27.家族が怖いと思ったことはある?
「じゃあまた、夕方迎えに来るから」
咲くんはそう言って、琥珀と黒曜のブレスレットをゆるりと撫でてから、一歩遠ざかる。
咲くんに貰ったお気に入りのブレスレットは、今日も琥珀の手首でキラキラと光を反射していた。
咲くんと一緒にいる時のゆったりとした時間が好きな琥珀は、少しそれを寂しく思ってしまう。
さっきまではなんだか、近かったから。
「迎えにって……それまで咲くんはどうしている気なの?」
「すぐ隣のカフェでネーム作業してくるよ。インスピレーションも受けたし」
「……わざわざ待っててくれなくても大丈夫だからね?琥珀、ちゃんと帰れるよ?」
「そうじゃないよ」
咲くんは私の頬を人差し指の背で撫でながら、ゆるりと淡い花のように儚い笑みを見せる。
「おれが琥珀を送りたいの」
やっぱり、今日の咲くんはなんだか、変だ。
だって、さっき琥珀を攫った時だって、今だってまた……。
そしてふと、近づいてくる顔に、琥珀は「え?」と思考を停止させて。
「待ってるからね」
そう優しく囁いて、ほっぺにちゅーされた。
「あ、戻ってきた琥珀」
「なんかアイツふらふらしてんぞ」
とた、とた、とた、おぼつかない足取りは、咲くんの衝撃によるもの。
ほっ……ほっぺ……。
ほっぺが熱い。
「琥珀?」
近付いてのぞき込んで心配してくれる未夜くんに、さっきまでの咲くんが重なるように見えて。
琥珀は両手で視界を閉じた。
ないない、です。
きゃぱおーばー!!ですっ!!!
琥珀はその場で足をダムダムと足踏みする。
な、ど、ど、なっっっ!!??
「どうしたのよ琥珀。いおから聞いたけど、咲さんといたんでしょう?」
「ごめん琥珀、咲に釘刺されたんだよね?目を離さないようにって……いおりから聞いた」
「それにしてはなんか……反応おかしくない?」
みっちょんは足踏みを止めて抱きつく琥珀の頭をなでなでしてから、そのまま手をするりと琥珀の首に当てた。
「ふぃあ!!」なんて思わず声の出てしまう琥珀に、「首あっつ」とみっちょんが呟く。
「くすぐったいよ、みっちょん」
「ごめんごめん、でも赤いから。ちょっと休む?」
そう言われて思わず顔を上げた視界で、みっちょんの首に……なんか見える。
それは髪で隠れる位置だし、小さいけれど、赤くて……なんだろう、あざ?にしては赤い……。
ぼーっとその首を見つめていると、みっちょんは何か「はっ」と思い出したかのように、その首を隠した。
……隠した、ということは、それがあることを知っているということなんだ。
ぼーっと首を見つめるけれど、それがなんなのかよくわからない。
「琥珀、アイスを食べに行くわよ」
「あいす!!!!!???」
全てのモヤモヤなんて「アイス」の言葉でひとっ飛びして行った琥珀の頭にはもう、アイスのことしかない!
あいす!みんなであいす!!!るんるん!!
「ハァ?アイスだぁ?」
「日も上がって暖かい時間帯なんだから別にいいでしょ」
なぜか地図とにらめっこしていたいおくんが、みっちょんに向けて眉を顰める。
「パフェでも食べたいわ。奢りなさい」
「あー……バレた?」
「奢れ」
「へいへい」
意地悪そうにニヤニヤ笑っているいおくんたちの一方で、琥珀は未夜くんにごめんなさいをし合っていた。
「未夜くん、心配かけちゃった?」
「肝が冷えた」
「ひぁ!!ごめんなさい!!」
「でも俺たちが悪い。あれが咲じゃなかったら琥珀はまたなんかされる羽目になってた」
「な、なんか……」
た、たしかに、体育館の時もちょっとなんか危うかったような気も…………鼻血の印象が強くて細かいことは覚えてないや。
けどなんやかんや言われてた気がする。
そういえば体育倉庫に引っ張りこまれた時のあの子たち、あれから学校で見てない気がするけれど……どうしたんだろう?
「どうして琥珀はそんなに狙われてるんでしょう?」
「黒曜で唯一の女だから?」
「………………ほぇ?」
未夜くんは私に説明してくれるけれど、琥珀にはちょっと意味がわからなかった。
「確かに黒曜には、琥珀しかいないみたいだけど……」
「ここに入れる女は基本琥珀だけだから、弱みとか嫉妬とかで狙われるらしいよ」
「……琥珀だけ?」
「そう、琥珀だけ特別。まぁ咲が防いでるだろうけど」
ここに来て、琥珀は初めて自分以外の女の子が居ないことを意識して考えていた。
琥珀しかいない……?
「なんで???」
「本来、
「かっ……」
彼女さん……しか??
でもまって、琥珀は咲くんの彼女さんではないよっ!
「咲の部屋もそうでしょ、誰も入れない決まりになってる」
「で、でも琥珀はこの前寝かせてもらっちゃってたよ……!?あれ、いけないことだったのかなぁ……」
「いや……まぁ、黒曜のルールは咲だし、いいんじゃない?嫌だけど」
「嫌なの!!??」
未夜くんは少し不機嫌そうな顔して、琥珀から視線を逸らして下を向いた。
「琥珀が咲の色に染まるのは、俺は気に食わないよ」
咲くんの、色……?
「咲が黒曜の
「……」
ふと、リンくんの説明してくれた話が頭を過ぎる。
『黒曜には
咲くんには、黒曜のルールを変えてしまえるくらいの力がある。
それだけじゃない、たしかに人を導く力があるし、琥珀もそうして導かれてきた。
いつの間にか心の隙間に入り込んで安心できる存在になっていた咲くん。
「俺だって、咲が受け入れてくれなきゃ、家出なんて出来なかった。琥珀だって、アシスタントとして咲に見つかって、黒曜へ来たでしょう?」
「う、うん」
そういえば、未夜くんは家出してる身だった。
どうして家出をしてるんだろう?
琥珀は、まだまだ知らないことばっかりだなぁ。
「咲って不思議な人で、色んなことを受け入れてくれるんだ。俺も最初家出した頃は、黒曜の倉庫の外に出られなくて。でも咲が話しかけてくれるうちに少しずつ大丈夫になってきた」
「……え?」
「……俺、人が怖かったんだよ」
花壇の端のベンチに促されると、琥珀は未夜くんの隣に腰掛けた。
みっちょんはまだ地図を挟んで口論しているようで……どうやら現在地を教えているみたいだった。
「情けない話だと思うけど、俺話すの苦手」
確かに、最初の頃がそうだった。
口数が少ないかと思っていたけれど、ゲームで打ち解けていって、トーンの扱いを教えて貰って。
どんどん話してくれるようになったのだ。
「……未夜くん、琥珀によく話しかけてくれるよ」
「それは琥珀と話したいから」
「……!!!琥珀も未夜くんと話すの好きだよっ」
未夜くんは困った顔をすると、その頃のことを思い出すように空を見上げる。
その悲しみの滲む顔の理由を、琥珀はまだ知らない。
「咲と出会った頃……夜、雨林に連れられて黒曜の倉庫に入ったんだけど、その頃は本当に何も話せなくて、ひたすらずっと怖くて」
「……」
「最初に話しかけてくれたのが咲だった」
初めて聞く、未夜くん自身のお話だった。
「琥珀は、家族が怖いと思ったことはある?」
「……どうだろう、琥珀のおうちは…………、優しすぎるからなぁ……」
「優しすぎる?」
「琥珀、ちっちゃい頃ちょっと体が弱かったの」
だから、だから琥珀も、未夜くんに。
少しだけ、おかえしに。
「だからちょっと、その名残で」
「過保護?」
「うーん、でもパパもママも、琥珀は好きなの」
琥珀はちょっとだけ、他の人より体調を崩しやすくて。
でもお絵描きが好きだったから、できる限り色んな景色をって、車で連れて行ってくれて。
体の調子が悪い時はずっと付き添っててくれて。
お勉強についていくのも、ちょっと大変だったなぁ。
「未夜くんは、家族が……その、怖いから、黒曜に来たの?」
聞いていいのか、少し悩んだ。
琥珀は人と関わる時間が足りていないから、そういう気遣いみたいな所が欠けてしまっている。
だから、踏み込んでいいのかダメなのか、境目が曖昧で。
でも。
「うちの家族は、ずっと俺を責めてくるから」
未夜くんは、話してくれた。
「ずっと……?」
「ずっと。俺が目に入れば何かしら干渉されるし、片っ端から否定される」
「……っ」
「好きになったものも、自分の失敗も成功も、友達関係から趣味まで。ずっと粗探しされる」
寒気が、背中から首元までかけ上げてきた。
なに、それ。
なんで?未夜くんこんなに優しい子なのに……?
そんな苦しそうなこと、これまで欠片も見せたことなかったのに……?
琥珀は、なんて言っていいのかわからない。
「そんなことに慣れてる自分もいた」
「……っそれは、」
「でも雨林が、黒曜に入ったんだ」
慣れちゃいけないこと、そう思った。
でも未夜くんのことを少しでも否定したくない気持ちもあって。
琥珀は、息が詰まって言葉をうまく紡げない。
「リンくんが、先に黒曜に……?」
「雨林も絵をよく描いてて。いおりがスカウトしたって」
「最初に会ってたのはいおくんだったんだ……」
「そう。それで咲のことも知って……『そんなとこ家出しておいで』って、雨林を通じて聞いた。家族は八方美人だけど、雨林も薄々気付いてたみたい。」
琥珀は、こんな時どう声をかけていいのかわからない。
欲しい言葉はわからない。
でも、琥珀の伝えたい気持ちはわかる。
「未夜くんがいてくれて、琥珀は嬉しいよ」
鼻の奥がツンと痛み、目元が潤んでくる。
琥珀は弱いなぁ、弱いけど、弱くてもいいかな。
でもきっと、強いとか弱いとかの問題じゃない。
そんなに苦しい状況から逃げてこれるなんて、ものすごい勇気が必要だったはずだ。
家族が怖いなんて、それに慣れちゃってるだなんて。
一番味方であってほしい、家族に……。
ダメだ、いけない、琥珀が困らせちゃダメなのに。
「未夜くぅぅぅんんんんん」
琥珀の涙腺は大崩壊してしまった。
「なに!!?琥珀どうしたのよっ!!??」
遠くからみっちょんの声が聴こえて少し安心するも、琥珀は首を横にふりふりすることしかできない。
「みゃ……みやくんが優しすぎて、うぇっ」
「吐くんじゃねぇぞ?」
「吐きませぬ……うぅ……」
「あらあら、まったく」
みっちょんがお母さんのように、琥珀にハンカチを当ててティッシュも手にもたせてくれた。しゅき。
琥珀はずっと寂しかった。
学校行けない日、遊びに行けない日、パパンとママンがいてもどこか、寂しかった。
同い年の子となかなか遊べないのは、寂しい事だった。
そんな時に、もっと早く未夜くんと出会えていたなら。
子供の時から琥珀が健康だったなら。
いやでも学区がたぶん違うから会えないかもしれないけど。
「ふっ」
吹き出す声に顔を上げれば、未夜くんは優しく笑っていた。
「ごめん、俺も琥珀と会えて嬉しかった」
よしよしと琥珀の頭を撫でてくれる。
されてばっかりじゃダメだと思って、琥珀も未夜くんの頭を撫でると、お互い撫で合っているような形になる。
ちょっと変な格好だ。
「……なんか知らないけど、あんたたち本当に仲良いわね。嫉妬しちゃいそう」
「みっちょんも大好きだよぉぉぉ」
「ちょ、鼻垂らしたまま抱きつかないでよっ」
優しすぎるみっちょん様は、なんだかんだ言っても琥珀のことを受け入れてくれる。
とっても素敵なお友達なの。らびゅー。
そんな私達三人の前に地図片手に偉そうに立ついおくん。
「んで?ミツハは?」
「は?何?」
「俺の事大好きじゃねぇの?」
……そんな、なんだかすごいことをこの流れでぶっ込んできた、いおくん。
……え?まって、え?
「さぁね。嫌いじゃないわ」
「ツンデレか」
「いおに地図叩き込んだことだし、泣き止んだらアイス食べに行くわよ、琥珀!」
「あいす!!!!!」
琥珀はすぐさま泣きやもうと、目にハンカチを一生懸命擦り付けていた。
「それで、いおくんとみっちょんは地図見てなにしてたの?」
喫茶店までのその道中、琥珀は気になっていたことを二人に聞いた。
「まず現在地を地図で聞いてみて、やっぱり把握してなくて。じゃあ私たちが入ってきた入場ゲートは?って聞いてそれもわかってなくて。じゃあアンタが行方くらました場所は?って聞いてもわかってなかったわ」
「赤に連れてこさせたからな」
「そういえばその赤ちんは?」
赤ちんに咲くんのところまで連れてこさせたらしいけれど、その赤ちんの姿が見えない。
「アイツなら逃げたぞ」
「え?」
「まさかお前らが、俺を咲んとこに連れてきた奴を知ってたとは思わなかったけどな」
「……なんで赤ちん逃げたの?」
琥珀がいおくんにそう尋ねれば、いおくんは静かにスッとみっちょんに顔を向けた。
……。
…………え、みっちょん?
「なによ、私から逃げたって言いたいの?」
「そう」
「否定しなさいよ、マジかよなんでよ」
「怖がられてんだろ」
「不良のくせして何ビビってんのよ」
そう言ってぶすくれるみっちょんも、可愛かった。
そうだよね、みっちょんほんとは心がほっかほかしてて人想いなんだもんね。
琥珀はみっちょんの優しいところ、たくさん知ってるよ。
それから琥珀たちは、近くの喫茶店へと入ってパフェを頼んだ。
お会計はなぜか全部いおくんが持ってくれるということになっていて驚いたけど、みっちょんが容赦なくパフェやデザートを頼んでいたので、琥珀もちょっと便乗した。
このお返しは、琥珀が画力を上げて精一杯アシスタントとして頑張るからねっ!!!
未夜くんはコーヒーゼリーを頼んでいて、いおくんはがっつりとボロネーゼを頼んでいた。
おやつの時間なんだけど、男子高生は食欲がすごいなぁ……。
いおくんは、デザートを楽しく食べている私たち──いや、みっちょんを眺めて、優しい瞳を向けていたけれど。
琥珀と夢中で話してくれているみっちょんは気付いていないみたいだった。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
ちょっと調子乗って早め更新ができました٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
ワクチン打ってきたばかりのRIMです、寝転んでのお届けです。
梅雨が終わった衝撃に耐えられない。
男子軍、ちょっと動き始めました!(やっとか!!)
もうちょい頑張ってくれてもいいんだぞ
⇓ついった⇓
@rim_creator
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