4.ホラー展開やめてくれません?



その部屋の雰囲気と言えば、それはもう最悪of最悪というか。


極寒というか、極道というか、ホラー映画というか。




「ア゙ァン?」


「すみませんすみませんすみません!!!」




一体この部屋で何が起きていたというのか。


私は扉を開けられその怒号が聞こえた瞬間に、背筋が凍って足がすくみ、全身鳥肌だらけで立ち尽くして、その光景を見つめていた。


それは昨日の信号の黄色髪さんと、グレーアッシュ髪の背景の人……もちろん鬼のような顔で迫っているのは背景の人の方であった。




「あー……ごめんね琥珀ちゃん、なんかトラブったかもしれないから、奥の部屋に避難してもらってていい?」


「ひなん……」




避難が、必要なことなのか……??


背中を押されて、昨日男二人が絡んでクロッキーされていた部屋へと連れていかれるけれど……大丈夫?


ここ開いたらまた二人で絡んでる姿とか見せられないよね??


私、まだ新しい扉を開く気はありませんけれど……。




開かれた扉の奥には、一人しかいなかった。


昨日クロッキーしていた、オレンジ頭のその人である。


今日はあの胸筋むき出しで絡み付くような二人はいない。




だがしかし、その人は床で死んだようにうつ伏せに寝転んで、ピクリともしていなかった。




「ヒッ!!!」




チカチカと不定期に点滅を繰り返す照明。


その人の手に持たれた筆にべったりと付いた赤色のナニカ。

(多分恐らく大方絵の具)


這いずるようにドアに向けられたまま力尽きたような手。




これこそ!!これこそホラー中のホラーである!!!


嫌だよここ事故物件とかなったりしたら怖くてもう来れないよ!!??


朝だというのになんだこの部屋の暗さは!!!


昨日こんなにここの照明点滅してたっけ!!?




「あちゃあ」


「な、な、なっ……!!!」


「こっちもかぁ。ごめんね、今、回収班呼ぶから」




そう言ってスマホを取り出して電話をかける咲くん。


もう、何が何やらであって、私は慣れない場所での初めての体験に、パニックしか起こさない。




ホラーとか苦手なんだよおおお!!!


その右手の筆は、赤色が血のようにべっとりと床やら手のひらやらにこびりついている。


もうこの階全体がお化け屋敷のようで、照明がチカチカ切れそうになっているのも偶然のように思えなくて、ここにお化けがいるような気がしてくる。




呪われているんじゃないだろうか。


その赤色を見ながらそう思えば思う程、恐怖で体が動かなくなって来て。




その場に腰を落としそうになる私を、咲くんが「おっと」と支えてくれるけれど。


私は完全に腰が抜けていた。




「死んでません……?」


「あー、たぶん限界だったんだよね。三徹さんてつしそうな勢いだったから」


「さん、てつ?って……?」


「三日徹夜のこと」


「三日も寝てなかったってことですか!!???」




ホラーよりホラーのような、狂気的なものを感じて、背筋がまたゾワリと繰り立つ。


いや、一日寝ないだけでも私は無理。




「たまにあるんだよねぇ。立った拍子にめまいがしてそのまま気絶」


「きぜつ」




いや、気絶じゃこの人、寝てないやん……。


ガチ倒れてる人やん……。




その直後に到着したらしい回収班の人が担架を二人で持ってきて、その人も速やかに運ばれていった。


たぶん昨日の青髪さんが引きずられていった、ベッドのある部屋かと思われる。


全力で三日分を取り戻すくらい寝てほしい。




「ここの人たちは……よくこんなことがあるんですか」




まさか二日連続で倒れる人を拝むような事態になるとは、誰も予想していなかったことだろう。


かくいう私もだ。




その人がドア近くにあるスイッチをパチンパチンと消して付けると、その照明は若干暗くなって安定した。


え、安定……するの??


もう点滅していない。


マジか、なぜだ??




近くにあった椅子を引いて、支えてもらいながら座らせてもらった。


机の上には描きかけのイラストと、出しっぱなしの絵の具が置かれているままだった。


どうやら水彩絵の具のよう。




扉の向こう側からは未だに怒号が飛ばされているのが聞こえてくる。


一体何をしたというのか、ハラハラしてしょうがない。




「今さ、実は〆切前でね、一週間切ってるんだよ」


「……はぁ」



どのペースで描けばどれくらい進むのかなんてわからない私は、それがどれだけ切羽詰まっていることなのかが把握できない。




「〆切前はピリピリするもんなんだけどさ、ここグレた奴らの集まりでしょ?時間管理出来る奴の方が少なくってね。体調管理とかも杜撰ずさんなんだよ」


「そんなんで原稿間に合うんですか?」


「夏休み最終日まで宿題が残ってて一気に終わらせようとするのと同じレベルで、ギリギリ朝方に仕上がる感じかなぁ」




なんでそんな切羽詰まるようなやり方をしてしまうんだ。


不良だからか、そうか……そうなの???


ほんとに???


どうにかスケジュール整えられない???




「俺ちょっとあっち叱ってくるから、行かないと」


「え」




あっち、とは、この扉の向こう側でトラブっている人たちの方へ行くということだろうか。


大丈夫?殴られちゃったりしない??


いっちばん偉い人、負けちゃったりしない???




「人を呼んでおいたから、その人に癒してもらってから作業に入ろうね」


「癒し……え?」




え?


この不良の溜まり場で?


癒し、とは???




扉の向こう側へと行ってしまった咲くんは、ぱたりとしっかりとその扉を閉めて。


数秒後には、その怒号が鳴りやんでいた……。




え……?


叱った、のか……?


特に何か聞こえたわけでもなく、声がピタリと止まっていた。




扉の先で何が起きているのかも分からない私は、腰が抜けたまま疑問符を頭の上にたくさん出すことしか出来ない。


すると、この部屋とあちらの作業部屋とを繋ぐ扉からノック音が響き渡るので、恐る恐る「はい……?」と返事をした。




ここは、返事をするしかない。


相手がわからなくて怖くとも。


咲くんを信じるならば、私に待っているのは癒しとやら……らしいから、たぶん、大丈夫。


殴られたりはしない、はず、うん。




扉を開いて現れるのは、大きめのパーカーの帽子を深くかぶった男の子。


愛想も何もなさそうな無感情を宿した瞳が、藍に紫を差したようなプルシアンブルーの前髪の隙間からゆるりと私に向けられる。




癒し、とは?????




こ、この人もなんだか、怖いのだけれど。


扉を閉めて、一歩一歩近づいてくるその人に、私は警戒心むき出しで手元に抱えていた画材とお弁当の入ったバッグを握りしめる。


思えば、昨日からこの子たち(画材)には頼りっぱなしであった。


これからも一心同体、思う存分武器にさせていただく所存だ。


まだ武器として活躍したことはないけれど。




「あ、あの……?」




そう口を開いたけれど、私の目の前で立ち止まって見下ろすその瞳が冷たくて、思わず抱きしめている画材へと視線を移してしまう。


氷のような冷たさを感じた。




よくよく見れば、その大きなパーカーで隠れていた手には、最新のゲーム機が握られていて。




ゲーム、機…………???




恐る恐る視線を上げようとすると、その人がおもむろにしゃがみ込み、下から私の瞳を覗き込む。


くりくりとした大きな瞳が、幼さを滲ませる。


そして、その手にあるゲーム機を、差し出してきた。




「やろ」


「……っえ?」




ゲーム、を???




人差し指でそのゲーム機を指さすと、その男の子はこくりと頷く。


頷くと本当に、服が大きすぎて、帽子が顔まで隠れてしまう。




その服、明らかにサイズ合ってないよね??




「えっと……どんな、ゲーム?」




よくよく見ると、この子は咲くんよりもずっと線が細くて、大きい服に包まれていてよく見えないけれど、中学生くらいのように見える。


まだ目がくりりと大きく感じるせいか、顔つきが幼い気がした。




「殺す、ゲーム」




その無垢のような彼の唇から吐き出される、似合わない非道な言葉。




殺すゲーム、だと?


え、人?ゾンビ?モンスター?RPG???


言い方が物騒。




「か、」


「……か?」




続けるように、その子は言葉を吐き出す。


か、って、orって意味の『か』でOK??


……よかった、選択肢は一つではなかったようだ。




「死ぬ、ゲーム」


「もうちょっと優しい選択肢ない???」




殺すor死ぬって。


ていうか死ぬゲームって何???


逆に気になるんだが。


けれども琥珀ちゃんはホラーやグロい系はアウトなので出来ません。


ごめんなさい。


最悪吐いちゃう。(乙女としてどうなのか)




そんなにしょぼくれた顔しないでぇぇぇ。


微かに眉を顰めるその子は、実は感情に忠実なのかもしれない。


いや、まだ出会ったばっかりで何も知らないけれど。




「他には、ない?」


「……将棋」


「しぶい」




まさかの将棋。


振れ幅……振れ幅がすごい。


ごめん、決していちゃもん付けたいわけではなくて。


ただ私は将棋のルールもよく知らない……。




「あ、の……じゃあ」


「うん?」




おや、まだ何かソフトがあるのだろうか?




「リンちゃんが買ってた、モモテツ……?」


「私はそれを待っていたのかもしれない」




リンちゃんが誰だかもわからないけれど、私はそれがパーティーゲームだということを知っている。


確か、簡単に説明すると、すごろくだ。


すごろくで全国各地の名産品を買っていって、金を荒稼ぎするゲームだ。

(認識に若干の歪みあり)




ナイスだリンちゃんとやら。


どこぞの誰だかも知らないけれどグッジョブ。




こうして、私たちはコントローラーを分けて、一つの画面で二人とCP(コンピュータ)計四人で戦う、パーディーゲームを開始した。


1ターンでひと月を回し、12ターンで1年が経つ。


それを、いきなり3年決戦で。




ぶっつけ本番でもさほど操作に困らなかったので、このゲームはすごいと思った。


カードの種類は多いけれど、選ぶと説明が表示されるし、初心者にも優しい。


基本、サイコロを回してコマを進めればいいだけだからね。















一時間後には既に、二人でそれはもう盛り上がっていた。




「もうキングボ〇ビー嫌なんだけどおおおお」


「CPと擦り付け合いしてるもんね、琥珀」


未夜みやくんがゴールの駅にすぐ到着しちゃうから、駅から遠い人がコロコロ変わっちゃうんだよぉ!!」




普通のすごろくゲームとは違うのは、なんといってもゴールから一番遠い人に貧乏神が付いて、お金をどんどん奪われていくことだ。


最初の持ち金はみんな一緒だったはずなのに、今や一位とビリでは天地の差である。


借金地獄だ。


金額にマイナスが付いて赤字である。


なぜだ、どこから歯車が狂ったというのか……?


きっとボ〇ビーがキングになって謎の魔空間に飛ばされてからが運の尽きだったような気がする。




そんな白熱した場面で私が牛になった時(牛歩カード)、しばらく静かだった扉の向こう側からノック音が響き渡り、この場がスンッと静かになる。


電車から牛になってしまった私の衝撃もあるけれど。


扉が開かれて姿を表したのは、アッシュグレーの髪に、黒縁メガネ。


なんとあの、背景さんだった。




「リンちゃん」


「リンちゃん!!?」




今、このメガネをリンちゃんと呼んだか、未夜くん?


え、それじゃあこのモモテツ買ったっていうのはこの背景の人……???




「声ダダ漏れ」


「す、すみませんっ」




ひゃあああ、そんなに声漏れちゃってた!?


恥ずかしっ!!


いや、だって未夜くんがどんどん稼いでるのに私ビリッケツなんだもん、ムキにもなるじゃん??




「未夜、楽しいの?」


「うん」


「そう。とりあえず全員精神不安定だから、昼まで原稿に手付けないことになったから」


「…………え?」




はっ!!


そこで琥珀ちゃんは思い出したのだ。


そうだ、私は今日も今日とて原稿のお手伝いにお呼ばれしていたんだった!!


決してゲームしにここまで来ていた訳では無い!!




「りょ、了解ですっ!!」




……まって、さりげなく聞いてたけど『全員精神不安定』ってそれ大丈夫???


ダメじゃない??




「昼食って13時から、未夜も入って。そっちの女は小物の続き」


「……ハイ」




やはり、今日もあのヘッドホンを描くのは私らしい。


そろそろ飽きたのに。(一日しか描いてない)




それだけ伝えると、すぐに背景の人……リンさんとやらは扉を閉めて出ていってしまった。


怒りは収まったのだろうか……。




「今の、雨林うりん。だからリンちゃん」


「……雨林さん?」


「そう。雨に林」




本人からではなく、まさか未夜くんにお名前教えて貰えるとは、思ってもいなかった。


ていうか、そうじゃん、みんなのお名前教えてもらえばいいんじゃん!!




「じゃあ、あの……ここの部屋によくいるオレンジの人は?って言って伝わるのかわからないけど……」


「……?いおり?」


「いおり、さん?」


「おれんじ頭に、ピアスが左右で5個あいてる」


「ピアスそんなにあけてたの!?」




昨日はゴツイ男の人二人の奥にいたからあまり顔は見えていなかったけれど……そうか、めっちゃヤンキーじゃん。


Theヤンキーじゃん、いおりさん。




「じゃああの信ご………………赤、黄、緑髪のひとたちは……?」


「……いおりとリンちゃんと咲ちゃん以外、来てるの下の人たちだから……いっぱいいてわからない」


「……そう、なのね」




あの青髪さん、無事だろうか。


いや、それを言ったらいおりさんも心配なんだけれど。


二人ともちゃんと寝てくれてたらそれでいい。




「未夜くんも、二階にはよく来るの?」


「ん……下にいたり上来たりする」


「原稿……未夜くんもやるの?」




さっき、未夜くんにも入れって雨林さんが言っていた。


絵を描く人間としては、何の作業に入るんだろう?と、ちょっと気になってしまう。




「トーンの時だけ、する」


「トーン……!!」




私がまだ触ったことのない、シールみたいなやつだ!!




「楽しい、から。削るの」




けず……?


削る、の……???




ゲームの続きを始める未夜くんを見つめながら、私は『絵描き』としては初めて聞くその『削る』という作業に、首を傾げていた。


削る?


版画とか、木彫刻とかでなら、削るのはわかる。


削るといえば代表的なのはヤスリだろうけど……絵にヤスリはかけないよねぇ……たぶん。




イラスト関係で削るっていうのはなかなか聞かない気がする。


え、ボロボロにならない??




「削る、の?」


「ん……トーンの、上の印刷面だけ、カッターの刃を寝かせて横に、シュッて」


「シュッて……??」


「見た方が早いかも」




印刷面だけ削ることができるらしい。


……あの印刷面削れるの!!?


そうか、紙に印刷してあるわけじゃなくて、フィルムみたいな素材だから、印刷された部分だけ削り取ることが出来るのか。




ここに来てゲームの片手間に、新たな知識を手に入れた琥珀ちゃんであった。


お昼ご飯を挟んで13時、私たちの原稿作業は再開される。



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