<16> 愛しい人
どれほどの時を重ねたか。
白濁とした劣情にまみれてルーニーの声も枯れたころ、ウィリアムの背に回されていた白い腕が寝台に落ちた。
散々泣き、求め、求められ。お互いのぬくもりを合わせて、ようやく人並みの体温に戻ったルーニーの寝顔は穏やかなものだった。
その頬にそっと触れ、ウィリアムは深々と息を吐く。
「出来ることなら、毎晩、傍にいたいのを、分かっているのか?」
返事などないのは分かり切っていた。それでも独り言ちると、ウィリアムはもう一度ため息をつく。
洗浄の魔法で体を汚したものを拭い去り、晒された素肌を柔らかな毛布で覆うと、白い手が伸びてきた。その瞳は閉じられたままだが、無意識に拠り所を探しているのだと分かり、そっと手を握れば頼りなげな力で握り返された。
まるで母親を探した赤子のようだ。そんなことを言えば、真っ赤な顔をして怒るだろうか。
可笑しさに口元を緩めたウィリアムは、彼の横に静かに滑り込み、温まった体を抱きしめた。
腕の中で赤い髪がゆらゆらと揺れ、しっとりと汗ばむ額が胸に擦りつけられる。
「変わらないな……」
昔からルーニーには、抱きしめると頭を胸にこすりつけてくる癖がある。
寝ている時ではなく起きているときにすれば、外聞も関係なく甘やかしてやるというのに。そう伝えたこともあったが、真っ赤な顔をして「出来るか!」と怒鳴られたものだ。
髪を撫でながら、ウィリアムは懐かしむように微笑む。
──あとどれだけの時間をこうして、あなたのために使えるのだろうか。
寝台から窓の外を眺め、眩しいほどの月明かりに目を細めた。
残された時間が少ないと思うようになったのはごく最近のことだった。孫が生まれたことも影響しているのだろう。そう考えながら、ウィリアムは自身の手を見つめた。
剣だこで硬くなった掌に、皴を刻んだ甲と指先。張りや艶はとうに失われ、嫌でも年を重ねていると分かる。
今でも、剣の腕であれば若手に負けるとは思っていない。鍛錬も日々続けている。落ちた筋力を埋めるだけの経験則も持っている。騎士としての価値は、まだ相当のものだと自負できた。
だが、いつ頃からか若い頃豊富であった魔力量が年々減っていると感じるようになった。
魔力とはすなわち、命。
そう考えると、縁起でもないことが頭をよぎるものだ。
「……死ぬまで傍に、か」
いつぞやルーニーに告げられた言葉を思い出し、自嘲気味な笑いを浮かべた。
己が先に逝くであろうことは容易に想像がつく。
一般的に言えば、愛する者の腕の中で逝けるのは幸福なことなのだろう。だが、愛する者を残したその後はどうなるというのか。知るすべなどない。それならば、むしろ彼を愛する者が現れたなら、その者に委ね──
そう考えながらも、ルーニーの横に別の男、あるいは女が寄り添うことを考えると、腹の奥にどす黒い感情が生まれたことにウィリアムは気付く。
──そう簡単に達観できるものではないか。
人生の全てとも言える愛しい人の寝顔を眺め、ウィリアムは切なそうに目を細めた。
「……身勝手な私を、許してほしい」
変わらずに愛しているのだと告げるように、ルーニーの額に唇を寄せたウィリアムは、すり寄る彼を抱きしめて瞼を下ろした。
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