28.まだそういうのは早くない?



喫茶店を出て温室を堪能すると、すっかり外は夕方になっていた。


やっぱりバラ園もすごく素敵だったけど、ジニアやコスモスもとっても好きな色合いだったなぁ……。




ショップを見たいみっちょんは、めんどくさがるいおくんを説得しているようだったけど、あれはいおくん本気でめんどくさいとは思ってなさそうだなぁ。


からかって来る時の顔してる。




琥珀はそんな2人の後ろを歩きながら、ほのぼのと未夜くんの隣で眺めていた。




「琥珀もお土産ほしい?」


「うん、きっとお花の本とかあるだろうから、ちょっと見たいなぁ」


「いおりに言ってこようか」


「大丈夫だよ、きっといおくんもみっちょんについてってくれるよ」




ふふっと琥珀は、笑いが込み上げてくる。


二人のわちゃわちゃが、仲良さそうで見ているのが好きだなぁ。




ふと、口元に手を当てていたのとは反対の左手が、トンと未夜くんの手に当たる。


あれ、そんなに近づいちゃってたかな。




と、手元を見下ろすのと同時に、手の甲に未夜くんの手の甲が擦られた。


これは……ぶつかったんじゃない。


キュッと握られたその拳が開かれると、琥珀の手を覆った。




慣れないことに少々思考停止する琥珀、前にはまだ言い合っているみっちょんたち、隣には琥珀の手を包み込む未夜くん。




「……嫌?」


「…………えっ……い、いやじゃ、ないよ」




び、び、び……びっくりした!!!!


琥珀はびっくりして呼吸がちょっぴり止まっちゃってたよ!!!


で、でーと、みたいだ……!!!




未夜くんの冷たい指先に、琥珀の熱が伝わっていく。


繋いでる……ってことで、いいのかな?これは?


なんだか、少女漫画よりもなんか、とっても緊張して、手が汗ばんでしまっていないか心配になってしまう。




琥珀も未夜くんもお互い顔が合わせられなくて、気配を消してみっちょんたちの後ろを静かについて行った。






────黒曜のみんなが、まだ琥珀たちの周りで見守っていたことなんて完全に忘れて。






それは今までにないくらいのスピードで速やかに情報伝達されていたらしく、それを彼が知るのにも時間はかからなかったそうだ。












お土産屋さんも行って、リンくんや咲くんへのお土産も買い、みんなとおデートを終えた後──




お迎えが来ました。






アイスからの温室テンションで完全に昼間のことを忘れていた琥珀は、フラワーガーデンの出口に停まっていたいつもの送迎の車を見た直後には、既にガチンと緊張していました。


さっきまでるんるんとお土産袋を両手に持っていた琥珀は、ピシリと固まる。




車から降りてきた咲くんが口元だけ笑みを見せた時、琥珀は「あ、おわた」と、何かの終焉を迎えた気になりました。






そして、車に乗ってからだってそれは継続中であった。


だって。


だってほら、さ、咲くんさっき、ち、ち、ちゅ、




「パフェ食べたんだって?おいしかった?」


「ふぁい!!」




さっき、ちゅー……されちゃったじゃん!!?(※ほっぺに)




すっかりすっかり忘れていたけど、咲くん、琥珀にちゅーしたじゃん!!?(※ほっぺに)


前にもあったけど!!(※おでこに)


なんでそんなに普通でいられるの!!??


外国の人のスキンシップなの!!?




それとも咲くんからしたら琥珀はペットにスキンシップするようなものなの……?


そうだとしても琥珀は、琥珀は慣れてなんていないし、琥珀はこのなんともむず痒くて熱くなってくる気持ちをどうすればいいのか──。




「琥珀ちゃん?」


「ふぁい!!!」




少しかがんだ咲くんが、琥珀を覗き込む、車の中でもよくあるいつものシチュエーションで。




「こ、こ、こ、」


「うん?」


「琥珀は少々寝ます!!!」




私は逃げ出した。




「……え」


「お、おつかれさまですっ」




今咲くんをちゃんと見て話せる気がしないっ!!




キュッと目を瞑り、琥珀はひつじさんを数える。


ひつじさんがいっぴきー、ひつじさんがにひきー、ひつじさんがさん──そこまで数えると、ふと咲くんのいる反対側の側頭部にふわりと触れられる感触があると、直後に琥珀は引き寄せられていた。




トンッと当たったのは、咲くんの肩。


思ったよりしっかりしている、咲くんの──。




「もたれかかってていいよ」


「…………」




咲くんの三角筋。




琥珀はガチガチに固まったのでした。


ひぇ。


今日はなんでだか何しても咲くんが甘い、砂糖吐きそうです。


それにしても細く見えて意外と筋肉あるのねっ!!?




落ち着くのよ琥珀、咲くんは善意で琥珀に枕として自分を差し出してくれているのよっ!!ひっひっふ!!


その善意を蹴る訳にも行かず──というか驚いたのは最初だけだった。


彼の顔も見えなければ、逆にいつもの咲くんの香りに段々と安心感が増してきて……。


柔らかく頭を撫でてくれるのがもう……蕩けてしまいそうで。




咲くんの肩、いいなぁ。


本当に眠っちゃえそうだ……。


気持ちがよくて思わず擦り寄ると、咲くんが一瞬ピクッと強ばる。




「琥珀ちゃん」


「……はい?」


「他の男にはこう、擦り寄らないように。心をすぐ許しちゃダメだからね?食べられちゃう」


「琥珀、食べられたくないけど、咲くんまでカニバで……?」


「いや、カニバじゃなくて、ね」




そう、以前から喰うだなんだと人に向けて話されていた気がする。


主にそれはいおくんが言っていたから、まさか咲くんまでカニバのご趣味が……!?なんて思ってしまったのだけれど。




彼はその時、琥珀の首裏に手を回したまま背のシートを倒したのである。


頭を預けていた琥珀も一緒に倒れるけれど、咲くんの手に支えられたので頭に衝撃は受けなくて済んだ。


けれど。




ぽすっと一緒に倒れる咲くんが、上から琥珀を見下ろしていた。


見上げれば、優しく微笑む王子様。




首の裏を優しく撫でられ、くすぐったくてピクっと反応してしまう。


後頭部に回る、咲くんの意外と太い腕、座席に倒れて、誰にも見えない車の中。


ふたりだけで、いつもよりずっと近い距離で見つめあう時間。




一瞬の出来事だったのに、やけに長く感じた瞬間。


ゆるりと、その瞳が怪しく笑った。




「琥珀ちゃんはすぐ、他の男も虜にしちゃいそうで、不安なんだよ」


「……ふ、あん?」


「そう。未夜も雨林もいおりとも、下の奴らとも、仲がいいのは嬉しいことなんだけどね」




……リンくんはちょっとまだ、琥珀的には壁がある気がするけど、なぁ……。




「俺の事嫌いじゃない?」


「も、もちろん……嫌いになんてなれないよ、とってもお世話になってるし、助けて貰ってるし、優しいし……こ、黒曜のブレスレットだって大切に、」


「どうだろう?俺優しくないけど」




さっきから咲くんは何をしていて、なんでそんな話をこの体勢のまましているのか?琥珀は分からないけど、とにかく近い。


逃げ場がない。


逃げられない、心臓がどくどく、暴れ出す。




琥珀の手を取り、絡められる指先。


慣れない雰囲気を醸し出されて、顔に熱が集まってくる。




「さ、咲くんは優しいよ」


「琥珀は俺の事、優しいと思ってくれてるんだ」


「うん!そ、そうなのよっ」




緊張を誤魔化すように、ニコッと笑う琥珀に、咲くんも笑ってくれる。




「──じゃあ、ごめんね。そんなイメージを壊してしまったら」


「え?」




視線が混じり合い、近付いてくる顔に、思わず琥珀は目をぎゅっと瞑ってしまう。


あぁ、こんなことしちゃ何も見えないし、逃げられなくなるのに。




……と、直後、手の甲にフニッとした感覚が当てられた。


ふに、ふに、何度もそこに感じる。


そろりと瞼を開いてみたら、そこにキスが落とされていて、艶かしい視線とバチッと合ってしまった。




今度は口を開けて舌先を出す所で──え、まって?


まって?なに、なん、な、な……!!?




「咲くっ……!!」




ぬるりとしたその感触は、手の甲に広く伸ばされたと思ったら、指の関節一つ一つにキスを落としていく。


指を、絡ませ合ったまま、琥珀の緊張はピークで。




いや、もう……な、な、舐め……られてた時点で、もう、いっぱいいっぱいなんて通り越していて。


関節にキスを終わえると、今度は溝を擽るように、またチロチロと舐めていく。


なんでっ!!!??


くすぐったいような……でもなんか変な気分になってくるのが琥珀的には問題で。




「ふふっ汗かいた?」


「ひっ!?」




あせ……まさか汗の味がした……?




「は、恥ずかしいので、や、やめっ」


「いや?」


「いや、とかの問題じゃ……」


「じゃあ、おまけ」




咲くんは爪先にまでゆっくりと丁寧なキスを落としていく。




そして。




その指先を口の中に入れた。


食わ……れたっ……!!!




舌の感触がダイレクトに指先に伝い、


なんだこれ!なんだこれ!なんだこれ……!!!




琥珀のファーストペロちゃんも奪われてしまった……!!!



ざらついた感触が指先一本一本、丁寧に口の中で刺激されて行くのが、なんだかだんだん、変な感じになってきて。




いつの間にやら琥珀は、息を切らしていた。




「大丈夫?」




気付けば、呆然としていた琥珀に、起き上がってウェットティッシュを差し出してくれる咲くんがいて。


琥珀は……琥珀は食べられてしまう意味をほんの少し、理解したような気がした。




そうだ、今日の咲くんは、ちょっぴり意地悪なところもあったんだった──。















そして、あれから3日ほど、イチャイチャを探して読んでいる琥珀ちゃんは、前代未聞のパニック状態でここ三日ほどを過ごしておりました。




呑まれる。


咲くんに呑まれてしまいそうだと思った。


大切なものを愛でるような、けれど逃がす気のないような強い瞳。




思い出しては顔が熱くなり、どくどく、心臓が暴れ出す。


それはもう丸呑みされてしまうんじゃないかってくらい、主導権が彼にあって。




それがどことなく、心地よくて……。




琥珀の頭は使い物にならなくなって。




だ、誰にも言えないし、車の中でもずっと咲くんのこと避けちゃうし。


パニックで他に何も考えられなくなってしまっている。




それに。




「食べるって……カニバじゃなくて……」




あぁいうことなのかって、さすがの琥珀でも気付いてしまった。


ペロリ、食べちゃうんだ。


ゆ、指先を……!!?(ちょっと違う)




ということはいおくんも……あぁいう風に……?






黒曜の一階の本棚の前でいちゃいちゃシーンを探して回る琥珀も、なかなかにシュール。




どんな気持ちで?


どんな状況であぁなったの?


そもそもなんでそういう、雰囲気みたいなことに?


琥珀はどうすれば良かったの?


なんで、琥珀は避けなかったの……?




未知なる世界の入口で、琥珀は路頭に迷った迷子さんのよう。




「おい」


「……」


「おい、そこのラブシーンばかりに没頭してる煩悩痴女」


「………………ちじょ?」


「……はぁ」




聞いたことの無い言葉に反応した琥珀は、たくさんのハテナを頭に浮かべて、背後にいる、話しかけてきた彼を見上げた。


そこにいるのは雨林さん……もとい、リンくん。


ペンテクを教えてもらうも、ここ数日はソワソワしてしまっていて、ペンテクが実際どう使われてるか漫画を見てイメージ固めて来いとのことで、今日は一階の漫画部屋にいる。




「……なんかあった?」




ぶっきらぼうにそう話しかけてくるリンくんは、実は優しいところがあるんだってことを琥珀ももう知っている。




「……あったけど言えない」


「……はぁ?」


「い、言えないようなことがあった!」


「すーげぇ意味深な言い方」




なんて言うものの、さほどリンくんは悩むこともなく。




「キスされた?」


「はぅっ!!???」


「ちげぇの?」




なんで!!?


き、き、きっ……!!?


え、こ、琥珀が!?そういうことされちゃうとお思いで!!?





「な、な、なっ……!!?」


「なにお前、キスごときでそんなピーピー言ってんの?」


「ごとき……!!?」


「んな取り乱してたらアシスタントしてたらキスシーンくらい出て来んぞ」


「………………きすしーん」


「キスシーン」




なんでもないことのように言うが、少年漫画にキスシーンてそんなにあるんだろうか……?


え、まって、まだそういうのは早くない?


早くないの……!?




「連載じゃなくても漫画なんて描くからな」


「……そうなの?」


「例えば流行ってるお題。キスしないと出られない部屋とか。一ページ漫画とかイラストでも」


「!!?」


「世間にはそーいうのもあんの」




どんな世界なのそれ!!??


世間にはまだまだ、琥珀のしらない世界があったらしい。ぷぇ。




「で、誰にされた?」


「ぷぇ!!??琥珀き、き、キッ……されてないよ!!」


「はぁ?じゃあ何?噛まれた?」


「ぷぇ!!!!!」


「わかりやす」




そう言って鼻で笑うリンくんは、近くの椅子にどかりと座った。




「まぁ三択だろうけど……でもあいつは最近大人しいか」




なんて言うリンくんは、琥珀に三本指を向けていたうちの一本を仕舞う。


二択……?




「まぁ、どっちでもいいけど」


「リンくんの推察力怖い」




この人、ただのアシスタントさんじゃない、だと……!?

(琥珀がわかりやすいだけ)




「そういや、未夜話したって?家出のこと」




席の近くの本棚から漫画を取り出してパラパラとめくるリンくん。




未夜くん……そう、未夜くんだ、未夜くんのこともあった。


リンくんは未夜くんを黒曜に来る前から知っていたはずで、どんな状況かもわからなくても気付いて、助けられるように動いてくれて。


それにお洋服とかも貸していて。




あの時話してくれた未夜くんを思い出して、思わず涙腺が痛くなってくる琥珀。


『家族』に責められるって、どうしてそんなことになってしまうんだろう。


あんなに優しい、未夜くんに……。




「……リンくんがいてくれて、よかった」


「は?」


「琥珀は、細かいことなんて全然知らないけど、でも……家族が怖くなるってよっぽどの事だと思う」




鼻の奥も、つんとする。


今でもあの話にどう返せば、未夜くんの心が楽になるかなんてわからない。


どう支えればいいのかなんてのもわからない。




でもやっぱり、寂しい時は琥珀、たくさんパパンにもママンにも一緒にいてもらってたから。


それで琥珀は安心していたから。




「未夜くんも寂しくなっちゃわないように、一緒にいられる時に一緒にいることくらいしか、琥珀は思いつかないや」




それでいいのかなんてわからない。


もっと色んな経験をしていたら、なにかしら正解がわかるのかもしれない。




でも琥珀は色々と経験不足で、まだまだこういう時どう返したらいいかなんてことはわかっていなくて。


でもせっかく話してくれた未夜くんの気持ちは受け止めたくて。




「気遣いとかいらないから、今まで通り接してやって」


「……え?」


「あのことを話してお前の態度が変わるようなら、話したことを後悔するだろ、負担にさせたかもしれないって。だから」




今まで、通りに。


その発想はなかった。




でも、確かにそう思う。


未夜くんはとても優しくて、気遣ってくれる子だから。




「琥珀に話してくれたこと、後悔させたくないっ」


「なら態度を変えるな。話を否定しないでちゃんと聞いてやってりゃアイツもきっと楽に話せるようになる」




捲っていた本をパタリと閉じたリンくんが、琥珀をまっすぐにみつめて言う。




「お前だから引っ張り出せた未夜の本心だ。お前なりに大切にしてほしい。アイツは我慢しすぎる」




まっすぐ向けられるその瞳は、本当に未夜くんのことを心配してくれている、お兄さんのような瞳で。




「うん、変わらず一緒にいるよ。ありがとう、リンくん」




嬉しそうに微笑んだことに、彼自身は気付いているだろうか?


リンくんも、とってもとっても優しくていい人だ。


ちょっぴりお口は悪いけどね。
















■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□



まだまだ療養中、RIMでーす٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

今回、悩みましたがほんのちょっとだけ頑張っていただきました!!


じれじれ展開お楽しみいただけたら幸いです!

やっとラブコメらしさのラの字が出てきた気がする。




⇓ついった⇓

@rim_creator

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