第20話 人を理解しようとする徳川右大臣
天正12年(1584年)。
京、徳川家の宗派である浄土宗総本山の知恩院。
真新しく建てられた別院に男女の罵り声が響き渡る。
「この人でなし! 人非人! 裏切者!」
「じゃかましいわ! では武田に虐められ続けた儂はどうでもよいというのか!」
罵りあげる築山殿に対して言い返す家康。天下人と思えないみっともなさである。
「ほう! 武田に文句があるなら武田に言えばいいものを、それが怖くて武田に奉公させて信康の後ろでこそこそと裏切りを企んでいたお前さまが立派なことを!」
「お前こそ信康や武田の味方ばかりしおって、いったい誰の嫁だ!」
「ええ、目の前の大悪人の嫁でありますとも!」
「嫁なら儂に気を使え!」
「気を使ってお好きにさせていたらいつの間にやら若い側室ばかり増やされたはお前さまではありませんか!」
「側室は関係ないだろうが側室はぁ!」
……ひとしきり罵り合って疲れた双方が黙りこくる。
沈黙を破ったのは家康の方であった。
「……瓜を持ってこさせたが食べるか?」
「おや、もう毒殺なさるおつもりか」
「小賢しいことを申すな、殺すなら儂が斬るわい」
「ではさっさと殺されましょう、いただきまする」
あまりの罵り合いの酷さに女中が恐る恐る運んできた瓜を二人は黙って食べた。そして、家康は信康の位牌に手を合わせると部屋を出た。
「このような喧嘩をもっとしておけばよかったな」
妻とも、息子ともだ。
家康は後悔ともつかない思いを抱えながら、築山殿の顔を思い出していた。一時期の今にも死にそうな状態からするとずいぶんと元気になったものだ。
また来ようと家康は思った。
◆ ◆ ◆
京、徳川屋敷。
徳川家は長年戦い続けたため、屋敷や巨大な城を立てて拠点とする資金もなく、すべて軍事費に充てていた。そのため京ではずっと斯波武衛屋敷を借りていたのだが、斯波屋敷の乱で焼けてしまったため、やむを得ず新しい屋敷を建築していた。
その新しい屋敷の中で家康に対して頭を下げる僧形の男が一人。この度右大臣にあがり、ついに朝廷の政治を左右できる地位についた家康への祝いを述べる。
「徳川右府様に置かれましてはご機嫌斜めならず、此度の昇任を心からお喜び申し上げます」
丸い体形に上下の分からない丸い顔を載せて、坂道から転がしたらネズミの穴に落ちそうな僧侶、安芸国安国寺不動院の住持、瑶甫恵瓊、またの名を安国寺恵瓊である。
「島津が我らが正当な領地である筑前にて放火乱取りなどの悪事の限りを尽くしており、なにとぞ九州に惣無事の公布をお願いいたしまする」
ほう、と家康は驚いた。今までは毛利は九州の戦いに逆に幕府や朝廷には介入するなと要求してきており、停戦命令などは求めていなかったのだ。そのため、大友などから求められた惣無事令は毛利に配慮して断っている。
これは四国においてもそうで、毛利が支援する河野が長宗我部の猛攻を支えきれずに滅んだが、これも河野の姿勢が今一つはっきりせずに毛利に臣従しなかったことに加え、毛利が幕府や朝廷の調停に従うという前例を作りたくなかったためである。
この毛利の判断は九州の状況の悪化が原因であろう。今年の初めに、毛利の北九州征伐軍が筑前の島津領に攻め込んだが、島津軍の攻撃を食らって大敗。島津の総攻撃を受けて北九州を失いかねない状況にある。また伊予でも長宗我部に押し負けて四国から追い出されようとしていた。
「お助けいただければ、毛利は徳川様の家臣として犬馬の労を惜しみませぬ、その代わり河野につきましては道後を認めていただければ」
山陰山陽10ヶ国に勢力を張って独立国としてやってきた毛利が家康に頭を下げるというのである。新しい天下を作ろうとしている家康にとっては願ってもない展開であるが、同時に惣無事令の布告はほぼ確実に無視されるため、九州を統一しつつある島津の征伐を行わなければいけないということでもある。
また、せっかく四国を統一した長宗我部に河野の領地を返してやれというのも一筋縄ではいかないことが想像できた。
しかし、これを受けないということは逆に徳川が毛利を後ろから殴りつけて滅ぼしたいという表明にもなりかねない。
「四国のことは長宗我部の意見もある故難しいが、九州については任せよ」
家康はそう言って毛利の要請を容れた。
九州は征伐することになろう。
だが、九州征伐の前に一つ片づけねばならぬことがあった。
◆ ◆ ◆
京、徳川屋敷。
「それで氏政兄が……、氏照兄も上方のことを全く分かっておらずに口を挟み……」
家康は北条の窓口となっている北条助五郎氏規(京で自称官位を押し通すのが恥ずかしいので美濃守は本人が外した)を呼び出した。九州征伐の前に、北条との同盟は今一度確認しておかねばならない。特に武田に佐竹など共通の脅威を排除し終わった後でもあり同盟の意義が見えにくくなっているからだ。
「もちろん、北条は右大臣兄に全面的に協力いたす、この氏規が請け合いましょう」
「……」
家康は一つ気になることがあった。最近、氏規から小田原の兄たちの愚痴を聞くことが多くなっているのである。
「いやぁ、新九郎(氏直)は本当に素直で可愛い甥でござって……これからの世は北条が関東をしっかり守り、徳川の天下を支えるのだと申して……」
「おい、助五郎」
家康は耐えきれなくなって口を挟んだ。
助五郎氏規が不思議そうな顔で聞き返す。
「なんでござろう?」
「おぬし、小田原に帰れ」
「は? 何を! 拙者が仲立ちをしないで関東のことが上手く行くと思っておるのですか!」
思わぬ発言に助五郎氏規が焦りだした。助五郎氏規の仕事は外交である。軍事や内政に功績のある兄弟たちに比べて、武田や徳川などの大大名との関係維持改善が彼が北条に貢献するすべてなのである。
それを帰らされるなどと……。
「聞きわけてくれ助五郎。儂の失敗をしてほしくないのだ」
「……」
しかし、家康には氏規の状況は危ういようにしか見えなかった。兄たちとの会話が減り、他家に兄弟の悪口を言い、氏政と氏直の親子の間でも意見の違いがあるのをむしろ煽っているように見える。
「腹を割って思っていることをすべて話して聞いて参れ。儂は嫁や息子に対してそれができなんだ。おかげでとんでもないことになった。助五郎よ、おぬしは人と話すのが得意ではないか。それが兄弟でいがみ合ってどうする」
「いや、いがみ合ってなどは……」
「すでに上方に対する考えもずれておるのではないか?」
「……」
神妙な表情で黙りこくる氏規。思い当たるところがあるのだろう。
「助五郎よ、北条の望みは何だ」
「徳川を支え、天下泰平を……」
「悟ったようなことを言うな、本音を言え、関東であろうが」
「……関東一円を北条の仕置きにて禄寿応穏の世にすることでござる」
つまり、上方に口出しされたくない、関東は関東で生きていく。平将門以来の関東武士の野望であった。
「認める、だからあとは一族でよく話し合ってきてくれ」
氏規が深く頭を下げ、小田原に旅立って行った。
氏規は帰国後に兄弟で話し合いを続け、氏直に家康の娘を貰い、徳川との同盟関係を続けることで北条家内の意見を纏めることに成功した。
この家康の判断についてはさまざまな結果を残したため、のちの世でも賛否両論が議論されることになる。
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