5.女神さんて何?
「おはざーっす!!!」
日替わり?なのかわからないけれど、昨日とは違うメンツ二人が、お昼頃に現れた。
腰から綺麗に直角にお辞儀している、凄く綺麗に。
トレース台と机が並ぶ作業部屋(?)の隣にいた私たちは、ゲームを終えてから一度作業部屋に戻るために、その扉を開いた。
そして直後に、そのでかでかとした気合いの入った挨拶が聞こえて来たのである。
「おはよ」
隣にいた未夜くんがそう挨拶を返すから、私も、「お、おはようございますっ」とぺこりと頭を下げた。
今日の子たちは、まだ作業に入っていないからか、ちゃんと私を認識してくれている……。
昨日もいたような赤髪の子と、お初のほぼ白髪の子、そして未夜くんの青色に紫を滲ませたようなプルシアンブルー。
うん、赤白青……今日はフランスだな。(国旗の色)
と思ったところで、ふと疑問がまた湧き出てくる。
今、お昼なのにおはようって言ってた??
スマホの時間を確認すると、お昼を10分程過ぎた時間。
あれかな、テレビかなんかの業界でもおはようって挨拶するのと同じ感じなのかな。
私はまだ業界的なことは全然知らないし、用語とかも美術で普通に使う分以上のことはわからない。
けれどきっと、こうしてちょっとずつ知っていくことになるんだろうし、わからなければ咲くんや未夜くんに聞けばきっと答えてくれる。
……咲くんに至っては、漫画の作業に関わってるのか、結局わかっていないのだけれど。
と、作業部屋の奥にあるソファーとローテーブルのある空間に未夜くんに連れていかれている時、ふと気付いたことがある。
さっき怒られていた金髪くんがいないけれど、どこへ行ったんだろう……?
なんなら昨日倒れた青髪くんも朝から見かけていない。
けれど、未夜くんに聞こうにも、それが誰のことなのかわからない……カラフルな頭の子がいっぱいいすぎて。
むう、と頭を捻っていると、コンビニ袋を手にさっきの赤髪くんと白髪くんが向かいのソファーに座った。
そしてその袋を逆さまにしてボタボタと大量のおにぎりを机に広げる赤髪くん……。
豪快だね赤髪くん!!?
そのおにぎりに私以外のみんなが手を付けている時、ハッと気付いてしまった。
「赤髪くん!!!」
「…………は!!俺ですか!!?」
「あなた昨日もここで作業してましたよね!?」
そうだ、昨日と違って顔色はだいぶ良さそうだけれど、紛れもなく昨日と同じ赤髪くんなのだ!!
「え、まぁ、ハイ」
「昨日倒れちゃった青髪くんと、今日怒られちゃってた金髪くんがどうなってるか、知ってる……?」
私はあの後倒れた青髪くんがどうしても気になってしまっていたのだ。
今日来ていたなら、ラベンダーの香りの蒸気のアイマスクを渡そうかと思うくらいには。
よく眠れるよ、蒸気のアイマスク。
オススメだよ、すやぁ。っていくよ。
「あー……そうっすね。目の前で倒れてたんすもんね」
「君たち手を合わせてなむなむしてたよね」
「まぁ誰が一番に召されるか賭けてたんで」
そんな物騒な賭け事しないでくれる????
命大事にしよう???
「アイツなら今、頭痛薬飲んでウコンのやつ飲んで寝てますよ」
「二日酔いか」
「二日酔いっすもん」
もはやそれだと今日は三日目じゃないか?
ペリペリとおにぎりの袋を開けてパクリと食べる赤髪くんを見て、私もお弁当の存在を思い出す。
せかせかとお弁当のを出してパカリと開けると、モグモグとリスのようにおにぎりを頬張っている三人の視線が、同時にお弁当箱に向いていた。
「……やべぇ、女子がいる」
「え、このタイミングで言う?」
私、だいぶ最初から女子していましたけれど。
なんなら昨日は女子高生スタイルでしたけれど。
女子らしからぬ量の画材持ってたのは確かだけれど。
お弁当を開けた瞬間に女子を感じる……?
私、実は女子として認識されていなかったのだろうか……?
それはそれで悲しいけれど。
肉食獣の中に放り込まれた草食獣になるよりはマシか。
悲しいけれど……。
「琥珀」
おにぎりをさっきまで頬張っていた未夜くんが、まんまるな瞳でこちらを向いていた。
え、なに、この小動物かわいい。飼っていい?
咲くんが癒しだと言っていた意味がよく解った。
これは癒しでしかない。
「な、なに……?未夜くん」
「たまご、ほしい」
「……たまご?」
こくりと頷く未夜くん。
ブカブカの帽子が同時に目元まで落ちる。かわいい。
たまご。
その顔は、すっと私からズラされてお弁当箱に移る。
どうやらお目当てはこの私の卵焼きらしい。
え、なにそれかわいいな。
すると、再度顔を私に向けて、微かに口を開いてスタンバイする、未夜くん。
……………………んん???
私は混乱する、なぜスタンバイされているのか。
未夜くんの両手はおにぎりで埋まっている。
しかもひとつのおにぎりを両手で持っているのだ。
リスなのかな??
かわいいが渋滞している。
「え、ずるい未夜さん」
白髪くんがここに来てブーイングするけれど、未夜くんは変わらずのスタンバイ状態で。
「あの、箸……」
「ちょうだい」
箸を渡そうと思うも、受け取って貰えず。
え……やっぱりこれは。
『あーん』をご所望で……??
私の、二切れしか入れていなかった、しょっぱめの卵焼きを……?
どうする、琥珀ちゃん……??
「あ、の……うち、甘口派じゃなくて、どちらかというとしょっぱめというか……」
「ん」
「え、いいの?」
私、卵焼きの説明で甘口派の話しか聞いたことないんだけど??(偏見)
いいの?ちょっと麺つゆ入ってるよ??
「ほしい」
「……」
「琥珀の、ほしい」
………………それは色々と問題発言のように感じてしまうよ琥珀ちゃんには!!!
恐る恐る、卵焼きを崩さないようにお箸で摘む。
ちょっと中がとろっとしているので崩しやすいのだ。
左手を添えて、ゆっくりと未夜くんの口元へと卵焼きを近付けると、一瞬口角が上がったのが見えた直後に、一口でパクリと食べられてしまった。
え……餌付けをしてしまった……。
「俺たちは一体何を見せられているんだ……?」
白髪くんの呟きが聞こえるけれど、私も一体何を見せ付けているのかわからない。
我に返った私は、そこにもう何も無くなっている箸先を見ると、みるみるうちに顔に熱が集まって来るのを感じていた。
これまで誰にもしたことのなかった『あーん』を、初めて今日会った小動物系男子・未夜くんに捧げてしまった……。
ファーストあーんを捧げてしまった……。
それは儚く一瞬で終わり、なんの余韻もなく、これまで通りの日常を私以外は進めていくことだろう。
この事実をこの胸に閉まい込んで、現実を受け止めるんだ、琥珀ちゃん。
「琥珀」
「……え」
「美味しかった」
ぶわっとその喜びオーラを受けた私は、一瞬前の思考なんてもう消え去っていた。
それにしても可愛かったので悔いはない。
未夜くん最強すぎる、そーぷりちぃ、そーきゅーと。
……あれ、ぷりちぃときゅーとの違いってなんだ??
「ところで女神さん」
「……………………………………女神さん??」
この場に、女は私1人である。
ということは、それは自ずと私しかいないことに気付かされる。
「女神……?」
「いや、昨日倒れたアイツが呼んでたんで」
昨日の記憶を辿っていく。
そう言われてみれば、彼が倒れる直前、彼は青白い顔を確かに私に向けて、片目から涙をこぼしながら「女神さん」と……確かに呼んでいた。
ただし、後にも先にも私を女神と呼んでいたのは彼だけのはずだった。
それがどうしてこうなったのか。
私は神に昇格したらしい。
「そもそも、あの人はなぜ私を女神だと思い込んでしまった?」
琥珀ちゃんには琥珀ちゃんというぷりちぃな名前がある。
それに私は人間として生きているし、まだ死んでないし、天使の輪っかもついていないし、下々の者たちのお願い事も聞いていないし、祀られてもいない。
それに、人に吉凶を占うこともしていない。
巫女さん姿にはちょっぴりと憧れはある。
あれはかわいい。むふふ。
「アイツ曰く、自分の目が霞んで来て頭がぐわんとしている時に突然目の前に現れた女神らしいっすけど」
「実は突然じゃなくて、もうちょい前から君たちの目の前には姿を現していたんだけどね?」
誰も私の存在に気付いてくれていなかったよね。
ここで唯一居た女の子だったのに。
もう少しフェロモン的なアレを出す練習とかするべきかしら。
まぁ、どうやったらソレが出るのかなんて知らないんだけれど。
「だから俺らももう『女神さん』でもいいかなぁって」
「そんなテキトーな感じで大層な呼び名付けられちゃうもんなの?」
「俺は琥珀って呼ぶけど」
「未夜くん……!!!」
いや、女神も女神で喜ばしいんだろうけどね!?
私そんな大層な呼び名を付けられてしまって期待されても、応えることなんてできませんからねっ!?
琥珀ちゃん結構おバカな所あるからね!?
「俺らにとっても、そんな繊細な作業が出来る奴ここにほとんどいないんで助かるし、祀り上げて調子乗らせて逃げられないように囲えばよくね?って話で、下のやつらも満場一致ってやつで」
「ソレ私に説明しちゃってよかったことなん???」
バレちゃダメなことじゃないかなぁっておバカな琥珀ちゃんでもそれは思うわけですよ。
そんなにこやかに説明されたって囲えばよくね??の辺りで恐怖を覚えちゃいますよ。
ていうか満場一致してるということは私のことは下の人たちにももう広がっているということなのかしら。
「ところでコハクってなんか聞いたことあるけどなんだっけ?」
「宝石のお名前です」
「お前知ってる?」
「えー……なんか黄色いやつじゃなかった?」
「黄色かぁ」
男の子にとって、宝石ってその程度の認識なのが普通なのかな……。
琥珀ちゃんはちょっぴり涙をこらえました。
ぐすん、男の子はやっぱり宝石なんかより食い気が勝るか。
ダイヤモンドちゃんだったら誰でも知ってたんだろうな。
ダイヤモンドちゃんはちょっと可愛くないな、却下。
琥珀ちゃんは琥珀ちゃんがいいです。
ていうかそもそもここ、『黒曜』って、あれも石の名前じゃなかったっけ?
この子たち知ってるのかしら、水曜、木曜、金曜、黒曜じゃないんだからね??
残りのお弁当に手を付けていると、「あ」と思い出したかのように赤髪くんが声を上げるから、視線だけ彼に移す。
「そう、さっき。ええと昨日俺と一緒にいた金髪の話なんすけど」
「うん?」
「原稿にインク零して、そのページごとダメにしちゃったんで、女神さんが描いてたあのヘッドホンも描き直しになりますって」
「…………は」
私は、一瞬思考を放棄した後、作業台の上へと視線を移す。
そこにはinkと書かれている、インクが、置いてあって。
まさか、まさかあの真っ黒なインクを、原稿に……?
それが……それが今日怒鳴られていた原因か!!!!!!
それは私でも切れ散らかすわ!!!
返して私の描いたヘッドホン!!!!
ちょっぴり涙目で赤髪くんに訴えるも、やれやれというポーズで流されてしまった。
だから!!
なぜ!!
デジタル移行していないんだ!!!
デジタルだったらctrl+Zでやり直し効くし原稿にインクこぼすこともないじゃん!!?
保存してたデータ丸ごと消えたとかいう不運がない限りは!!
しかも昨日今日で二人もぶっ倒れた〆切前の惨劇である。
私一人が入ったとして……間に合うのか?
二人分の仕事は出来ないよ??
しかもめっちゃくちゃ新人で右も左もわかってないよ??
「大丈夫、みんなで死ねば怖くない」
「標語みたいなノリで言われても私はその現実を受け入れたくないよ」
〆切とか昨日今日来た私には知らない……そんなの私は責任取れない……。
明後日の空(天井)を見上げながら、私は残りのお弁当に手を付けていた。
ちゃっかり彼らの食べていたおにぎりまで一つごちそうになってしまった。うまし。
それから、朝よりは落ち着いたようだけれどまだ不機嫌の継続しているらしいリンちゃんこと雨林さんも、咲くんと一緒に作業部屋へと戻ってきた。
咲くんはふわりと笑ってこちらに手を振ると、オレンジ頭のいおりさん(だっけ?)が眠っているであろう、ベッドのある部屋へと入って行った。
あのいおりさんとやらのしている作業も何かと気になるところである。
「作業」
「はい!!」
「うぃ」
「え?あ、はい!!」
雨林さんの指示に、うぃとユルい声で返事をしたのは未夜くん。
ソレ怒られない?と思ってひやひやしたけれど、口出されることもなく。
私たちは午後の作業を再開するのだった。
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