<12> 魔法とは

 申し訳なさそうにしながら「続きをお願いします」と応えれば、ルーニーは気を悪くした様子もなく話を続けた。


「多かれ少なかれ生き物はすべて魔力をもっているのは分かるな?」

「はい。動植物に係らず魔力を持ち、それは成長にも不可欠です。この魔力量に比例して種族の寿命というものに差が生じていると、習いました」


 エルフ族やドワーフ族、いわゆる妖精族と呼ばれる神族の眷属は、人族に比べて莫大な魔力を有しているため、何百年と生きるとされている。

 しかし、実際にエルフやドワーフの知り合いがいないグレイにとっては、幼少期に家庭教師から知識として習った程度の、いまいち実感の伴わない話だ。


「人族の寿命はエルフ族の五分の一とも十分の一とも言われてるが、実際のところは分からない。どの種族だって個体差があるからな」

「あの、魔力量が多いということは、エルフ族の方が魔術師としては有能な方が多いということですか?」


 魔法や魔術を扱うには多くの魔力が必要となる。純粋に考えれば、その魔力を膨大にもった者の方がより難易度の高い術を扱えることになる。

 だが、ルーニー頭を振ってそれを否定した。


「いくら尋常でない魔力を持って生まれたとしても、それを引き出せるか否かは、いかに学ぶか、いかに経験を積むかだ。実際、エルフには古代魔法ではなく精霊魔法を使う者が多い」

「精霊魔法?」

「あー、そうか、そっから話さなきゃならんのか。んー、簡単に話すな。まず、このガーランドにおいて、魔法と呼ばれるものは大きく三つに分かれる」


 一つは神殿の司祭が使う祈りから生み出される神聖魔法。もう一つは、万物に宿る精霊──魔術師たちはこれらをと位置付けている──の力を引き出す精霊魔法。そして、人族の間で最も認知度が高いのが魔術師が扱う古代魔法だ。


「俺たちが扱う古代魔法ってのは、ガーランド各地に眠ると呼ばれる、遺跡や文献を研究して扱えるように再構築したものだ。人に限らず、言葉が話せるすべての種族が扱えるし、今では、簡単な魔法なら魔術師でなくとも使える」


 火を灯したり、魔法が発動しているかを察することが出来るようになったり、照らす明かりを生み出したりであれば、各国の私塾でも教えている。

 ただし、攻撃魔法や強化系付与魔法等、戦闘に用いられるものや複合的な魔術や魔法道具の開発などは、グレンウェルド国の認可した魔法学校を経て国立魔術学校に入学しなければ習得できない。その入学も適性試験を突破しなくてはならないため、魔術師という職業はグレンウェルド国内外問わずに狭き門とされている。


「精霊魔法はそれと違って、土着信仰的なものがある」

「では、一部の人しか扱えないのですか?」

「まぁ、俺の古い友人に言わせれば、仕組みはそう違わないらしいんだが、認識が違うってことらしい。俺たちは自分の中にある魔力を引き出し、様々な事象を具現化する。精霊魔法は万物に宿る精霊の力を借りて具現化する。だけど、結局起きる現象は似たようなものだ」

「はぁ……なんだか、ややこしいですね」


 首を捻ったグレイは、ひとまず魔法にもいろいろな種類があるとだけ認識すればいいように感じた。

 武器に例えるなら、剣や長柄武器などの近接武器があれば、弓、弩、投石具などの遠隔武器があるようなものか。攻撃をするという点においては同じだが、扱い方も適性も大きく異なる。そういうことなのだろうと、大まかに納得することとした。


「エルフ族は魔術よりも精霊魔法を扱うことに長けているし、わざわざ人族の間で発展した古代魔法を学ぶ必要性もない。だから、エルフの魔術師ってのはあまりいないのが現実だ。そもそも、故郷で身に着けた精霊魔法と仕組みが異なるから理解するのに時間がかかるらしい」

「……古代魔法は複雑なんですね」


 そのように複雑なものを、十八年間学ぶことのなかった自分が果たして習得できるのか。学ぶには遅すぎるのではないかと、不安しか感じないグレイは重たいため息をついた。


「お前は精霊魔法すら知らなかったんだ。むしろ、まっさらだから、きっかけを掴めば上達は早いと思うぞ」

「そうでしょうか……まだ、よく分からないですが」

「だろうな」


 苦笑をこぼしたルーニーは「話を戻そう」と言うと、再び語り始めた。


「俺たちの古代魔法ってのは自分の中の魔力を使うことで、様々な物質から魔力を引き出したり、あるいは別の対象に付加させることも出来る」


 そう言ってルーニーが指さしたのは、壁に下げられたカンテラだった。

 このカンテラは、グレンウェルド国では一般的な照明器具だ。中に火をくべることも出来るが、カンテラについたを捻ることで、中に入れた魔晶石を発光させる仕掛けがある。


「あれは、明かりを灯す魔法が付加された魔晶石を入れてるから発光するんだ。ただの魔晶石を入れても何も起こったりはしない」

「魔晶石……メレディスの父が扱う商品にも多くあります。かなりの貴重品だったと思うのですが」

「そりゃ、デール商会の扱うのは特級品が多いからな。照明器具に使われてるのは、魔力が空になった魔晶石の欠片だ。それに、魔術師が魔力を充填して売っている。まぁ、そういった魔力の付加ってのは様々なものに出来る。武器、防具、人形、生物……」


 そう簡単にできるものなのだろうかと疑問ばかり抱き、グレイは自身の掌を見つめた。

 この手で扱う剣に魔力の付加が自在にできたら、それは大きな強みになることは間違いない。であれば、魔法騎士というのは未だよく分からないまでも、魔法を学ぶというのは何かと都合がいいように思えた。


「使い方によっては、悪しきものすら生み出せる。だから、魔法はグレンウェルド国の管轄の下で学問として発展した」

「……悪しきもの」


 その言葉に反応して弾かれたように顔を上げたグレイの脳裏に、一つの言葉が浮かんでいた。

 肩を強張らせた弟子の様子を察し、ルーニーは口元を緩めて笑った。そして、自分が言いたいことは何かと問うように彼の表情を伺う。


「なんだと思った?」

「……サマラの妖魔」

「察しが良いやつは、嫌いじゃないぞ。まぁ、妖魔だけじゃなく魔獣にも魔力でなければ太刀打ちできないのがいる。それらに対抗するため、おおよそ八十年前に育成が盛んになったのが、魔法騎士だ」


 ルーニーが卓上の楼台の傍で指をパチンッと鳴らせば、小さく音を立てて火が灯った。


「きちんと学べば、誰でも火を灯せる。だけど、グレイ、お前には、その先を覚えてもらう。基礎だけじゃない。三つの魔術を身に着けてもらう」

「魔術?」

「あぁ、ただ攻撃する魔法弾が放てればいい訳でも、武器や防具を強化するだけでもない。その先だ。二つは攻防を兼ねそろえた魔術だ。そして──」


 ルーニーが左腕をすっと上げると、開いていた窓から白い影が飛び込んできた。それは、真っ白な羽を広げた梟であった。


「使い魔との契約法を習得することが、魔法騎士になるための、最低条件だ」


 梟が口に加えていた紙袋を手にとると、ルーニーは嬉しそうに中を覗いた。


「ルーニーさん、この梟は」

「俺の使い魔。可愛いだろ?」


 お前もそのうち使い魔持つんだぞと、軽く言いながら、紙袋から取り出したルーニーはクッキーを頬張る。そして、梟を撫でくり回すと、グレイに「三ヶ月だ」と告げた。三ヶ月後にはまず使い魔契約ができるように訓練してもらう、と。


 梟は、ルーニーの手が離れると、名残惜しそうに擦り寄る。

 全く現実味を帯びない話に呆けていると、一瞬、梟と目があったような気がした。鋭い視線に身が引き締まるようで、思わず、グレイは姿勢を正した。

 梟はルーニーに何か一言二言告げられると、大きな翼を羽ばたかせ、再び外に姿を消した。


「その本を、とりあえず五日で読むように。基礎の基礎だから」

「五日……」


 突然の期限の提示に言葉をなくしたグレイは喉を引きつらせた。正直、無理だと叫びたいほどだった。


「二日と言いたいとこだが……移動することも考えた。まぁ、そのくらいなら寝る前に目を通すだけでも、五日あれば十分だろ?」


 移動時は読めないことを考慮したと告げられれば、五日に伸びたのはありがたく思えた。しかし、ずぶの素人だというのに、はたしてその時間で足りるのかは、はなはだ疑問だった。

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