16.少女漫画漬けとは?






「くれぐれも!」




その場に収集されたメンツが、屋上の風に靡く巻き髪の中にある小顔に各々注目している。


両手を腰に当てた彼女は私の前に仁王立ちして、座らせた彼ら四人を見下ろして告げた。




「くれぐれも、ウチの琥珀を穢すことのないように誓って頂きたい」




みっちょんのその凛々しい眼差しは、黒曜のメンバーである咲くん、いおりさん、雨林さん、未夜くんを射抜いていた。


頭をこっくりこっくり、船を漕ぐ未夜くんに、みっちょんの右脚が上がる。




「待ってみっちょん!!!大丈夫だから!!!!」




その上げた右脚で何する気だったのみっちょん!!?


慌ててみっちょんの腕を引いて止めた。


みっちょんなら本気で蹴りかねない。




「なにも大丈夫じゃないのよアンタ、これから少女漫画漬けにするんだからね!!?」


「なんで少女漫画!!??」




みっちょんはグイグイと琥珀に迫ってくると、大きなため息をひとつつく。


ダメだよみっちょん!


幸せが逃げて行っちゃうよ!!!




「琥珀の精神年齢低すぎ。友人関係広くないし、流行りにも鈍ければ18禁にも鈍すぎる!保健の授業じゃ正式名称は知ってても隠語のバリエーションがない!!」


「18禁は18歳になんないと見ちゃダメだから18禁なんじゃないの……???」


「アンタその状態で男に迫られてみなさい、キャパオーバーしてトラウマになるからね?ただでさえ溜まり場って所に行ってんだから治安良くないのよ?わかる?」




みっちょんの言いたいことは……男の人に迫られたら琥珀の頭がパァンてなるから、少女漫画で慣らせ……ってこと?


確かにずっと絵ばっかり描いてて、友達関係は全然広くないけど……困ってなかったもん、むむぅ。




正座している咲くんが手を上げると、みっちょんは「発言を許可する」と言って腕を組んだ。


すごく偉そうだけどなんか仕切っててかっこいいよ、みっちょん。




「あの、つまり……琥珀ちゃんは危機感が足りないってことかな?」


「危機感も何も、頭の中がガキなのよ。散々いおが変態発言してようがなんも気付いてないのよ」


「な、なにもじゃないよっ!いおりさんが普通じゃない発言してるのも聞いたことあるよっ!!」


「聞いたことあるレベルなのがおかしいのよ!!コイツ口開けばアッチのことばっか発言するからね!?ホイホイ頷かれてちゃ困るのよ!!!」




ひぇっ。


いつもより凄まじい勢いのみっちょんに、私は肩を震わせる。


気迫がすごいよ、みっちょん。


いおりさんにも負けてないよっ!!




「セックs「黙れクズ」」




突然口を開いたいおりさんに、それを遮ったみっちょん。


数秒思考が止まり、けれどそれはさすがに授業でも聞いて知っている単語だったから、遮られようともさすがの琥珀ちゃんでも顔が逆上せてしまう!!はわわわわわわ!!!!


お外で!!


学校で!!


胡座をかいてすました顔してなんて発言ぶっ放そうとしてるんだ!!!




「中学生かよ」


「精神年齢的には大体間違ってないわ」


「は、はれんち!!!」


「だからそう言ってるからこうやって収集かけてんのよ。ここにいる誰にいつ手を出されてもおかしくないの」




手を出されるとか、変態さんだとか、そんなの考えたこともなかった。


ただ画材が使い放題で……それで、お仕事しながらスキルアップしつつ、楽しいことたくさん、みんなでして行けたらなぁ……って。


だって琥珀にとっては黒曜はお仕事場でしょう……?




「アンタ咲さんに抱きつかれた時ですらあの後10分は放心してたでしょ」


「あれは誰でもなるよねっ!!?」




は、はじめてだったんだよ!!?


男の子からの……ファーストぎゅーだったんだよ!!?


ついこの前ファーストあーんを経験して未夜くんには慣れてきた琥珀ちゃんには、大事件だったんだよ!!??




その言葉に反応するかのように、未夜くんの眠そうな瞼が持ち上がってこちらをじろりと見る。


え、なに?起きたの?おはよう?




「俺だってあーんしてもらったことある。俺のが先」


「……琥珀、見なさい。既に対抗心燃やしてる奴がいるでしょう?」


「た、たまご焼き食べたそうな顔してたから……」


「問題はそこじゃないんだわ」




額に手を当てて悩ましげなみっちょんも美しい……いや、そうじゃなくて。


どうやら琥珀の精神年齢がお子様すぎて、みんなとの会話と足並みを揃えられていないらしい。


うぅん、日本語って難しいなぁ……。




「毎回そいつに説明すりゃ解決するってことじゃねぇの?喰うもヤるも犯すもセ──」


「口にガムテープ貼り付けるわよ」


「………………」




い、いおりさんが黙った……!!!!


どこからともなく取り出したガムテープをチラつかせると、黒曜メンバー一同ビクッと大きく肩を跳ねさせる。




早くも主導権は我らがみっちょん様にある……!!!


琥珀も言葉遣いには気を付けねばっ!!




ふと、未夜くんの隣に座る雨林さんへと、みっちょんの視線が向く。




「そこのアンタ。全く会話に加わってこないけど聞いてんでしょうね?」




そう指摘するみっちょんが見ている先には、片膝に頬杖を立てている雨林さんが、面倒くさそうな顔して話を聞いている。


未夜くん同様、眠そうなような、けれど瞼はしっかりと開かれている。


だるそうな視線が私へと向き、それからみっちょんへと移される。




「俺はソイツに興味無いから。馬車馬のように働いてくれればそれでいい」


「いや全然よくないわ」


「ひ、ひどい……」




馬車馬……!!!!ひぇっ!!!


確かに雨林さんは仕事のことと未夜くんのこと以外は全然関わってこないとは思っていたけど!!


そんな扱いになっていたとは!!!




数日後にはこの人からペンテクを教わるだなんて、スパルタに間違いない……既に怖い。




「興味無いのはいいとして。ふざけた扱いするようならその利き手折るわよ」


「女に脅されたところで──」


「いおりが、だけど」




ヒュウ……と屋上の冷たい風が、私達の間を通っていく。


冷たく言い放つみっちょんに、空を見上げていたいおりさんが重そうに首を傾げる。


なんか、メンチをきられてるようにも見える角度だ……。




「……は?」


「どうせそこの二人がツートップなんでしょう?いお、アンタ私に刃向かえる?」


「………………」


「ほら。安心なさい、相当酷い状況じゃなければ口出したりなんてしないわ。最悪の事態を想定しての忠告よ」




いおりさんはどうやら、さっき言われた「口にガムテープ貼り付けるわよ(※黙れ)」を守っているようで。


どうやらみっちょんに刃向かう意思はないように見える。(怖いけど)


みっちょん、君は一体いおりさんのどんな弱みを握っているんだ……。




「……チッ、めんどくせ」


「琥珀、コイツの名前は?」


「う、雨林さんですっ」


「覚えておくわ。灰髪眼鏡」




早速聞いた名前を総無視しなさった!!!!




「咲さん、いお、灰髪眼鏡、それと……未夜?って言ってた?」


「俺、雨林といとこ」


「そういうことね。覚えておくわ。じゃあ琥珀」


「はいっ!!」


「私が釘刺せる分は刺したから。なんかあったらいおか私に話すこと。危ないと思ったら何時でもいいから電話繋げること。防犯ブザーを身に付けておくこと。画材に釣られて遅くまで居座らないこと」


「ひぇっ!!!」




初日の自分を見透かされているようだった。


みっちょん、琥珀の生態を理解しすぎている!!すごい!!怖い!!!




「そういえば、少女漫画っていうならウチにもあるけど、それでもいいかな?」




相変わらず綺麗に正座している咲くんが片手を上げて発言する……けれど………………?


少女漫画まで持ってるの???


ほんと、咲くんはいろんなお話に手を出しているんだなぁと感心する。




「確かめに来る?一応恋愛シュミレーションゲームとかも揃ってるけど」


「……マジで?」




みっちょんが私を見るけれど、私はまだその漫画の置いてあるところを見たことがなかったから、首をふるふる横に振る。




「それは初耳だよっ」


「画材使い放題に、作画資料見放題に、(少女含む)漫画読み放題……?」




あ、みっちょんまでグラついている。


顔に「いいな」って書いてある。


そんなみっちょんの様子を見て、私は咲くんに目配せする。




「丁度今日、打ち上げパーティするから、来て確かめてみてよ、ミツハちゃん?」




日の下で綺麗に微笑む咲くんは、そう甘く誘ってきた。
















「溜まり場とは聞いていたけど、黒曜だなんて聞いてないわよ」




黒曜、二階のソファーで作業部屋を眺めながら、みっちょんと一緒にパーティーの待機をしていた時だった。


みんなは各々準備があるらしく、ここで待つように言われた。




「みっちょん、黒曜のこと知ってたの?」


「知らないのはアンタくらいじゃない?この辺りの不良は大体ここに集まって、就職先もここのコネで決められるらしいわ」


「それは……私もアシスタントさせてもらってるからなんか説得力があるかも」


「アンタここのメンバーじゃないくせにね」


「あ、そのことなのですが……っ!!」




改まって背筋を正して座る琥珀に、ココアの入ったマグカップを口に付けていたみっちょんが眉を顰めてこちらを見る。




「嫌な予感がする」


「一昨日をもちましてっ!!」


「アンタまさか黒曜に入ったの?」


「使い放題見放題の魅力に負けて、未夜くんと同期で加入する流れとなりました!!!」


「あのクソ王子めっ!!!!」




ゴットンと机にマグカップを打ち付けるとココアがこぼれそうになって、琥珀はヒヤッとした。


マグカップ割れちゃうから落ち着いて!!?




「で、でもたまり場って言った時、みっちょん黒曜かなんて聞いて来なかったのに……?」


「あの王子が不良の溜まり場にいるだなんて思わなかったのよ!いおならわかるけど……クソ頭固そうなメガネもいたしね」


「雨林さん涙目」




みっちょんの中では、相当雨林さんの印象が悪くなっているらしい。


まだ一度も名前を呼んでいる所を聞いたことがない。


まぁ初めましてが今日だったんだけど。




「ここに入るメリットあるわけ?」


「『騒がしくて仲間意識の強いたくさんメンバーと、仲良しになれる』そうです!!!」


「クソいらねぇな」




どんどんみっちょんの口調が悪くなっていくよっ……!!!




「どんな所かもよくわからないのに……よくもまぁホイホイと決めたわね?」


「さ、咲くんが絶対君主なのできっと大丈夫で……あとは画材……」


「絶対画材に釣られたでしょ」




背もたれにぐったりともたれかかったみっちょんは「はーあ」と大きな溜め息を吐きだして幸せを宙に散りばめていく。


その幸せが見えたなら、搔き集めて捕まえてみっちょんのお口の中に戻してあげられるのになぁ。




その時ふいに、ここと階段を繋ぐ扉が開かれて、みっちょんと私はそちらを振り向いた。


現れたのは今の今まで噂していた、咲くん。




「お待たせ。ちょっと移動してほしいんだけど、いいかな?」




じとりとしたみっちょんの視線にも慄く素振りを見せない、さすが黒曜のリーダーだ。




「そもそも黒曜の頭っていえば、笑顔を崩させたら殺されるっていう噂じゃない。代替わりでもしたばかりなの?それとも咲さんの上にまだいるわけ?」


「殺……?」




なんだその物騒な噂は???


階段に導かれて降りながら、みっちょんは咲くんにそう尋ねていた。




「うん?ここの頭は一年前から俺だよ」


「それじゃ、なんだかまるで咲さんの笑顔を崩したらヤバイって言われているようじゃない」


「うーん、そうだねぇ。まぁ本当に人を殺したことはないけれど」




一階、私たちが普段使っている部屋のすぐ真下の部屋の扉へと、咲くんが手をかける。


開かれた先には、まるで本屋さんのように棚に並ベラれている本がぎっしりと広がっていて、息を呑んだ。




扉を開いたまま、咲くんが振り返る。




「不良の溜まり場の頭にいる人が、そんなに生易しい人間なはずもないよね?」




ニコリ、いつも通りの笑みなのに、その言葉は重くて。


グッと、緊張で胃の上部が締まるのを感じた。




咲くんはずっと穏やかな表情をしているのに、時々すごく怖く感じる瞬間がある。


ずっとではなく、一瞬顔を見せて、すぐに元に戻っている。




「どうぞ。書斎……というには小説や漫画ばかりだけれど。奥には画材を置いている部屋と、そっちにはベッドもあるよ」


「下の階にもベッドがあるの?」


「こっちはよくいおりの使っている部屋だから」


「不潔ね」


「……うん??」




みっちょんの言う『不潔』もよくわからない、綺麗なお部屋だけれど。


真ん中には木製テーブルと椅子が置いてあって、座って読めるようになっているみたいだ。




「大きなテレビもあるのね」


「それはゲーム用。未夜がよく使っているよ。俺もよくこの部屋で本を読んでいて、ここにあるものは大体もう読んだね」


「すごい……」




ジャンルごとに分けられているのか、背表紙で少年漫画や少女漫画、漫画の資料集などがすぐにわかる。


綺麗に整頓された部屋は、本当に本屋さんの漫画コーナーのようだ。




「あそこの一角だけ、注意してほしいんだけど」




そう言ってそちらに向かっていく咲くんの背を追って向かおうとすると、背表紙の文字が見えて来た途中でみっちょんに腕を掴まれて止められる。


みっちょん……?




「ここから奥の棚、18禁だから。男性向け女性向け、BL、GL、TL、オトナとまぁ、いろいろ揃ってるんだ」


「……呪文?」


「ジャンルよ。まだ琥珀には早いわ」




ちょっと見えた限りでは、ペットとか、溺愛とか、縛……?なんて文字が見えた気がするけれど、すぐにみっちょんに引きはがされて、結局よく見えなかった。


けれど琥珀にとっては呪文のように想像も理解も出来ない言葉たちである。




「というか、女性向けまで揃ってる意味が解らないわ。他の女の子用?」


「絵の好みとか、話の構成やキャラの動きは、男女で好みが違うから。男性向けに偏らないで女性向けにも手を付けてるだけだよ」


「雑食……」




唖然とその一角を横目で見るみっちょんを置いて、私は少女漫画の方へと足を向けていた。


テキトーに可愛いピンクの表紙の漫画を手に取ると、その表紙には、はだけたドレスを身にまとった女の子とはだけたスーツの男の子が絡まっていて――スッと静かに元あった場所へと戻した。


少女漫画とは??????????




「あ、ちょっと。フレンドはまだ琥珀には早いからチャオとかなかよし辺りからにしなさい」


「……コレ全年齢なの???」




別の作品を手に取ると、今度は水にぬれた男女が笑い合っているような楽しそうな表紙だった。


よかった、こっちは健全ぽいぞ。




「雑誌の読者層や方向性にもよるけど、モノによっては結構際どいのもあるから覚悟しなさい。ポロリはないはず」


「その……18禁との違いとは……?」


「局部を見せないでサラッと流してるとか、エロの頻度?」


「ひんど……」




世の少女たちはこういった作品を読みながら成長していくのか……。


琥珀よりも大人かもしれない……!!!




「咲さん、琥珀にはココ使わせて貰えるっていう認識でいいの?」




先に椅子に腰かけてこちらを眺めていた咲くんに、みっちょんは尋ねる。


ゆらり、と首を微かに傾げる髪が横に流れ、頬杖をつく咲くんは目を細めて綺麗に笑う。




「いいよ。アシスタントする時は上だけど、ここに来たときは上でも下でも琥珀ちゃんなら自由に使っていい。ただ下の奴らが全員いい奴ってわけでもないから、そこは気を付けて。まぁ未夜も来るから大丈夫だろうけどね」


「自由に……って!もしかしてそっちにある画材も!?」


「うん。使うときは上に持って行って作業するといいよ」




キラキラと輝く咲くんの笑顔に、琥珀の目もきらきらと輝く。


なんとおいしい、なんと素敵な。


よだれがじゅるり……いかん、はしたないわ琥珀っ!!




「琥珀にとったら少女漫画のキュンより画材の方が魅力的なのね」




やれやれと言いながら背表紙とにらめっこするみっちょんが、一つの作品を手に取る。




「というわけで琥珀、まずは王道から読むわよ」




そう言ったみっちょんから手渡された表紙には『君へ届け』とタイトル名が記されている。


映画化もアニメ化もした、琥珀ですら知っている、王道中の王道作品だった。




琥珀、少女漫画デビューします……!!!

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