナッツに指を伸ばした。
ちらりと横目で盗み見たルーニーは、穏やかな顔で寝息を立てていた。
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