41.でーとなのかなぁ?



それは、突然ではなかった。


蝕まれるように、じわじわと、じわじわと侵食されていって。


私の創造する世界がどんどん、狭まっていって。




悲しかった、寂しかった。


自分のずっと持っていた大切な感性が、この先も失われたままなんじゃないかと、恐怖した。


足元から地面が崩れ落ちていくかのように、闇に飲み込まれてしまうかのように。




それを失った穴は、誰にも埋められない。





『琥珀ちゃんの絵って、誰にでも描けそうなもんじゃんね。なんであの子あんなにチヤホヤされてんの?』






傷は、どこから菌が侵入して広がっていくか、わからない。















目が覚めると、また咲くんのお部屋にいた。


あ……琥珀、眠っちゃって……。




「起きた?……あれ」


「え?」




咲くんが琥珀の顔を覗き込んでくると、すっと指先が目元を拭う。




「怖い夢でもみてた?」




ほろほろ、ほろほろ、琥珀の涙が頬を伝って、咲くんの指先を濡らしていた。


夢なんて朧気で、もうほとんど覚えていなくて。


けれど心が傷付いたような気持ちは、まだしっかりと残されていて。




「怖……かった、のかな」


「うん?」


「絵が……誰にでも描けそうな絵だって、言われたことがあって」




そう言うと、咲くんの顔が強ばる。




「琥珀はね、ひとつひとつの作品みんな、子供たちのように思ってるの。時間をかけて、その時の気持ちとかイメージとか、いっぱいいっぱい込めて創ってたの」


「そうなんだね」


「でも、琥珀、そういう痛い言葉に弱くって……」




琥珀は作品たちの、いわばお母さん。


お母さんなのに、こんなに弱くっちゃ、子供たちを守れない。




けれど守り方なんて全然わからなくて。


涙がまた、ほろり、流れる。


琥珀はきっと、混乱してしまうんだ。


痛い言葉をぶつけられた時、それをしっかり受け止めてしまって、自分の信じた道と違うことを言われて。


そしてそういう言葉がまた、怖く感じていって。




咲くんは、ふわりと琥珀の背中に手を回した。


暖かな彼の体温が、優しく伝わってくる。




「傷付いてきたんだね」


「……うん」


「怖かったね」


「……そう、そうなの」




人からどう見られているのかって怖くなって。


パパンにもママンにも話せなくて。


心配かけたくなくて。


心配される言葉が、苦しくて。




琥珀にはもう、何も残ってないと思われるのが怖くて。




「琥珀は頑張ってきたよ。今でも黒曜の為に頑張ってくれてる」


「……琥珀、ちゃんと頑張れてたのかな」


「頑張ることにこだわらなくて大丈夫。好きなことは勝手に頑張っちゃうもんだよ。いおりがあぁなようにね」




いおくん……いおくんは頑張りすぎ屋さんだ。


三徹してしまうなんて並の精神力じゃない。


原稿に入り込んだら部屋に引きこもってずっと描いているのを琥珀たちは見てきた。




「誰にでも描ける絵だなんて、そう言った子は見る目がないよ。俺は琥珀の絵好きだからね」




そう言って咲くんは、顎で琥珀の額をすり、っと撫でる。


琥珀の目の前には喉仏が動いているのが見えて、ちょっとこの距離にムズっとなにか感じた。




「琥珀の絵、本当に好きだからね」


「うん、ありがとう」


「もちろん、琥珀のことも」




背中にあったその手が上がり、琥珀の頭をふわふわ、撫でる。


一方琥珀は、サラリと口説かれた言葉に、一瞬置いてからお顔を真っ赤にしていた。




「なっ……!!!」


「ふふ」




こうやって、咲くんは時々琥珀をもてあそんで楽しんでいるんだ……!!


もう、まったく!


琥珀は笑うどころじゃないよ、すごく心臓がバクバクとしてしまうんだよ。




でも咲くんのこういうところ、嫌いになんてなれない。




「あー……俺いつまで我慢出来るかなぁ……」


「なにが?」


「うん……ねぇ琥珀」


「ん?」




ひっそり、耳元にその顔が近付いてきて、琥珀はまたドキドキと胸を鳴らす。


なに、なんだ、なにかお話……?


と構えていると。




「デート、俺としようよ」


「ひぇっ!?」




咲くんからも誘われた琥珀だったのでした。




「あぁでも、琥珀ちゃんは寂しかったんだっけ」


「まって、どこから未夜くんとの話聞いてたの……!?」


「じゃあ三人で出かけようよ」


「………………ふぁい?」




未夜くんと……琥珀と…………咲くんで!!?




「そしたらどちらともデート出来るね。琥珀ちゃん寂しくないね」


「え、あれ、デートってそういう感じだったっけ……?」


「この前はいおりたちとWデートしてきたでしょ?」


「え、でも……ううん……?」




琥珀はデートがよくわからなくなってきました。




「二人だけじゃ行かせないよ」




にっこり笑ってそう琥珀に言う顔とはちぐはぐに、言葉は力強いものだった。




……あぁ、咲くんは琥珀が未夜くんと二人だけでお出かけするのが嫌ってことなのか。


うーん、琥珀はいいけど……未夜くんにもご相談かなぁ。




「未夜くんにも聞いてみよう」


「そうだね」




そうして琥珀たちは咲くんの部屋を出て、さっきまで未夜くんのいた作業部屋に来たけれど。




「あれれ、どこいっちゃったんだろう?」




未夜くんはいなくなっちゃっていた。


代わりにいたのはおでんを頬張っているいおくん。


おでん美味しそうだなぁ……。




「未夜なら下行ったぞ。漫画見てくるんだと」


「え、そうなの?」




未夜くん、ゲームばっかりしてるイメージでいたけど、漫画も読むのか……。


あ、でも漫画読まないとトーンの処理とかわからないもんね、そっかそっか。




「下行ってみようか、琥珀」


「うん!」




すっかり元気を取り戻した琥珀は、るんるん気分で未夜くんを探しに、漫画部屋へと降りていった。


琥珀の後ろから、咲くんもついて降りてくる。




漫画部屋に付いて扉を開けると、机と椅子のあるそこに、すぐ未夜くんの姿を見付けることができた。


琥珀は駆け寄って未夜くんに話しかける。




「未夜くん!」




漫画に目を落としていた視線を上げる未夜くんと目が合うけれど、その顔がぶすくれていくので琥珀は固まった。


え、え、え、どうした未夜くん?


琥珀はプチパニックです。




「……未夜くんどうしたの?」


「……べつに」


「未夜は琥珀ちゃん取られて悔しかったのかな?」




後ろから来た咲くんが容赦なくそう言う。


すると、未夜くんの頬がプクッと膨れたのだ。



ぷくっと、ふぐさんみたいに。




な、か、か、か、かわわっ……!!!




「悔しくない」


「未夜くんが拗ねてる!!」


「べつに……琥珀との貴重な時間を取られて……咲を恨んでるだけ」


「ふふっごめんね未夜。さすがに二人きりでデートは許せなかったけど」




未夜くんに近付いて行く咲くんが、その肩に手を置く。




「俺も含めて、三人で仲良くデートしよっか」




にっこり、それは拒否のできない笑顔で。


……咲くんて時々すごいグイグイ来るよね。




「……はぁ、そこが咲の許せる許せないの境界?」


「まぁ、そういうことになるのかな」




許せる許せないの境界……?


すると、未夜くんは漫画を閉じて机の上に置き、再度咲くんを見上げる。




「いいよ、行こう。琥珀の寂しさが紛れるなら俺はいいよ」




そう、未夜くんも了承してくれたのだ。


うう、2人の優しさに胸がいっぱいだよっ!!




「ありがとう!!未夜くん、咲くん!!いっぱい楽しもうね!!!」




琥珀はとてもテンションが上がっていったのでした。





















そしていおくんに説明してから出かけて3人で向かった先は、水族館。


水族館で3人でーと!!!


でーと?でーとなのかなぁ?まぁいっか!




「お魚さんがいっぱ〜い!!!」




小さな水槽から大きな水槽まで、沢山のお魚さんたちを見ることが出来て、琥珀のテンションもとても高い。


そんな琥珀を穏やかな目で見ている咲くんに、転ばないようにと手を繋ぐ未夜くん。


水槽は青く透明で、とても美しくて。


琥珀はカバンの中からシャキーンとカメラを取り出した。




「資料!!!!」


「俺も撮る」




未夜くんもそそくさとカメラを取り出すと、それを見ていた咲くんがぷふっと吹き出した。




「デートに来てまで漫画のこと考えちゃうんだ」




そう言って琥珀の頭をゆるりと撫でる。


そ、そうなの、でーとなんだけど、でーとなんだけどね!?


今この瞬間に撮れるものは今しかないといいますかね!?




「琥珀ちゃんもだいぶ漫画脳に洗脳されてきちゃったね」


「うぅ……咲くんは?咲くんはそんなことないの?」


「うん?主人公とヒロインがそのクラゲの辺りで水槽越しに目が合うシチュエーションとかいいなって考えてるよ」


「ほら咲くんも漫画脳だぁっ!!」




結局、私たち3人の根底にあるのは漫画で。


琥珀はそれが何だかとっても嬉しく感じてしまった。




大きな水槽には、小魚の群れからマンタさんみたいな大きな魚までたくさんいて、とても迫力があった。


小さな水槽にはチンアナゴさんがいたりして、砂の下はどうなっているんだろう?なんて考えたりもした。




ペンギンさんはペタペタ歩いてるのが可愛すぎて、たくさん写真を撮った。


泳ぎのスピードはとても速くて、ビュンビュン泳いでいて大迫力だった。


泳いでいる姿が見えるのってすごいね!




イルカさんやアシカさんのショーがあるらしく、その時間には三人でショーを見に行った。


前の席は濡れる前提で、私たちは悩んだ末にカッパを買って前から3列目でショーを楽しんだ。


とてもびちゃびちゃに水をかぶって、三人で顔を見合わせてたくさん笑って。




とても楽しい一日をすごした。




ちょっと寒くなっちゃったけどね!




「ははったくさん笑ったね!!」




琥珀はもう回り終わってからも楽しくて仕方がない。


お土産屋さんでイルカさんを買うか本気で悩むくらい、ショーも楽しかった。


大きいとやっぱり値段も高いなぁ。




「琥珀、すごく楽しんでたね」




未夜くんもアシカのぬいぐるみを手に取ってそう笑っている。




「うん、すごく速かったし、高く飛んで凄かったね!」


「また来たい?」


「また来たい!!」




ふふっと笑みが漏れてしまう。


咲くんは小物のコーナーでなにか見ているようだ。




「琥珀がそんなに楽しめたなら、よかった」


「みんなで楽しめたのが嬉しかったの!」


「もう寂しくない?」


「寂しさなんて吹き飛んじゃったよ!みっちょんと来ても楽しいだろうなぁ」


「やっぱりあの子には適わないね」


「ん?ふふ、女の子の友情は固いのよ!」




えっへんと琥珀は胸を張る。


そうだ、みっちょんといおくんと、それからリンくんにもお土産を買っていこう!




お土産も買って、外に出るとすっかり夜になっていた。


たくさん楽しんだなぁ。




デートって楽しいんだね!!


いっぱい写真も撮れたし!!




「琥珀ちゃんが楽しそうにしてくれて俺は嬉しいよ」




咲くんが琥珀の手を取ると、もう片方の手も未夜くんがすかさずかっさらっていく。


両手を取られた琥珀ちゃんは、みんなで仲良しさんしているみたいで、またちょっとテンションが上がった。




「これが……デート……!!」


「ちょっと俺の知ってるデートとは違ったけどね」


「またデートしようね、琥珀ちゃん」


「あれ琥珀、口説かれているっ……!!」




またみんなでお出かけできたら、きっと楽しいね。


美術館とか、映画館とかも行きたいね。




琥珀は子供の頃、あまりお友達と遊べる機会がなかったから、今とっても楽しくて仕方がないよ。




こうやって思い出をたくさん積み重ねていきたいね。




するり、咲くんと繋いでる方の手が、咲くんの親指に撫でられる。


ゆるりと撫でられるそこに意識が向いてしまって、ちょっぴり恥ずかしく感じた。




みんなで黒曜に帰ると、琥珀は真っ先にいおくんの元へとお土産を渡しに行った。


どや!っと自慢をしに行った!


小さなチンアナゴさんのぬいぐるみを見て眉を顰めるいおくんに、琥珀は笑った。


ふふ、かわいいねチンアナゴ!




リンくんにはヒトデのぬいぐるみをあげたら、これまた黙られてしまった。


この握った時のふにゃっとした感触が琥珀はお気に入り!




そして、お土産を渡して戻ってくると、咲くんから1つの小さな箱を渡された。




「……琥珀にもお土産!?」


「というか、プレゼントかな。これを琥珀ちゃんにあげたくなったんだ。受け取って?」




失礼して箱を開けてみると、クリスタルのボール型の中に白いイルカさんが飛んでいる姿あった。


それは立体的になっていて、どの角度から見ても綺麗な白いイルカさんだ。


なにこれなにこれなにこれ!!!




「とってもかわいい!!!」


「ふふ、気に入ってくれたかな?」


「もちろん!!」




小物コーナーを見ている時に見つけたんだろうか?


琥珀は嬉しくてそのイルカさんをしばらくじっくりと見回していた。




今日は楽しい思い出をつくれて、琥珀もウキウキ。


みっちょんとお揃いのストラップも買ったし、琥珀は大満足の一日を過ごせたのでした。




一日の終わりに、ふと咲くんの嬉しそうな笑顔が浮かんできた。


お土産を琥珀にくれた時の咲くん、貰ったのは琥珀だったのに、咲くんの方が嬉しそうだったことが印象的。




ほんと、不思議な人だなぁ。




琥珀は枕元に、ペンギンさんの小さなぬいぐるみを置いて、今日一日を振り返りながら眠りについた。


楽しい思い出をたくさんありがとうね。


疲れた体はすぐに力が抜けて、ゆるりと夢の中へと誘われていった。







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