<18> 新たな目標

 魔力はその血潮であると唱える者がいる。

 全身を巡っているそれを引き出し操るためには、まず自身の中にある魔力の保有量を知り、その律動を掴む必要がある。魔力を関知することは、初級魔法を習得するために必要な最低限の技法だ。


「魔力は常に一定量あるわけじゃない。体内でも生成されるが、その速度や貯め置ける限界量は個人によって異なる。まぁ、使えばこの値を大きくすることも出来るが、まずは自分の現状を知らなきゃ話にならないな」

「……まだ、魔力があると言う感覚が掴めません」


 両手を見て、幾度か指を握り握りこむグレイは渋い顔をする。それを見てルーニーは「だろうな」と頷くと、水を湛えた水差しを引き寄せた。

 たぷんっと揺れた水面はしばらくするとしんと静まり返る。


「水差しを動かせば水は動くだろ?」

「そうですね……」

「お前の体をこの水差しと思えばいい。で、この中にある水が魔力だ。今は大量にあるが、これを他のことに使えばなくなる。魔力も同じだ」


 そう話すルーニーが水面に手を翳すと、静かだった水面がゆらゆらと動いた。

 次第にその動きは激しくなり、まるでマドラーでぐるぐるとかき混ぜられたように、中央に小さな渦潮が出来きた。


「魔力は別の魔力に干渉されることもあれば、大きく影響しあうこともある」


 渦を巻いた水は、ルーニーの掌が遠ざかると小さな竜巻のようになった。まるでその手に引かれるようについていく。


「今、俺の魔力でこの水に干渉することで、状態を変化させている。この時、どれほどの魔力を自身から引き出すかを推し量る必要がある」


 弾き飛ばされた水しぶきが僅かにテーブルを濡らしていくが、小さな竜巻はその形を崩すことはなかった。そして、ルーニーが手を握りこむと、それはパキパキと音を立てて先端から少しずつ凍り始めた。

 なだらかなら螺旋を描いた氷の柱が出来ていく。


「例えば、干渉する魔力が足らなければ、この氷を形成することは出来ないし」


 水はパキパキと音を立てて凍っていき、終いにそれは水差しの底にまで達した。そして、さらに冷えて水差しの表面が白くなり──


「行き過ぎれば、対象外にまで影響を及ぼす」


 ピシピシッとその球面にヒビが入ったところで、ルーニーは手を放した。


「この氷を元の水に戻したら、どうなる?」

「水差しが壊れて、水はヒビから外に流れ出てしまうと思います。どちらも使い物になりません」

「だよな。魔術師もそれと同じだ。体内の魔力が全て外に出てしまえば何も出来ない。意識すら保てず使い物にならなくなる。だからこそ、自分の今の魔力量を把握することが魔術師としての第一歩になる」


 教授したことを、なるほどと思いながらもグレイは首を傾げた。その魔力量を知るにも、自身の中に流れている魔力そのものをどう推し量れば良いのか、さっぱり分からない。

 水差しの中の水のように、目で見て分かれば楽だろうが。


「そう言うわけで、渡した教本は焦らず読めばいい。それと同時に、魔力感知の訓練を行うことにする」

「魔力、感知……?」

「教本にもやり方は書いてあるけど、修練を積めば、自分の魔力だけじゃなく、魔法がかかったものやその痕跡を辿ることも出来る」


 この魔力感知が行えない魔術師などいないと言って笑ったルーニーは、ナッツを口の中に放り込む。

 ポリポリと砕く音を聞きながら、グレイは小さく唸った。自分の魔力を感知できなような状態では、その他のものを感じるなど、到底無理な話だろうことは嫌でも分かる。


「最終目的は自分を中心にある程度の広さの追跡が出来るようになってもらいたいところだが……まずは、自分の魔力を感じることからだ」


 そう言ったルーニーは、教本を捲ると魔力感知に関して書かれている項目を示した。とりあえず、そこを読み終えたら実践に入ろうということだ。


「ルーニーさんは、どうやって自分の魔力を感じることが出来たんですか?」

「俺は……なんとなく?」

「は?」


 首を傾げながらの回答は、全くもって参考になるものではなく、グレイは困惑の色を濃くするばかりだ。


「うーん……こう言うのって、ノリも大切と言うか、やったら出来ちゃいましたって感じでも構わないわけよ」

「……はぁ」

「体の中の魔力を感じることが出来れば、それを一点に集めてみたらいい」

「一点に?」

「そう、それが出来ると」


 掌を上に向けたルーニーが「火が灯せる」と言うと、そこに小さな火の玉が浮かび上がった。


「これを松明や蝋燭に灯せば明かりになる」


 つまりこれが、魔力を火へと変換させる初歩の魔法である。

 ルーニーの掌の上で揺らめく火の塊を不思議そうに見たグレイは「熱くないんですか?」と尋ねた。見る限り、彼の掌に浮かんでいて、皮膚には接していないようだ。


「触ってみるか?」

「……触れるんですか?」

「火だからな」


 当然だろうと言うルーニーは手を突き出した。それに掌を近づけたグレイは、触れる前に熱を感じて、思わず手を引っ込めた。

 そこにあったのは、紛れもなく火の塊だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る