いおり(番外編)
ミツハ。
俺の可愛いミツハ。
「お前だけ、お前にしか興味無い」
「だ、だから、そうやって……」
「ミツハ」
そうやってだんだんどもってきて、顔が赤に染まっていって、目がきょろきょろ泳いで恥ずかしそうにしていくところ。
みぞおちがクッと熱くなるような感覚がした。
屋上で俺たちの横を通りすぎる風が肌をさする。
ゾクゾクと期待で肌が鳥肌立っていた。
正直俺は、小学校の頃からの想いは強すぎて、強すぎるからこそ拒否された時の不安が強くて、様子をうかがってばかりの女々しい奴だった。
けど、少しでも可能性があるなら。
過去の馬鹿げた行為は本当に後悔しかねぇけど、それでも、それでもミツハが今の俺を見てくれる可能性があるのなら。
「いつになったらお前、俺のガチな気持ちに気付いてくれんの」
とは聞いてみるものの、ミツハが俺の気持ちに気付いてねぇわけがねぇ。
そう確信していた。
いつになったら俺のところに来てくれるんだよ。
お前のペースを待ちたくて、俺はずっとずっと堪えて来た。
だからこそ性に溺れた。
お前を求めすぎて。
お前の影を探したくて。
勢いのままお前を奪ってしまったら絶対に後悔するから、お前がいつか俺を求めてくれる、その日を待って。
ミツハ、でももう無理だった、そんな迷ってるようなリアクションとられたら。
かっさらいたくなっちまうじゃねぇか。
半日も待ってられなかった。
ずっとずっと、ミツハのことばかりが頭の中を占めていた。
小学校の幼かった頃のミツハは強気で、体格が人より良かった俺にもズバズバ説教垂れてきて。
でも趣味が一緒で、アイツも絵を描くことが好きで。
体格いい割に絵なんて好きな俺のこと、ちっとも変だと思わねぇような、好きなもんを大事にするような奴だった。
高校で再会したミツハは少し大人になっていて、長い髪がゆらゆら風に靡いてる姿に見惚れた。
髪の先が桃色がかった、グレーから桃色のグラデーション。
髪色が変わったところで、ミツハはミツハに変わりなかった。
ただ、さらに美しくそこに咲いているようだった。
吸い込まれるようにキスしちまったこと。
悪いとは思ってる、けど一生の俺の宝物だ。
ミツハん家行った時は、静かにその手に口を付けて、またガミガミと怒られた。
黒曜に勧誘すれば、フラれた。
その怒ってる姿すら、俺は見惚れちまうよ。
ダメなんだ、こんな風にお前のことしか考えられなくて。
もっともっとと欲が出る。
もっとミツハを見ていたい、話していたい、口喧嘩すぐしちまうけど普通に話してる時間だって好きなんだ。
もっと今のお前のことも知りたい。
昼休み、琥珀からミツハのことを借りてって向かった先は空き教室。
俺がよくサボって過ごす見慣れた教室。
そこにミツハがいる。
いや、俺が連れて来たんだけど。
「な、なに、なんなの」
少し早歩きしてしまったせいか、ミツハの呼吸は荒くなっていた。
「悪い、速すぎたか」
「足の長さ考えてよ!いや、これじゃ私の足が短いみたいになるじゃない」
「お前の足も綺麗だ」
「なんの口説きよ」
呼吸を整えるミツハの肩をゆっくりさする。
こんなことに効果があるかなんて知らねぇけど、少しずつ落ち着いてくるのを感じた。
「それで、いきなり連れ去ってきて何なの」
サクサク話を進めてさっさと終わらせたいという気持ちが隠れもせず伝わってくる。
早く話せとその目がまっすぐ俺のことを見つめると、またみぞおちが熱く湧いた。
「お前俺の気持ちもう知ってるだろ」
「さすがにアレでわかってない程鈍くはないわよ。でも頭の整理がつかないの」
「なんでだよ」
「……」
「なんだよ」
「……信じられないから」
胸の奥の痛みがグッと増した。
信じられないって……でもそうだよな、不信感募らせるようなことしてたの自分だもんな……と少し泣きそうになっていると。
「自分が信じられないのよ。だってまさか……初めての……が、って……」
「あ?」
「だ、だから、初、恋の男が……今更自分に……言い寄って来てるなんて」
「……」
「だから言いたくなかったのよ!!!」
その言葉に、気持ちが受け取るよりも先に心臓が暴れ出す。
今、なんつった……?
初恋?初恋っつった……?
誰が?俺が?ミツハの?
どくどくどく、心臓が暴れて期待する。
――じゃあ俺たち、両想いだったわけ?
「ミツ、」
「もうやだ、もうやだから!これ以上恥ずかしいこと言わないで!」
そう、腕で顔を覆い隠すミツハに、本当のことなのかと、ゆっくりと言葉が心に降りてくる。
初恋……俺が。
「ミツハ」
「やだ!」
「顔見てぇ」
「なんでわざわざこんな顔見せないといけないのよ!」
ぎゅっと握りしめている手を包み込むと、指先は冷えていた。
肩で息をしているミツハ、緊張しているように見える。
ゆっくりと近付いて、頭に手が触れると、腕の隙間から目だけ見せてくれた。
「なんっでそう、お前はかわいいことばっかして、俺を殺しにかかってくんの?」
「息するように口説かないで!」
「いやこっちはガチなんだけど。ほんと、もうさ」
そのうるんだまっすぐと見つめてくる瞳に、もう既に落ちきっていたと思っていた心が、さらに落ちる。
思わずそのまま、ミツハの背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。
その肩が震えている。
ひっくひっくとしゃくりあげて涙する音が、静かに響いていた。
それから静かに、ミツハの手が俺の頭に回されると、わしゃわしゃと髪を搔き回したのだった。
「なにしてんだよ」
「落ち着かないのよ」
「お前が嬉し涙流してる間、俺は欲をすっげぇ堪えてる話する?」
「変態」
「嬉しいってとこ否定しねぇんだ」
むっと口を結ぶその唇を見て、まだだめだ、だめだと自分の欲を抑えつける。
俺すげぇがんばってね?
「肝心な言葉何も言わないくせに」
「好き。愛してる。もうぜってぇ離さねぇから覚悟しとけよ」
「……いちいち重いんだけど」
「嫌い?」
「……別に、そういうわけじゃ」
「じゃあ好きだろ」
「……」
「ミツハの気持ちは?」
「………………す、き……だけど」
顔を下に向けて見せないようにして、またわしゃわしゃと俺の髪を搔き回すミツハに、ぷっと息がふきだした。
まじこいつ、素直じゃねぇな。
なんでこんなにかわいいの。
その後頭部に手を当てて、俺は柔らかい髪に頬を寄せた。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、あ、これやべぇとまた我慢を強いられることになる。
俺の頭から引いていった手が、ゆっくりと俺の背中に回され、きゅっとシャツの腰辺りを掴む。
それにまた、撃ち抜かれる俺、この先もつんだろうか。
「……まさか、流されるなんて」
「お前これ流されたの?」
「……流されてやったの」
「喜んでるくせに」
「うっさい」
その後、この昼休みの時間いっぱいまで二人で抱きしめ合っていた。
チャイムが鳴ると、「あぁもう琥珀にどう説明したらいいの」と嘆くミツハの額にキスをした。
まだ放したくない、けどこれで真面目なミツハは授業にちゃんと出る気でいるんだろう。
背中に回していた手をゆっくりと離せば、ふとその手をミツハが取って。
その手を両手できゅっと握った。
「また、ね」
「あぁ」
握っただけだった。
けど、ミツハから触れてくれたことに心がまた跳ね上がって。
ミツハが出ていった教室に、五時限目の始まりのチャイムが響く。
その後、俺はしばらくぼけぇっと天井を眺めて、かわいいミツハの記憶に浸るのだった。
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