第42話 フランス王政復古運動と世界恐慌

 昭和元年~(1926年~)


 フランス パリ


 欧州大戦からこちら8年にわたり継続したロシア内戦だったが、フランス政府の仲介によりソヴィエト=ロシアとロシア帝国の間に休戦協定が締結された。ウラル山脈の少し東に軍事境界線が引かれ、ゆっくりと段階を踏んで住民投票などでロシアの統一が図られることになっている。


 なお、その後の住民投票であるが、ソヴィエトGPUと帝国オフラーナの活躍により、ソヴィエト支配地域では社会主義共和国への統一案の得票率98%、帝国支配地域ではロマノフ王朝への統一案の得票率81%を達成。

 お互いに相手を非民主主義的だと非難し合う事態になった。



「しかし、戦争が終わって本当に良かった。欧州大戦も終わったしもう戦いは不要だ」


 そう述べたのは仲介の労をとったフランス与党アクション・フランセーズ党首シャルル・モーラスである。敗戦後、フランスには無力感が漂っていた。なにせ海ではイギリス本国艦隊に完封され、陸ではドイツ軍の塹壕をついに突破できなかったため、最終攻勢に備えた大陸軍は本国に閉じこもったまま何もできなかったのである。

 そして、ロシアが自滅して戦争が終わり、世界各地に持っていた植民地をインドシナを除きすべて没収され、多額の賠償金を課されてしまった。フランス人としては負けた気が全くしないのである。


 これらすべてが腐敗極まりないフランス第三共和制に問題があるとしたのが反民主主義王党派右翼団体のアクション・フランセーズである。


 党首のモーラスは激越な反独、反ユダヤ、反フリーメーソン発言で人気を博し、イタリアのムッソリーニによるファシスト革命にも刺激され、政権を奪取。その後は王政復活の準備を進めながら、フランス経済の立て直しに取り組んでいた。


 その彼がソヴィエト=ロシアに接触して休戦を提案したときは誰もが冗談だと思っていた。普段からレーニン議長を汚らしいユダヤ呼ばわりしているモーラスには到底不可能だと思われたのだ。


 だが、モーラスの粘り強い誠実な交渉は長年の戦争で疲弊しきっていた両ロシア国家にとって渡りに船であり、歴史的合意にこぎつけることができたのだ。


 モーラスの名声はとどまるところを知らず、ついに王制復古にむけてオレルアン公をパリに招聘することに成功。フランス議会で前向きな審議が続けられている。


  ◆ ◆ ◆


 東京 大東亜共栄圏 統合軍令部


「フランスで王制が復活しそうで実に喜ばしいことでごわすな」

 そう述べたのは日本海軍トップに上り詰めた東郷元帥である。


「我々は大変苦しい状況ですけどな」

 言葉を継いだのは海軍大臣の岡田啓介。


 なにせ海洋国家である日本であるのに、海軍軍縮条約の関係で超弩級戦艦の保有を禁止されており、主砲は最大で30.5cm、一隻当たり排水量も2.5万トンまでになっているのだ。この数値は日本海軍が保有している(ほぼ)ド級戦艦の河内、摂津を想定してのものである。明海軍以下の諸国は建造枠はあるものの、保有艦艇はそれ以下の状況であった。


「主砲で英戦艦を撃滅するのは不可能、よって太平洋の守りは魚雷で行うべし」

 そう主張しているのが日明琉朝ハワイ連合艦隊司令長官の鈴木貫太郎である。


 鈴木貫太郎はイギリスの超弩級戦艦と刺し違えることだけを目的として、軽巡洋艦と駆逐艦を組み合わせた水雷戦隊を一つの疑似的な戦艦として活用する戦術を考案。重雷装駆逐艦と長射程魚雷の開発を提案している。さらに残った戦艦の建造枠もポケット戦艦と称して28cm砲を積んだ重雷装戦艦の配備を要求していた。


「……これはどう見ても大型重巡洋艦なのでは」

「戦艦です」


 そんな中で、この水雷戦隊の補助として航空雷撃の研究も進められることになる。


  ◆ ◆ ◆


 そのころ、独英は仲良く喧嘩に勤しんでいた。主な対立点はアラビア半島でのドイツの支援するオスマントルコとイギリスが支援する海賊海岸の諸部族の抗争、およびエチオピア問題である。特にエチオピアはイギリスが属国化を進めようとする中で、ドイツが国際連盟に招待したり、軍事顧問を送り込むなど露骨な介入が行われており、いずれ発火するのではないかといわれている。


 そのような中で欧州大戦で独り勝ちしたアメリカ合衆国は空前の好景気に沸いている。自動車や飛行機などを安く大量生産することに成功し、世界中から富をかき集めているのだ。


 そんなアメリカがロシア帝国領サンフランシスコへの直通鉄道を要求したことが問題になった。ロシアとアメリカの鉄道規格は違うため、シエラネヴァダ山脈とロッキー山脈の間でいちいち乗り換えをしないといけないのである。これがアメリカの資本家から見るととんでもない浪費に思えた。鉄道を直通運転させられればアメリカの商品を太平洋市場にもっと楽に販売していけるのではないか。


 アメリカからの提案を受けたカリフォルニア・コサック軍議会ラーダは大紛糾していた。本来、コサックは軍という名前の共和国であり、皇帝には軍役をもって仕えるものの、コサック同士は兵たる成人男性すべてが参加する民主的な議会と議会によって選出された棟梁オタマンにより統治されているのである。であるが、それぞれが荘園を運営する農民兵組織である彼らの関心は第一に国防であり、経済は二の次であった。


「シエラネヴァダを鉄道で直通されたらカリフォルニアの国防は成り立たんぞ!!」

 軍議会ラーダは全会一致でこの提案を拒否したが、あっさりあきらめるぐらいならアメリカ人はやっていないのである。アメリカ資本はカリフォルニアの新聞社を買収して鉄道直通効果を宣伝するとともに、議会の有力者の買収にも乗り出した。そしてついにロシア皇帝がアメリカの銀行に多大な負債があることを突き止め、負債免除を条件に皇帝の説得に成功したのである。

 

 露皇帝の勅命を得たアメリカ大陸横断鉄道社はサンフランシスコに直通路線を開通。莫大な関税収入をカリフォルニア政府にもたらし、サンフランシスコには多数のアメリカ人が移住して好景気に沸きかえっていた。


「……」

 アメリカ人向けの商売で儲けた同胞も数多くいる中、一般のカリフォルニア・コサック兵は黙ったままライフルを磨いていた。


  ◆ ◆ ◆


 「フランスの王政復古は大変喜ばしいことである。朕としても全面的に支持したい」


 新聞の定例インタビューに気軽に答えた独皇帝ヴィルヘルムの新聞記事が掲載された瞬間、フランス議会は大混乱になった。王政復古はドイツの陰謀だったのか!?


 そしてそれが違うにせよ、イギリスがこの機会を見逃すはずもなく、フランス野党を支援して一斉に反王政キャンペーンを打たせた。特にアクション・フランセーズ幹部がドイツ系企業から献金を受けていたという情報を流すことで直接の関係がなくてもあったかのように宣伝することに成功したのである。


「ありえない! 私は心の底からジャガイモ野郎が嫌いだ!」


 追い詰められたフランス与党のモーラス党首の発言に対してドイツ政府が即座に抗議。その抗議に対してパリ市民がジャガイモを踏み潰すパフォーマンスを行うなどして大混乱に発展した。(なお、芋はマッシュポテトにして市民がおいしくいただきました)


 大混乱の中で、担いでいたフランス王の子孫が王位継承を辞退。モーラスの声望に大きな傷がついていしまった。そしてさらに。




 昭和4年(1929年)11月 


 アメリカのウォール街で史上空前の株式大暴落が発生。一週間で株価は半減、400億ドル近い価値が失われた。世界経済の中心地となりつつあったアメリカ初の恐慌は全世界の金融市場を破壊し、全世界を深刻な不況が襲った……

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