新しい世界秩序にむけて

第41話 平和と軍縮

 大正7年~(1918年)


 欧州大戦の終結からほどなく、アメリカ合衆国でインフルエンザの流行があった。


 アメリカ風邪といわれたこの疫病はアメリカを中心に全世界に広がった。特に患者を救うべく治療に当たった医療従事者をまず殲滅、そのあと第二派、第三派を送り込むという非常に効率的なものであった。結果、欧州大戦では欧州東部を中心にたった2400万人しか死ななかったのに対し、アメリカ風邪はアメリカや欧州を中心に1億人超、世界人口の5%を葬り去るという大戦果を収めたのである。


 

 これらの影響に耐え切れなかったのが制度疲労を起こしていたオーストリア=ハンガリー帝国である。露日明の人海戦術が直撃して200万の兵員を失ったオーストリア軍の組織は事実上崩壊しており、完全にドイツ帝国の属国に成り下がっていた。ロシアから捕虜になっていたチェコ兵やハンガリー兵は帰国するとこの惨状に愕然とし、国を立て直すためにと次々に独立に動いた。


 これに対し、民族自決を掲げて仲介に乗り出したのがアメリカとイギリスである。もちろん一番の目的は大陸で独り勝ちしたドイツの足を引っ張るためなのは言うまでもない。それらの介入によりチェコ、スロヴァキア、ハンガリー、ボスニアなどの諸国がハプスブルグ家を象徴的君主として戴くも、事実上の民族共和国として独立することになった。


 民族自決政策は旧ロシア諸国にも及び、フィンランド、ラトビア、エストニア、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナ、ポーランド、カフカス連邦、トルキスタン同盟などが独立。欧州大戦で最大の貢献をなしたドイツに指導的な立場は認められたものの、欧州での領地の拡大は結局認められなかったのである。



 ドイツ皇帝が不満なのは当然であった。

 ドイツ帝国の受けた損害は戦死戦傷1000万であり、全参戦国の中でも最大であった。これは特に東部戦線にてアコーディオンのようにポーランドを東西に四回も往復して、同じく損害1200万を計上した露日明と戦い続けたせいである。その上、フランスと戦い、イタリアと戦い、ルーマニアとも戦ったドイツの人口ピラミッドは青年男子がごっそり消滅したすさまじいものとなっている。


 ドイツ皇帝は腹立ちまぎれに英米に嫌がらせをすることにした。まず英米の掲げる民族自決を逆手にとって、イギリス帝国のアイルランド独立運動に介入、アイルランド自由国を建国させることに成功。スコットランド独立党の支援も開始した。


 そして戦争を二度と起こさないためという建前でベルリンに国際連盟を設立。東欧の新規独立国を中心に加盟させていった。仏日などの敗戦国も加え国際的な平和組織としての体裁を整えることに成功した。なお、イギリスとアメリカと内戦中のロシアは不参加である。



  ◆ ◆ ◆

 

 

 大正9年~(1920年~)


 ドイツ帝国は広がった植民地を支配するためという名目で大洋艦隊を増強しはじめた。実際の目的はイギリス艦隊を上回ることであり、国会で議決された建造計画に驚愕したイギリスがさらにそれを上回る建造計画を発表。それに刺激されてアメリカも戦艦を建造し始め、独英米の建艦競争が始まった。


 最初に音を上げたのはアメリカであった。国力的には全く問題なかったのだが、皇帝の意向で国家を上げて軍拡に突き進めるドイツや、二国標準を信じて疑わないイギリスに対して、増大し続ける予算にアメリカ国民の民意がついてこれなかったのである。


 ルーズベルトが両国に泣きつく形で海軍軍縮条約が締結され、戦艦の数が規定された。


 しかしここでもドイツが策謀し、敗戦国で軍備が制限されているフランス、イタリア、日本、明国にも建造枠を与えるように主張。もちろんイギリスの負担を増やす目的である。結果、敗戦国にも小規模ながら(イギリスやドイツが本気を出せば簡単につぶせるぐらいの)艦隊が認められることになった。


 

 

 ロシア内戦はまだ続いていた。ソヴィエト=ロシアは土地の再分配と工場の共有化を掲げ、ロシア農民の支持を得ることに成功した。国内改革に対してそこまで踏み切れなかった自由主義者中心のロシア共和国は最初に脱落した。そして勢いを得たソヴィエトはウラル山脈を越えてシベリアに攻め込んだが、日明の援軍を得たロシア帝国が頑強に抵抗している。


 社会主義革命を恐れた資本家や貴族たちは次々にロシア帝国に逃げ込んだ。また皇帝直参のアムールコサック軍やカリフォルニアコサック軍の支援もあって、歴戦の兵士や専門教育を受けた士官を多く確保したロシア帝国軍は精鋭であり何度もソヴィエト軍を押し返していた。



  ◆ ◆ ◆



 ベルリン 国際連合



「というわけで、我々はロシア帝国の属国ではなく。東アジアの独立国の集まった共栄圏なのです。ロシアはわれらの同盟国です」

「もちろんですとも、欧州大戦に参加したのはロシア皇帝に強制されてのことでしょう、独立されたからには平和的な友人として我らドイツの指導する国際社会にお迎えしたい」


 大東亜共栄圏より日本の徳川総裁、明の朱総理をはじめとする、日本、明、朝鮮、琉球、ハワイの代表団が国際連合に出席、ついにドイツおよびロシアの属国ではなく独立国であると認められた。しかしどうにもこの国際社会は居心地が悪い。改めて全員ドイツの属国になったようなものではないのだろうか。


 なお、ロシア帝国は「内戦中で国が存在しない」として国際連合への参加は拒否されている。




  ◆ ◆ ◆



 大明 南京 大東亜共栄圏 陸軍統合参謀本部




 居並ぶ諸国の将軍たちの前で秋山好古元帥が述べる。


「結局、敗戦国たる我々が独英に滅ぼされずに済んだのは、ロシア革命やアメリカ風邪のどさくさもあるが、最大の要因としては欧州で2000万人も死なせた西洋人たちが、さらにアジアで2000万人の死者を追加したくなかった、ということに尽きる」

「よって、我々は欧州列強にめんどくさいと思わせる陸軍を持つ必要があるのです」


 明将軍ふうこくしょうが言葉を継ぎ、大東亜共栄圏諸国の諸将が一斉に頷いた。


「我々には人がいるが、武器がない。特に戦車に対抗できる歩兵火力さえあれば、ポーランドであんなに簡単に負けはしなかった」

「よって、我々は兵員数を最小限に絞って予算を確保し、近代化に取り組むことにします」


 大東亜共栄圏諸国の諸将が一斉に頷いた。すでにこの件は何度も議論されて認識は共有されているのである。




 日本も明国もそこまで多くはないとはいえ賠償金の支払いがあり、さらに明国は上海や広州を開港して経済植民地化されているためカネの確保が最大の問題であった。


 そこで、大東亜共栄圏諸国は欧州大戦参加により極限まで膨れ上がった陸軍総兵力をひとまず4000万人(よんせんまんにん、予備役や明の兵戸含む)まで削減、浮いた予算で近代化を進めることにしたのである。

 なお、数字は間違いではない。これでも減らしたのだ。



 将軍たちが一斉に議論を始めた。


「野戦砲、擲弾砲、軽機関銃にできれば戦車も欲しいのですが」

「……自動車すらつくれないのに?」

「アメリカのゼネラルモーターズやフォードの工場を誘致しましょう」

「兵器工場が北京にあってはすぐ制圧されてしまう。内陸に移すべきだ」


 

 議論の合間に秋山元帥が明将軍ふうこくしょうに質問した。


「明国の兵戸削減はどうします?」

「兵戸に残すのは門徒衆を中心にします。どうもわが漢民族は兵隊を軽んじる傾向があって、尚武の気質の日本とは違う。漢民族は徴兵すると一瞬で盗賊に化けてしまうが、一向門徒は違う」

「しかしどうやって門徒衆を説得しますか」

「本願寺の大谷伯爵にお願いしましょう」

「ではさっそく」




 


 本願寺南京別院に赴いた秋山と明将軍ふうこくしょうは置手紙を発見した。


  ―「ガンダーラを探しに行きます、探さないでください」―




 シルクロードで探検隊を率いていた大谷伯爵が捕獲されたのは半年後のことであった。

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