<11> 後悔と微笑み
憎しみに顔を歪ませるルーニーは、静かに語り続けた。
「ヤツは長いこと、俺たちが手の出せないとこに隠れていたんだ」
「手が出せない?」
「あぁ、グレンウェルド国内であれば、いくらでも強硬手段に出れたんだけどな。他国となったら、そうもいかない」
厳しい眼差しにグレイは只ならぬ寒気を感じた。
「国ってのは厄介だよ」
「つまりそれは……」
手が出せない場所ということは、他国を盾にしているということだろう。あの男はグレンウェルド国外に拠点を持っていることになる。
「このままジェラルディンの有事に介入していけば、必ず接触できる」
「……今日、捕まえることは出来なかったのでしょうか?」
「あれは実体じゃなかったからな」
グラスの中の果実水を飲み干したルーニーは、深く息を吐くと、こめかみを揉み解すような仕草を見せた。今、自身がどれほどの憎しみを見せたか分かっているのだ。まるで感情を押し込めるように息を繰り返し、ややあって、低く「他に聞きたいことは?」と尋ねた。
ひとまず、黒い仮面について話すのは終わりにしたい。そう言葉にせずとも、グレイに伝わったようだ。
知らずのうちに渋い顔になっていたグレイは、視線を彷徨わせると、少しばかり聞きづらそうに口を開いた。
「あの、大したことじゃないんですが……ルーニーさん、笑っていました、よね?」
「ん? いつのことだよ」
予想外の質問だったのだろう。
顔を上げたルーニーは、毒気を抜かれた顔でぱちくりと瞬いた。
「……カトレアさんが、その、魔人を育てると言った時に。あまりにも、不自然なタイミングに笑っていたので」
「お前、よく見てたな」
目を見開いたルーニーは手にした果実を口に放り込み、それを咀嚼しながらしばらく黙った。さてどう話そうか。そう考えているようだった。
白い喉がこくんっと口の中のものを飲み下すと、その指先が果汁でべたつくのか、ぺろりと舐め取ると小さくため息をこぼした。
「カトレアに話したことはな……俺の古い知り合いの話なんだ。生まれた子が愛した男との赤子だと信じ込み、サマラに奪われてからは廃人も同然だった」
積み重なったクッションにもたれかかり、天井から下がる輝く魔晶石の照明を見つめたルーニーは「俺が会いに行っても、何の反応も示さなかった」と言って、自嘲気味な笑みを口元に浮かべる。
「共に魔人を育てると言った騎士の前ではよく笑い、繰り返し赤子はどこだと聞くんだ。彼女の中では、同じ時が繰り返されていたんだろうな……そして、再会した我が子の手で、殺された」
グレイが眉間にしわを寄せて黙り込んでいると、ルーニーは喉を震わせて笑い出した。
「何が賢者だ。人一人救えなくて」
「……ルーニーさん……」
あの笑みは自分自身に向けられたものだったのだ。そう気づいたグレイは、なぜ尋ねてしまったのかと後悔する。
どれほど強く偉大な男だとしても、人としての感情があり、それが垣間見えてしまうことがあっても可笑しくはない。
──そこにつけ込まれないため、”賢者”であるための仮面なのかもしれない。
それがとても悲しく思え、自嘲気味に笑うルーニーを見たグレイは、息苦しさを感じた。哀れみ、同情、そんなものを彼は求めていないだろう。
──それでも、側にいるなら理解すべきではないか。今すぐには無理だとしても。
張り付いた笑顔を見せるルーニーを見つめながら、グレイは秘かにそう思った。ただ、今はどうすることも出来ず、師匠が再び言葉を紡ぐのをじっと待った。
薄い唇が、息を吐く。そして「傲慢だったんだ」と再び語り始めた。
「俺も、国も、傲慢だった。人ならざるものと分かっていて、人として育てれば戦力になると思った。彼女たちの本当の幸せを守ろうとか、奇麗事を言って赤子を産ませ、結局守れないどころか最悪の事態を招いた。な、笑えるだろ?」
同意を求められてもそれに頷くことなど出来ず、グレイはただ黙る。
「二度と、あんなのはごめんだ」
きっぱりと言い切ったルーニーの顔から表情が消えた。それがむしろ、悲しさの表れのように見受けたグレイは、気まずい空気の中、どうすることも出来ずにため息を飲み込んだ。
いつまでも続くように思われた沈黙は、意外にも、ルーニー自身が「だから」と呟くことで破られた。
「あの司祭には頑張ってもらいたいわけだ」
心底幸せを願う慈愛に満ちた微笑みが浮かんだ。それに、グレイは目を見開き、食い入るように見入る。いや、魅入っていたのかもしれない。
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