<15> 優しい唇
指が絡まり、逃がさないというように絡めとられる。
反射的にウィリアムを仰ぎ見たルーニーは、その目じりにしわを寄せた笑顔に、懐かしい少年の微笑みを重ねた。
「きっと、変わります」
突然、ウィリアムの口調が変わり、ルーニーは顔を青ざめさせた。
目の前の笑顔はどこまでも優しい。遠慮などなく甘えていいのだと言うような、慈愛にさえ満ちている。それなのにルーニーの心は淀みゆき、鳶色の瞳が曇りを見せた。
「……やめろ」
「その為に、グレイをあなたに預けたのです。あの子は、私によく似ているでしょう?」
「なん、だよ、その喋り方……やめろって言っただろう!」
「グレイを傍に置けば、あなたは思い出すでしょう。私との約束を」
ルーニーの訴えなど聞こえていないのか。ウィリアムは淡々と告げた。
記憶の中の少年が彼に重なり、微笑みかける。それは懐かしく、甘く穏やかな日々の記憶。
薄い唇が戦慄き、鳶色の瞳が絶望に染まっていくのが、手に取るように分かった。
──嗚呼、そんな顔をさせたいわけではないのに。
胸が痛むのを感じながら、ウィリアムはいっそう優しく語りかけた。
「あなたは忘れっぽいので、何度でも言います」
「やめろ」
「私はあなたの為だけに生きると決めた。そのためなら手段を択ばない」
固い指の腹が冷えた頬を包み込む。そして、目頭に浮かぶ熱い雫に唇が寄せられた。
「あなたこそ、誰よりも平穏に生きるべきですよ、師匠」
「ウィル……たのむ、もう、やめてくれ。お願いだ。思い出したくない……たのむ」
記憶の裏に見え隠れする穏やかな日々の記憶。その奥に隠れた思い出したくない何かが、歯の根が合わないほどの強迫観念となって付きまとう。
逃れようとするように頭を振ってウィリアムの手から逃れたルーニーは喉を引きつらせた。そして、何かに縋らずにはいられないほど、体を震わせて背中を丸めた。
「もう、意地の悪いことを、しないで、くれ……今のままで、いい」
「ですが、今のままでは──」
「今のままでいい!」
ウィリアムの言葉を遮るように金切り声を上げ、ルーニーは彼に手を伸ばす。そしてそのままのしかかる様に長椅子へ押し倒した。その腕は小刻みに震えている。見えない何かに怯えていることは明白だ。
ぱたりぱたりと落ちた熱い雫が、ウィリアムの胸元を濡らしていく。
ルーニーの白い頬が青くなる姿を目の当たりにして、全てを受け止めると覚悟をしているはずのウィリアムの心が軋んだ。黒い瞳を辛そうに細め、目の前で震える肩を引き寄せた。
「ルーニー……すまない」
その謝罪の意味はどちらなのだろうか。彼を泣かせてしまったことへなのか、彼の望みを叶えられないことに対してなのか。
ウィリアムは覆いかぶさってきた彼の唇を迎えると、その震えた体をきつく抱きしめた。
──あの子が側にいれば、全てを思い出し、苦しむのだろう。それでも、私は……。
腕の中で口付けを甘受するルーニーを愛おしそうに撫でながら、ウィリアムは再び「すまない」と呟いた。
ルーニーを抱えるように体を起こし、深く口付ける。まるでせがむように絡むその舌先を啄み、その甘い唾液と一緒に口の端から流れ落ちてきた涙も飲み込んだ。
一度放された唇から、つっと唾液が零れ落ちた。
浅い息が繰り返される唇を拭うと、ひやりとした白い指がウィリアムの頬に添えられる。その冷え切った指を温めるように皴の刻まれた指が重ねられ、しっかりと絡められる。
どれくらい、そうして口付けを繰り返していただろうか。
わずかに落ち着きを見せたルーニーは、大人しくウィリアムに体を寄せた。
白かった頬に赤みが戻っていたが、その指先は未だ冷えたきりだ。
「ずいぶん、冷えているな……ちゃんと食べているのか?」
ろくな寝食を送っていないことを知りながら、あえて微笑んで尋ねると、視線を彷徨わせたルーニーは「そんなのいらない」と呟いた。
「食事をとらないのは体に毒だと」
「どうせ、死にはしない」
ウィリアムの言葉を遮ったルーニーは、そんなことよりもと言わんばかりに、彼の背に両手を回した。
「……なら、私があなたを温めても──」
その言葉を待っていたのだろう。再び彼の言葉を奪うように、ルーニーは唇を重ねた。
決して小さくはないルーニーの体を軽々と抱き上げ、大股で寝室へ向かったウィリアムは開けたドアを閉ざすことも忘れ、彼を寝台に下ろすと着衣の釦に指をかけた。
衣服が一枚、二枚と寝台の下に散らかっていく。
「ウィル……ウィル、ウィル……」
繰り返し彼を呼ぶことで、離さないでと懇願してるようだ。
シャツを引っかけたままのウィリアムを白い腕が引き寄せ、赤い舌がちろりと覗いて口付けを強請る。はだけたシャツの合わせ目から引き締まった胸に指を這わせ、そのまま背中に手を回すと力任せに引き寄せた。
隙間を埋めるように体を摺り寄せ、お互いの熱を混ぜ合わせるように唇を合わせる。
「……んっ、ふぅ……ウィリアム……っん」
熱に浮かされたような口付けの合間に、ルーニーはその名を呼んだ。今、唇を重ねるのが彼であることを確かめるように。
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