推しと推しが愛し合っていたので、私はお飾りの婚約者になります!〜転生したので推しカップルの糧となろう〜

狼丘びび

第1話




 目が覚めたときに覚えていたのは、推しの顔だった。




 初めまして、ごきげんよう。

 わたくし、ロモコ・リン・アイゼンと申します。


 えーっと、わたくし現在、乳児でございまして、今恥ずかしながらオシメを交換している最中でありますので、しばしお待ちくださいませ。


 こほん、失礼いたしました。



 実は私、前世の記憶がありますの!


 何を藪から棒にとお思いでしょう。

 ですがお聞きください、私の前世を。


 私はニホンという国で生まれ育ち、そしてとある本に出逢ったのです。

 それが、『星達の邂逅』という漫画です。


 本の主人公は13歳のある日、星の力に目覚め、数々の奇跡を起こします。

 そして素敵な殿方と巡り逢い恋をして、素敵な女性に成長していくというストーリーです。


 私、その本の中に“推し”がおりました。

 赤い御髪に白い肌、ルビーの瞳に頭脳明晰の天才児、第三王子のセイ・ラン・カルブンクルス様。


 と、


 青い御髪に色黒の肌、ブルーサファイアの瞳に運動神経抜群の野生児、騎士団長のダイ・トウ・サッピールス様。


 この二人の相反した色合いのコントラストが何とも胸を締め付けて、カラーページや表紙をお二人が飾った時は身を焦がしました。

 王子と騎士の間柄なだけでなく、二人は乳兄弟。生まれた時からずっと一緒にいるのです。

 性格も正反対の二人なのに、何か事件が起こると二人で見事に解決してしまうのです。


 お二人が同じコマの中に描かれてるのを見るだけでご飯が三杯はいけました。



 ……みなさま薄々お気付きかと思いますが……そう、わたくし、火のないところに火炎瓶をブッこむタイプの、BLではないところをBLに脳内で差し替えるタイプの、腐りきった腐女子なのです!!

 セイ・ラン様とダイ・トウ様のカップリングが大好物なのです!!


 もちろん原作漫画の二人はカップルではありません。

 ですが、お互いの良いところも悪いところも知り尽くしている二人は、正に相棒のような関係なのです。

 バディ好きの世の乙女達にも大変人気なお二人でした。


 前世の私は、脳内で勝手にカップルにして楽しんでおりました。



 そして今、私の推し二人が生きている世界に転生を果たしたのです!



 え? なんで乳飲み子にそんなことが分かるかって?

 それは数日前のことでした。


 乳母達が私をあやしながら噂話をしていたのです。



「聞いた? 王城の乳母が次々辞めていくって」

「聞いた聞いた。なんでも手のかかる子がいるんだろ?」

「第三王子殿下だったかい。乳飲んでる時は静かなのに、一度飲み終わると泣いて暴れるそうだね」

「泣いてるのも放って置けないし」

「だからって手を尽くしても子供は泣き止むものでもないけどねぇ」

「それがさぁ、ある乳母の子供と同じベッドで寝させたら、ケロッと静かになったそうだよ」

「ええっ? そりゃスゴい! うちにも欲しいねその子」

「我が家のお姫様は無闇矢鱈に泣く子じゃないだろ」

「まあねぇ。それにしても仲良しなのねぇ」

「なんて言ったかしらその子」

「ああ、サッピールス家の長男のダイ・トウ様さ」



 そこで私は気付きました。


 これ、推しの二人の話じゃね? と。

 その時は鼻から血が出そうなほど興奮してしまいました。




 それから月日が流れ、私が13歳の時に、王宮で年若い貴族の子達の懇親会という名のお茶会が開かれました。

 これは謂わば“お見合い”の場。

 ニホン風に言うならば、婚活パーティーのようなもの。


 この国の貴族の子供は、こういうお茶会で結婚相手を見つけるのが慣わし。たまに政治的な観点から親同士が結婚相手を見繕うこともあるけれど、昨今では自由恋愛が主流。もっとも、身分に見合う相手でないと、そもそもお茶会にも参加できない。


 13歳になるとこの国では婚約できるため、13歳になる貴族の子供達は目がギラギラしてくるのだ。


 そんなお茶会で、私は目当ての人がいる。


 そう! 推しの二人です。


 あの二人も今年で13歳だから、絶対に今回のお茶会に参加しているはず。



 私は捜しました、推しの二人を。


 けれど、お茶会の隅々を見渡しても二人の姿は見当たりませんでした。



 しょんぼりしながら王宮の迷路のような庭園をとぼとぼと歩いていると、前方から口論が聞こえてきました。



「散々話しただろう。もう一緒に居ることはできない」

「なんでだよ! 一生一緒だって言ったじゃねーか!」

「オレ達はもう子供じゃないんだ」

「まだ大人でもねーよ」

「分かるだろう? お前もようやく騎士団に入れたのに、オレに構う暇なんてないだろう?」

「ある! 作ってやる!」

「無茶を言うな」

「無茶言ってるのはセイのほうだ……オレと離れるなんて……」

「オレもお前ももうすぐ13歳。婚約者を決めなければならない」

「オレは要らねぇ」

「ダイ!」

「オレはセイ以外……何も要らねぇんだよ……」



 ……み、見てしまった。物陰から隠れて一部始終を目撃してしまった。


 そこには、捜して捜して捜し求めていた推しの二人がいた。


 物語が始まるのがお二人が17歳の頃だから、まだまだあどけない顔のお二人。

 けれど燃えるような赤い髪とルビーの瞳と白い肌、どこまでも深い海のような青い髪とブルーサファイアの瞳と色黒の肌の、絶妙な相反した色合いのコントラストは既に健在だった。



 ああ、私もう今世でやり遂げたいことないかも……推しの二人が生きてる姿をこの目で見れたんだもの。

 自然の頬を伝う涙。

 垂れる鼻血。



 ……でも待って。その推しの二人が、口喧嘩をしていた。原作の漫画ではツーカーの仲なのに。


 内容から察するに、これって、まさか、そんな……ち、痴話喧嘩!?


 お二人は本当にそんな仲だったのですか??

 わたくしの妄想ではなく??

 え? わたくしまだ夢でも見てるのかしら?

 あら、ホッペを抓ったらかなり痛いわ。



 痛ましげな表情を浮かべる二人に、私は居ても立っても居られなくなって、思わず物陰から這い出ていた。



「──あのぅ……その婚約者、わたくしがなりましょうか? 勿論、お飾りの婚約者に」



 いきなり登場した不審な令嬢な私に、お二人はギョッとして身を引いた。



「あ、申し訳ございません。不躾なのは百も承知でお話を聞かせていただきました。

 そこでご提案なのですが、わたくしを盾になさってはいかがでしょうか?

 もうすぐ13歳とお聞きしましたので、婚約者を見繕わねばならないのでしょう?

 わたくしでしたら侯爵家の娘なので、他の令嬢への防波堤となれましょう。

 あ、申し遅れました。わたくしアイゼン家のロモコ・リンと申します」



 かなり遅らばせながらの挨拶に、お二人はキョトンと可愛い顔をなさった。


 そりゃあそうだろう。

 いきなり出てきた小娘がペラペラ喋り出したら不気味でしかない。



「勿論お二人のことは一切口外いたしません。

 それに婚約期間が終わり、結婚後もお二人をサポートしていく覚悟もございます。

 急いではおりませんので今一度よくお二人で話し合ってお決めになられてはいかがでしょうか?

 一時の感情だけでこれからの将来のことをお決めになるのは余りにももったいないです」



 私の提案に、お二人は困惑した顔を見合わせた。



「……貴女を信じるに足る証明は?」

「それはわたくしの言葉を信じていただくこと以外にございません。

 ですがこれだけはお聞きください。

 人と人との繋がり方の答えは一つではありません。いろんな形があると思うのです。ですから他人と違うからといって道を違(たが)えてしまうことだけは、どうか、どうかおやめください」



 私は自分でもびっくりするくらい必死に語っていた。



「貴女はなぜそこまで僕達に肩入れするのですか?」



 そんなことは決まっている。



「それは……お二人が幸せだと、わたくしも幸せだからですわ!」



 そうなのだ。結局のところ、私は推しに幸せでいて欲しい。それが私の幸せなのだ。


 さっきは今世に思い残すことないかもみたいなこと言ったけど、あれ嘘です!冗談です!

 推しカップルが無事に結ばれるまでを見届けるまでが人生のゴールです!


 てなわけで、お二人には私の提案に乗っていただきたいのですが……。



「……クッ、アハハ! なんだか喧嘩してたのがバカらしくなってきたぜ」

「なんだと」

「なあセイ、オレはお前が誰かのもんになっちまうのが我慢ならねぇんだ。だからそっちの嬢ちゃんの提案に乗ってくれりゃ、オレとしては万々歳だ」

「しかし……」



 セイ・ラン様は尚も渋った。

 そりゃそうだ。ぽっと出の小娘に運命を左右される決断を今すぐはできないだろう。



「ご返答は今すぐでなくとも構いません。いつまでもお待ちしております」



 深々と礼をし、クルリと一回転して元来た道をスタスタ歩いた。

 けれど数歩で踵を返して、お二人のところに早足で戻った。



「あの……」

「まだ何か?」

「せめてお二人を“祝福”させてはいただけませんでしょうか?」

「しゅくふく?」

「“祝福”は神に選ばれた者のみが使役できる初歩魔法だね。もしかして貴女は、聖女なのかい?」



 そうなのです。

 わたくし実は、『星達の邂逅』の主人公なのです。


 先日星の力に目覚めたばかりで、まだできることといえば“祝福”くらいなのですが。



「では……彼(か)の者らに神の祝福があらんことを」



 私が唱えると、淡い金色の光が球状に拡がり二人を包み込んだ。


 これでお二人に初級の加護が付与された事になる。



「ありがとう……なんだか僕達の仲を認めてもらったみたいだ」

「そのつもりです!」

「え?」

「あ、申し訳ありません、出過ぎた事を申しました」



 私が慌てて謝ると、セイ・ラン様もフフッと微笑まれた。

 セイ・ラン様のあどけなさと神々しさが合わさって、天使が笑っているようだった。



「なあセイ、オレは剣に生きる。そして剣をお前に捧げる。オレの剣はお前のためだけにある」

「ダイ……」

「聞けって。剣の修行は厳しいだろうけど、必ず会いにいく。だから待っててくれねーか?」

「だが……見ず知らずのお嬢さんを利用するのは……」

「あ、わたくしのことはお構いなく。壁だとでも思ってください」

「よく喋る壁だな」

「遠い異国の地には“ぬりかべ”と呼ばれる歩いて喋る壁の化け物がいるそうですので、その娘とでも思っていてくださいませ。とにかく、わたくしを言い訳には使わないでくださいませ!」

「わかった……オレも腹を括ろう」




 数日後、王宮よりアイゼン侯爵家へ正式な使者がやってきた。

 婚約に関わる契約書の作成のためである。


 こうして私は第三王子殿下であらせられるセイ・ラン様の婚約者となった。



 ああ、まさか推しの婚約者になれるなんて!


 でもすみません、ほんとはセイ・ラン様と私のカップルは、私の中で地雷です。

 私とセイ・ラン様はあくまで世を忍ぶ仮の婚約者。

 私とセイ・ラン様が真に結ばれることは永遠にないでしょう!

 だって、セイ・ラン様にはダイ・トウ様がいらっしゃるんですもの!



 私は毎日ウキウキだった。

 これで大手を振るってお二人を応援できる。

 私は浮かれて浮かれて浮かれきっていた。



「……姉様、最近楽しそうですね」

「あら、そう見えるかしら?」

「はい。うっかりすると踊り出すんじゃないかと思うほどです」

「まあ! 言い得て妙ですわね。正に踊りたい気分よ。一曲踊ってくださらない?」

「謹んでお断りします」

「あら、残念」



 私のことを残念な人を見る目で見ているこちらが、私の義弟のイザロ・ソウ・アイゼン。


 灰色の髪に鋭い目付きが特徴の、なかなか口が減らない反抗期真っ盛りな弟である。


 幼い頃から侯爵家の跡取りとして教育されている義弟は、何かにつけて私に手厳しい。



「殿下と婚約してから、姉様の浮かれ度合いが幅を利かせるようになったと思うけど」

「そうね! 婚約できてこの上なく嬉しいわ!」

「……姉様がああいうのが趣味だとは思わなかった……」

「え? 何か言ったかしら?」

「姉様も所詮ただの女ということですね」

「あら、貴方にはわたくしがどう見えていたのか知らないけれど、これでも立派な乙女よ!」

「姉様が男に興味があるなんて知らなかった……」



 この弟はなんて失礼なのでしょう!

 男に興味? あるに決まってるでしょう!


 無論、興味があるのはセイ・ラン様とダイ・トウ様限定だけれどね!



「貴方も来年は13歳なのだから、婚約者を見つけねばなりませんね。お父様やお母様が見つけて来る方もいらっしゃるけれど……」

「いりません」

「そうよね! やっぱり恋愛結婚が良いわよね!」

「いりません」

「え? では政略結婚?」

「いりません」

「一生独身がいいの?」

「………………」

「貴方は将来この侯爵家を継ぐのですから、一生独身は難しいと思うわよ? 後継ぎも必要ですし。まあ勿論、養子を貰うという手もあるから、無理に結婚しなくても良いとわたくしは思うけれど、お父様がお許しになるか……」

「……ほんとは……」

「え?」

「……姉様と一緒に侯爵家を支えていくのだとばかり思ってた……」



 まあ! なんということでしょう!

 普段ツンツンしているのに、急にデレましたよこの子!


 私と一緒に侯爵家を支えたいって、つまり私と結婚すると思ってたってことだよね?

 くぅ〜〜〜っ。なんて可愛い奴なんだ!

 普段からそれくらい可愛げがあればいいのに!



「わたくしは殿下と婚約が決まったから、それは叶わないわ。けれど、姉として貴方をいつでも支えるから心配いらないわ」

「……そんな話はしていない」

「きっとイザロにも素敵な方が見つかるわよ」

「……嫌だ」

「え?」

「……姉様がいい」



 ぐはっ! なんだこの子!?

 急に駄々っ子になったぞ。なんて可愛らしいんだ。


 まあどんなに可愛くても正直、イザロのことは弟としか見れないけれど。



 ただ、『星達の邂逅』にイザロも勿論出てくる。

 しかもヒーローの一人として。


 主人公がピンチになった時に必ず駆け付けるのが、このイザロなのだ。



「ありがとうイザロ。けれど姉離れしなければならない時期なのです。貴方も自分の将来を真剣に考えてね」

「………………怪しい」

「へ?」

「姉様が急に殿下と親しくなるなんて、裏があるに決まってる。アンタはそんな女じゃなかった」



 え? 何その変な信頼?

 貴方の中の私って、どうゆう存在?


 でも当たっている。私はセイ・ラン殿下とラブラブランデブーしたいわけではない。



「……姉様」

「……はい」

「……俺に隠し事してませんか?」

「え? なんのことかしら?」

「しらばっくれないでください。何か無い限り、姉様が殿下と婚約できるわけがない」



 だからその謎の信頼はどこから来るの!?



「吐け」

「イザロ、言葉遣いは丁寧にね」

「姉様、そんなに言えないことなのですか?」



 言えるわけがない。

 セイ・ラン様とダイ・トウ様が愛し合ってるから、仮の婚約者に立候補したなんて、言えるわけがない。


 それに私は誓ったのだ。

 お二人に、けして口外しないと。



「……姉様にしては強情ですね」

「オホホ、なんのことかしら」

「いいでしょう……その謎、絶対に暴き出して、姉様をこの手に取り戻してみせます!」



 何やら燃える眼差しで宣言されたけれど、そんなのありがた迷惑以外の何者でもない。


 私は誤魔化すように、オホホと笑ってその場をやり過ごした。




 数日後、セイ・ラン様から王宮へ招待状が届いた。

 一度ゆっくりお茶をしたいとのこと。


 つまり、作戦会議ですね! 了解です!


 私は推しの二人のために様々なプランを練ってお茶会に参じた。



「やあ、ロモコ・ラン嬢。素敵なドレスだね」

「お招きいただきありがとうございます。セイ・ラン殿下もお変わりないようで」

「ああ、そのことなんだが……」

「いかがしましたか?」

「うん、僕のことは“セイ”と呼んでくれ。僕も“ロモコ”と呼ばせてもらいたい」

「かしこまりました。セイ様」

「ありがとう、ロモコ」



 きゃー! まさか推し本人を名前で呼べる日が来るとは! 今晩は赤飯じゃー! ……あ、この国にお米無かった……。



「今一度訊くが……本当にいいのかい?」

「何がでございますか?」

「婚約だよ」

「今更でございます」

「そうだけど……この婚約は君の人生の瑕疵になってしまうだろう」

「そんなことありません!」

「そうかな?」

「はい!」



 私の人生は推しであるお二人の幸せがあってこそ。その糧になれるなら、喜んでこの身を捧げましょう!


 たとえ私の人生が他人から見たら不幸と言われるものであろうとも、私自身が幸せならそれでいいのです。



「わたくしはお二人のお力になれるのでしたら、それだけで良いのです」

「疑問なのだけれど、この前会ったのが初めてだろう? なぜほぼ初対面の僕らにそこまでしてくれるんだい?」

「それは……」

「それは?」

「お二人が私の“推し”だからです!」



 言った! いや隠してないからいいよね!



「おし?」

「はい! 人生をかけて応援したい憧れの人、という意味です」

「恋、とは違うのかい?」

「全然違います。わたくしはあくまで当事者ではなく第三者でいたいのです」

「ふむ……全ては理解できないが、つまり君は僕やダイに恋しているわけでないのか」

「はい。大好きですが、あくまで憧れです」



 “推し”という概念がないこの世界では、私の思考回路は理解されにくいだろう。

 セイ様も困惑した顔をしていらっしゃる。


 それはそうだ。昨日今日会った小娘に好きだ推しだ婚約してくれ、なんて言われ続けたら困って当然だ。



「君は不思議な人だね。僕らの関係は他人に理解されるものではないと自覚していたのに、君は祝福してくれた……それがどんなに嬉しかったことか。できれば君の力にもなりたい。迷惑ばかり掛けてしまっているが、可能な限り君の希望を叶えたいと思っている」



 セイ様は私に向かって真っ赤なお髪の頭を下げた。



「迷惑だなんて、そんなっ! わたくしはお二人が仲良くできる世界を作りたいだけですわ!」



 本当ならば、私なんかがお飾りの婚約者にならずとも、お二人が堂々とお付き合い宣言して婚約できる世界だったら良かった。

 けれど、この世界では同性愛は基本的に認められていない。結婚するどころか、付き合っていることも公(おおやけ)にするのは憚れる。


 でも、それでもお二人には仲良くしていてほしい。二人で幸せになってほしい。


 私一人の力では何もできないかもしれないけれど、せめてお二人の逢瀬を手伝えたらなと思っている。このまま私とセイ様が結婚したとしても、お二人が愛し合うのをサポートできたらなと、お役に立てれば良いなと思っている。



「わたくし、お二人の幸せのためなら何でもします!」

「フフッ、頼もしいね。僕らのためにそこまで言ってくれてありがとう」



 セイ様の天使の微笑みに、私の心は鷲掴みにされました。心の鼻血も出ちゃいそう。



 すると、不意に部屋の大きな窓から人影が入って来た。



「よう! この前の嬢ちゃんじゃねーか」

「だ、ダイ・トウ様!?」



 なぜダイ・トウ様が窓から!?

 というか、ここ王宮なんですけどセキュリティーはどうなってるんですか!?



「ダイ、窓から入ってくるなと何度も言ってるだろう」

「表からだと演習場から遠回りなんだよ。いいだろ? 減るもんでもないし」

「王家としての威厳が減る。それにご令嬢を驚かせるものではない」

「ヘイヘイ、以後気をつけまーす」

「まったく……」



 セイ様は天使の微笑みから顰めっ面になってしまった。渋面も素敵!

 対してダイ・トウ様は悪びれた様子は毛ほどもなくヘラヘラと笑っていた。



「嬢ちゃん、ほんとにセイと婚約したんだってな?」

「はい! 不束者ですが、精一杯お飾りの婚約者を演じてみせます!」

「ハハッ、それ言っちゃダメなやつだろ」



 笑うダイ・トウ様の爽やかオーラに、私の心臓はノックダウン状態です。



「ダイ、ロモコ。こうして3人で顔を合わせられたのだから、決まり事を作らないか?」

「決まりごと? なんだよ、面倒事か?」



 あからさまに嫌そうに顔を歪めるダイ・トウ様を無視して、セイ様は私に視線を向けた。



「婚約はしたが、君の人生の邪魔をしたくない。そこで、君に好きな相手ができたらこの婚約を解消しようと思う」

「セイ様、わたくしは……」

「ロモコ、僕らは君にも幸せになってほしいんだよ」



 “推し”であるセイ様の言葉に、思わず涙腺が緩む。

 まさか“推し”に幸せを願って貰える日が来ようとは。



「あ……ありがとうございます。好きな人ができる未来は想像できませんが、その時はお二人に紹介しますね」

「そういや、嬢ちゃんの弟……イザロだっけ? さっきしつこくオレに絡んできたから殴っちまった」

「ええ!?」



 イザロ、あんた何やってんの!?



「今度謝りてーから、間取り持ってくれねーか?」

「それは承りますが、弟が申し訳ございません!」

「いや、オレもついカッとなっちまって。ほんとごめんな」



 しゅんと肩を落とすダイ・トウ様の何と可愛いことか!

 その項垂れた青色の頭を、セイ様がパシッと軽く叩いた。



「ダイ、暴力はダメだろう。騎士になるのなら、力を振るう時を間違えてはいけない」

「わあってるって! ついだよ、つい!」

「申し訳ございません、弟がきっと生意気な事を申したのでしょう? あの子、口が悪くて……」

「だとしてもだ。ダイ、これからは短気を治せ」

「へーい」



 ああ、“推し”の二人とこんなにも親しげに会話できる日が来ようとは。


 私は心の鼻血を垂らすと共に、この幸せを噛み締めた。




 家に帰ると、片頬を腫らせた義弟が出迎えてくれた。



「姉様、話があります」

「ええ、わたくしもあるわ」



 イライラと機嫌が悪いのを隠そうともせず、イザロは応接間へと私を急かした。



「それで、話とは?」



 十中八九、その殴られた顔のことだろう。



「姉様……貴女は騙されてます」

「……は?」

「セイ・ラン殿下の周りを調べました。ヤツは姉様のことなんか愛してません。ヤツが興味あるのは王位だけです」

「え? ちょっとイザロ……何の話?」

「姉様は騙されてます。ヤツが欲しいのは宰相である父様の後ろ盾だけです。父様を派閥に引き入れられれば、他に脅威になる者はいませんからね」

「つまり、その為の婚約だったと?」

「他に姉様と婚約する意義も利益もないでしょう?」



 こいつ……言うに事欠いて、失礼過ぎるだろ!

 利益がなきゃ私と婚約するわけないってか!


 これでも物語の主人公だから、見た目も悪くない才色兼備なんだぞ!



「……貴方の言い分はわかりました」

「言い分ではなく、事実です」

「それで? その顔はどうしたのかしら? まさかセイ様に言い募ったのではないのでしょう?」



 セイ様じゃなく、ダイ・トウ様に言い募ったのは知ってるんだからね!



「……ある噂を聞きまして……」

「噂?」

「セイ・ラン殿下が……その……」

「何?」

「ダイ・トウ様を特別に可愛がってると……」

「仲がよろしい事は知っています」

「姉様が考える以上に仲が良過ぎるという噂です!」

「だからって、その顔と関係あるのかしら?」

「……ダイ・トウに真相を訊いたんだ……そしたら……」

「殴られたのね? まったく、貴方は度胸があるのかデリカシーが無いのか」

「姉様がいるのに他の……よりにもよって男にうつつを抜かすなんて許さない!」



 イザロは人でも殺しそうな殺気を放ちながら叫んだ。


 弟よ、とりあえず落ち着け。

 あとダイ・トウ様に『様』をつけなさい、『様』を。



「本日ダイ・トウ様にもお会いしたの」

「え……何か言われましたか?」

「ええ、謝りたいから機会をつくって欲しいとおっしゃっていたわ」

「…………」

「ねえイザロ、貴方はちょっと誤解をしてしまっただけでしょう? なら、誤解が解けたのだから貴方も謝らなくちゃ」

「……誤解とは決まっていない……」

「イザロ」

「だって姉様、あいつら毎日必ず会ってるんだ。しかもこそこそ。怪しいに決まってる!」



 あのお二人はいらっしゃるだけで目立つから、きっと隠そうとしても目撃者が後を絶たないのだろう。


 今は仲が良い友人だからで通るとしても、この先年齢を重ねていくと、噂が濃厚になり広まっていくかもしれない。


 これは私の出番だ、と思った。



「イザロ。実は言うと、今日セイ様とお会いした時にダイ・トウ様とお会いしたの。お二人は仲がよろしいように見えたわ。だってお二人は乳兄弟なんですって。幼い頃からいつも一緒にいたから、一緒にいるのが当たり前なのよ。ただそれだけのことよ」

「…………姉様」

「何よ」

「騙されてませんか?」

「騙されてません!」



 言い包められない義弟に、若干イラッとしたが、なんとかダイ・トウ様と3人で会う約束を取り付けた。




 後日、ダイ・トウ様が指定した王都のレストランに行くと、なんとダイ・トウ様と一緒にセイ様もいらっしゃった!



「やあ、ロモコ。会えて嬉しいよ」

「嬢ちゃん、今日はありがとな」



 はぅっ! お二人の屈託のない微笑みを向けられ、私の心臓は動悸でおかしくなりそうです。



「改めまして、こちらが義弟のイザロ・ソウ・アイゼンでございます」

「イザロ・ソウ・アイゼンです……」

「先日は義弟が大変失礼いたしました。ほら、イザロ」

「……申し訳ございませんでした……」



 イザロは苦々しさを隠す様子もなく顔いっぱいに浮かべながら頭を下げた。


 まったく、反省というものを知らんのか。



「頭を上げてくれよ。オレもついカッとなっちまって手を上げちまった。許してくれよな」



 ダイ・トウ様は公爵家であるサッピールス家のご子息。

 格下である私達アイゼン家の者を殴ったところで、本来は謝罪など不要なのにも拘らず、こうして謝る機会をくださった。

 ダイ・トウ様が悪い方だったら、今頃イザロは牢獄行きだ。



「さあ、もうお互い謝罪を済ませたのだから、あとは美味しい料理を食べよう」



 セイ様が明るい声でおっしゃると、厨房から次々に料理が運ばれてきた。



「ここは珍しい料理が食べられる店なんだ。なんでも料理長が異国の出身らしくて、遠い異国の味を堪能できるよ」

「セイ様、よくいらっしゃるんですか?」

「ああ、ダイとね」

「……やっぱり……」

「ん? イザロ、何か言ったかい?」

「……姉様とダイ・トウ様と、どちらが大事なんですか!」



 おィィイイイイイ! イザロ、あんたいきなり何言い出してんの!?


 ここはVIPルームだから個室だけど、そういう話はこんなところでしちゃダメでしょ!



「ふむ……難しい質問だね」

「難しいのですか?」

「君は友と恋人と、どちらを優先するんだい?」

「もちろん姉様です」



 ちょっとイザロ、セイ様の話をちゃんと聞きなさい!



「君はロモコのことが本当に大切なんだね」

「当たり前です! 結婚の約束もしていました!」



 え? してませんしてません!

 セイ様、そんな驚いた目で私を見ないでください。私もイザロの発言に驚いてますから!



「結婚の約束とは?」

「こ、子供の頃にそんな話をしたかもしれないってことよねイザロ?」

「僕ははっきり覚えてます」



 知るか! そんなうろ覚えすらない約束知りません!



「つまり君は、僕とロモコの婚約が不服なのかい?」

「はい」

「そうか……ふむ……ロモコはどう考えてるんだい?」



 え? わたくしですか?

 そんなの、イザロが勝手に言ってるだけですよ。


 ……と言いたかったのに、こちらを見つめるイザロの眼差しが切なそうに揺れていたから、なんとなく言えなくなった。



「わたくしは……」

「嬢ちゃん、こっちの肉美味いぞ。食ってみろって」



 私が言い澱むと、ダイ・トウ様が肉の塊を私の皿に置いた。

 ブルーサファイアの瞳と目が合うと、ニカッと陰りのない笑みを私に向けてくれた。



「──では、こうしよう。イザロ、君がロモコのハートを射止めることができたら、婚約を解消しよう。できなければロモコはこのまま僕と結婚する」

「せ、セイ様……それは……」

「わかりました。受けて立ちます」

「イザロ!?」

「姉様、いえロモコ。必ず僕に惚れさせてみせる」



 燃える眼差しで義弟に宣言されました。



 こうして、推しの二人を巻き込んだ義弟との追いかけっこが幕を開いたのです。


 はてさて、私は義弟から逃げ切ることができるのか?

 推しのお二人はどうなったのか?



 続きはまた別のお話です。




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