40.春は訪れるのでしょうか?



ひゅるる、冷たい風が過ぎ去っていく。


琥珀はこの場にいていいのだろうか、今なんだか聴いていいのかわからない言葉が聞こえてきた気がするのだけれど、琥珀はここにいていいのだろうか?


繋いでいるみっちょんの手が、ギュッと握られる。


でも痛くない、優しいみっちょんの手。




「やめて、そういうの……私はアンタが今まで引っ掛けてきた女達とは違うの」




そう言って顔を背けるみっちょん。


やっぱりみっちょんはまだ、前の女の子たちとの関係が引っかかっているのかもしれない。




「ほかの女は関係ねぇよ、お前しか見てない」


「……」


「お前と再会してから、俺はお前しか眼中にねぇんだよ」




言ってしまっているのはほぼ告白のようなもので。


琥珀は、本当にこの場にいていいんですか!?


けれどがっしりと琥珀を捕まえているみっちょんの手は緩まない。


琥珀の方がドキドキしてしまう。




けれど、ふとみっちょんの手が熱くなってきているのを感じた。


顔を見上げてみるも、逸らされているのでこちらからは見えず…………。




「ミツハ」


「……そうやって名前呼べば言うこと聞くと思わないで」


「お前だけ、お前にしか興味無い」


「だ、だから、そうやって……」


「ミツハ」




近付いてくるいおくんの眼中には、本当に琥珀なんて映っていなそうで。


人一人分の距離を空けて、みっちょんの目の前に立ったいおくん。




「昨日手をとってキスしたこと怒ってんのかよ」




そんなことしてたのっ……!!?


琥珀はお口をチャックして、みっちょんとは反対方向を向く。


少々気まずい……。


琥珀は今空気です、空気なのです、ぎゅっと握られた手からも逃げられないのです……!!!




大事な場面じゃない?


いいの?琥珀ここにいて本当にいいの?




「……アレは……ビックリしたから……」


「ビックリしてその手でビンタしてきたのかよ。可愛い奴め」


「かわっ…………とか、私に似合わないから」


「お前の画力がさらに上がった手が愛おしくてな。わりぃ」


「そ、それ!謝る気本当にあるの!?」


「手だけじゃねぇよ、ミツハ」


「……っ」


「いつになったらお前、俺のガチな気持ちに気付いてくれんの」




琥珀とみっちょんを繋ぐ手を見詰めて、いおくんがまた口を開く。




「いつになったら、俺の手取ってくれんの」




そう言ってみっちょんの顔を覗き込むいおくん。


甘い、なんだかすごく琥珀まで暑くなってきた。


なんで、なんで琥珀巻き込まれてるの?




すると、琥珀を繋ぐ手は変わらず、もう片方の手を上げるみっちょん。




「……別に、アンタが嫌いとかそういうんじゃない」


「……」


「…………頭の整理をさせて」




みっちょんは顔を上げて、いおくんの頬にその手を伸ばし、優しく触れた。




「……所構わずキスしてくるあんたが悪いけど、これはごめんなさい。……行こう琥珀、これ以上は遅れちゃうわ」




どうやら、いおくんのアピールタイムはここで時間切れとなってしまったらしく。




「う、うん」




屋上を出ていくみっちょんに付いて教室に戻る琥珀だった。




すごく、すごく胸がドクドクしてしまっている。


当のみっちょんの顔は見えないけれど、手をしっかりと握っているし、混乱しているかもしれない。




これで……これで二人がいい方向に向かってくれるといいな。




みっちょんは、まっすぐ気持ちをぶつけてくるいおくんを拒否しなかった。


勘違いも、ちゃんと話し合えたみたいで、解決したようだ。




授業中、みっちょんの様子はいつもと変わらないように見えた。


ただ少し、みっちょんにしては大人しすぎた気もする。


ハキハキキビキビ、それがみっちょんだけど……なんだろう、少しそれが落ち着いているように見えていた。




昼休み、琥珀のスマホはメッセージを受信していた。


『ミツハの様子は?』


いおくんからだ。




どうやら探りを入れたいらしいいおくん。


『変わらないよ』と答えると、『(´◉ω◉)』という返信が来た。


彼は琥珀の答えに一体何を望んでいて、どんな気持ちでいるのか、この顔文字からは何一つ伝わってこなかった。




「琥珀」




今日も今日とて一緒にお昼ご飯を食べるみっちょんが、無表情で琥珀を見ていた。


というか、返信ほやほやの琥珀のスマホを見ている。




「あ、いおくんから、ちょっとね」




なんて、琥珀もそんなこと言って様子を見てしまう。どきどき。


いおくんから聞かれたからってわけじゃないけれど、琥珀もみっちょんがどんな気持ちでいるのか、ちょっと知りたかったのだ。




はぁ、とため息をついたみっちょんが頬杖をつく。


お弁当のプチトマトをひとつ食べて、またため息を吐き、そして。




「ぶっちゃけ、ぐらついたのよ」


「…………え、なに?」


「朝の…………はぁ、もうよくわかんない。自分の気持ちが」




食べ終えたお弁当箱を片付けて、みっちょんは机に突っ伏した。


うぉ、見たことないぞこんなみっちょん。




「なんなのアイツ……ほんとなんなの」


「い、いおくんは真剣だと思うけど……」


「あんな目向けられたらそれは、わかるけど……自分の気持ちに整理がつかないの」




机に突っ伏したまま、頭をフリフリと横に振るみっちょんは、かなり朝のことに困惑しているようだった。


変わらない……ように見えていたけど、隠していたみたいだ。




「私、いおは私のことなんて見てないと思ってた。周りに女の子侍らせて、私はあの中には絶対入らないって思ってた」


「……」




い、いおくん、女の子そんなに侍らせてたのか。




「でもそれって、そう考えてること自体、アイツのこと意識してたってことよね……。意識しないようにしないようにって、意識してたのよ。未練がましい」


「……みっちょん」


「アイツは変わった面もあるし、変わらなかった面もあった。絵を楽しんで描いてるいお、真剣に仕事するいお、私の言いつけになんだかんだで従ういお……」




その時、静かになった教室に現れたその人に、私の目は釘付けになる。


教室にいた生徒はみんな、私たちを遠巻きに静かに見守っていた。




「なんだかんだ喧嘩しても、結局嫌になんてなれない。だってあの頃のいおも残ってるもの。同じようにまっすぐ私のこと見て、まっすぐ呼んでくれて。方向音痴なんてみてらんないし、下品だし相変わらず失礼だし、でも……」


「……」


「でもね、私結局、あいつのこと嫌いになんてなれないの」




みっちょんは気付かず、話続ける。


その手が柔らかく、みっちょんの頭を撫でると、「なによぅ」とみっちょんは顔を上げて、その人を見て固まった。




「は……?」


「なに、お前俺の事大好きじゃん」


「…………な、なんでいおがここに」




そう、なんとなんと。


みっちょんが話に夢中になっている間に、いおくん自ら教室に来てしまったのである。




「え、まっていつから?私何言った?」


「俺のこと惚れてるって言ってた」


「捏造しないでくれる?」




みっちょんの手を取ったいおくんは、優しくみっちょんの手を引き上げる。


つられて立ち上がった彼女を連れて、いおくんは教室を出ていこうとした。




「コイツ借りるわ」


「……は、はい、どうぞ」


「ちょっ」




ばしばしといおくんの背中を叩き付けるみっちょんを、そのままいおくんは連行して行ったけれど。


あれ、みっちょん本気で抵抗はしてなかったなぁ……。





春は訪れるのでしょうか?


琥珀もお弁当を食べ終えて、外を見上げた。




紅葉シーズンも過ぎ、すっかり冬が近付いてきた。


まだまだ春は先のことだけれど、みっちょん、素直になれればいいな。















急激に近付いた二人の関係性。


それは、引き腰であったいおくんが、「あ、これいけそう」と気付いた時から、グイグイ攻めていったのだという。




「デレミツハ可愛すぎる」


「ちょっと見たい」


「フン、見せるかよ。アイツはもう俺のだ」




そうドヤ顔で言ういおくんは、とても堂々としている。


先日の弱音はどこいったんだという感じだ。




「ただ残念なことに、禁酒令が出た」


「そもそも未成年ですからね」




私はいおくんの作業部屋で、惚気を聞かされていた。


みっちょんは部活、琥珀はペンテクの指導を受けていた土曜日の午後のことである。


まさか二人がこんなに早くまとまるとは思っておらず、琥珀もびっくり仰天だ。




「……いや、まて、アイツ俺のだって自覚あるのか……?」


「どういうことです?」


「俺、アイツと付き合ってるって思われてなかったらどうしよう?」


「……付き合おうって言ってないの!?」


「攻めるのに夢中で……あれ、どうだろ、不安になってきた」




そう不安になるのって本来女子側なんじゃないでしょうか!!!


女々しく少ししょげたと思ったらふいにスマホを取り出し電話をかけ始めたいおくんに、琥珀は席を立つ。


絶対みっちょんにかけてるでしょ!!!!




もうテンプレートの使い方やパースの指導をしてもらった後だった琥珀は、いつもアシスタントに使っている部屋へと移動した。


琥珀となかよしこよしだったみっちょんがいおくんとまとまって嬉しい反面、寂しくて二人のイチャイチャなんて聞いてられないよっ!!ぐすん!!




「あ、琥珀おかえり」




作業部屋でそう迎えてくれたのは、ソファでゲームをしている未夜くんだった。




「聞いてよ未夜くん、いおくんがすごい惚気けてくる」


「あぁ、あの二人まとまったの?」


「そうみたい……」




ぐすん、琥珀の胸はぽっかり穴が空いてしまったように寂しい。


二人が付き合うまでは応援していたのに、いざとなるとこんなに寂しいものなのか。


みっちょんは変わらず友達でいてくれるのに、不思議だな。


置いていかれたような気持ちになってしまう。




「寂しいの?琥珀」




ゲームから顔を上げる未夜くんの目が、まっすぐに琥珀を見つめる。




「うん……ちょっとだけ」


「埋めてあげようか」


「え?」




そう言ってゲームを置いて近付いてきた未夜くんが、琥珀の手に手を重ねる。


ゲームで指を使っていたからか、指先が暖かかった。




「でーと、しようよ。気分転換になるでしょ?」


「で、でーと……?」


「今度は二人で」


「ふた、りで……?」




ふっと目を細めた未夜くんが、琥珀の手を引く。


でーと……と琥珀がその言葉にぽかんとしていると。




「はいそこ、口説かない」




ふわりと背後から現れたその人が、琥珀の肩に腕を回して引いた。


この柔らかくて暖かい声は……。




「さ、咲くん……!?」


「琥珀ちゃん、いおりからの指導終わったの?」


「あ、うん……というか電話し始めちゃったから逃げてきたんだけど……」


「まったく、いおりは」




ふぅ、とため息を吐いて、自然な流れで私と未夜くんを繋いでいた手が離され、咲くんにその手が繋がれた。


むっとする未夜くんにお構いなしに、咲くんは琥珀をソファへと促す。


未夜くんは向かいのソファに座って、再びゲームを始めた。




「今日はどんなことを教わったの?」


「えっと、ペットボトルの描き方とか、一点パースの使い方とか」


「パース……俺苦手だなぁ。まぁそもそも絵描けないんだけどね」


「一点パースならそこまで難しくないよ。三点とかになると難しいけど。あのね、廊下とか描く時に視点を決めてね、アイレベルっていうんだけど。そこに横線を引いてからね、」




琥珀のなんでもない話を聞いてくれる、ゆるりとした態度で、うんうんって、柔らかく。


私は咲くんの、こうやってお話を聞いてくれるところがとても、とても安心できて好きだなぁと思う。


あたたかく包み込まれてるみたいに感じるの。


それがとても心地よくて。




「それでね、はしらとか窓とか、こまかいとこ、描くんだけど……」


「うん……琥珀ちゃん?」


「んう」


「眠いでしょ。寝ていいよ」


「んう……」




咲くんと話してると安心して眠くなってきてしまう。




「いおりにたくさん教えて貰って、疲れたね」


「ん……ちょっとだけ」


「うん、ちょっとだけね」


「ん……」




そのまま琥珀はまた、すやりと寝てしまうのであった。


咲くんの声、子守唄みたいに心地がいいんだよぅ。






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