3.ていうかなんでアナログなの?



普段はサラサラ〜っと読み飛ばしてしまう漫画。


けれど、同じものを何度も何度も角度を変えて描くという、地道かつ終わりの見えない作業を、人によっては何年も何十年も描き続ける人がいる……ということの意味を、間近でほんのちょっとだけ体験していた昨日の私。




一般的なイラストでも、ひとつのものに時間をかけて創る。


それは数分〜数年と、人や作品によって幅広いけれど、ひとつの作品を創り上げるとしても、同じものを何度も何度も描いたりはそこまでしない。


鏡だとか水面だとかガラス面だとか、そういうのはひとつのイラストの中にあっても、同じ人物をコマによって角度や動きを変えて描いていくというのは、忍耐強さがないと出来ない。


一枚絵とはまた、別物なのだ。




せっかくトレース台があったとしても、角度もサイズも違う線は写せない。


サイズだけなら拡大コピーしてから写すことは出来るけれど。




どうしても、ひとつひとつが手描きになる。


アニメにも言えることかもしれない。




それはそれは、地道で体の負担も大きくて、大変な作業なのだ。

















「──黒曜、とは?」




そんな漫画を描いている不良の溜まり場のボス的存在が、まさかのこの、のほほんとしてるような掴みどころのない男の人であった、らしい。


嘘言ってる??


あんなに怖そうな不良さん軍団をまとめてる人が、この、のほほん爽やか人間?




「黒曜ってのは、俺たち……溜まり場の人間の通称。暴走とかはしないけど族みたいなものかなぁ」


「族……?」




族ってあの……例の?


やっぱりそういう感じ??


でも暴走はしないって……いやいや倉庫の外で十分バイク乗り回して暴走してた奴らいたけど。


あれは暴走に入らないのか。




「あそこには、家に帰りたくない奴とか、家がない奴とか、友達とトラブル起こしてグレたような奴らが集まっててね。まぁ俺も三代目とかだから創られた当初のことなんか知らないんだけど」


「トラブル……って、逆にあの倉庫内で起こさないんですか……?」




グレ集団にトラブル起こした人入れたらさらにトラブル勃発しそうな気がするんだけど……偏見かな。




「うん、だからこそ組織化して上下関係を作って、下を制圧してるんだよ」




制圧……って、この人が?


このにっこにっこわらってぽけらんとしてそうな、この人が……??




いや、でも、裏番的な感じでこの人の次に偉い人が強かったり……とかいうパターンだろうか?


私にはちょっと、『黒曜』の在り方が良く見えてこないし。


何より上(二階)で漫画描いちゃっとるやん。


威厳とかなさそうに見えるんだが。




「あー今すっごく疑われてる気がする」


「いや……全然なんか、イメージと違うなぁって……」


「まぁ恐怖政治って感じじゃなくて、宗教的な感じが近いからね」




宗教的……というとさらに別の怖さがあるんだけど。


頭の中に浮かんでくるのは、何故かモンエナの大量の空き缶……。


いや、カフェインじゃ洗脳とかは出来ないだろうし合法だけども……。




「洗脳とかはしてないからね?」


「……よかった」


「もっと軽い感じ。1番上に尊敬出来る人を置いて、崇拝してもらえばいい。それだけのことだよ」


「それだけ……ですか?」




とはいっても、その尊敬されるまでが難しくて、そんじょそこらの人間じゃ簡単に出来ない気がするけれど。




「完全にトラブルがないってわけじゃないから、叱ったりはするけどね」


「叱る……」




叱るだけで……収まるの……???


すごい、私の想像してた世界と全然違うから信じられなすぎる。




「まぁ会社なんかと一緒でさ、ここの居心地を良くすればトラブルの解決もスムーズだし、人が離れてったりもそこまでしないんだよ。卒業はしていくけどね」


「そうなんですか?」


「そーなの。みんな寂しがり屋で自分に自信がないだけ。それを黒曜では互いが認め合うように意識させてるだけだよ。だから居心地がいい」




黒曜へと向かっている車の後部座席、咲くんは私を下から覗き込むようにして、ふわりと笑う。




「きっと、君にとっても居心地がいい」




私に、とっても?




「人数は多いけど、みんな家族みたいなもんだよ。顔は怖いかもしれないけど、仲良くしてやって」




それは、撫でるような柔らかい声で。


けれど、どこかすがるような声にも聞こえた。




いいように使われるかもしれない。


男の人の群れの中に、女が一人飛び込む……なんて、危ないって怒られるかもしれない。


この人だって、いい人そうに見えて、実はすごくおっかない人かもしれない。




それ、でも。


それでも、怖くても、なぜだか気になってしまうんだ。


漫画……絵を描くという共通点があるだけ。


不良さんたちとなんて、共通点なんてひとつも見つからないし、この人だって偉い人ってだけで、何する人かなんて何も知らない。




何も、知らないけれど……私は昨日、危ない目に合わされることも無く、約束通りその日のうちに家に送ってもらった。


怖い所だけど、ほんの少しだけ、昨日よりは怖くなくて。


それより、彼らを知りたいと、興味を持ってしまっている自分がいる。


名前を知りたいだなんて、昨日はそんな余裕もなかったはずなのに、不思議だ。




「私は……これからもその、『黒曜』に、行くんでしょうか……?」




この人は、私のことをどう使うつもりなのか。


この数日だけの関係なのか、これから先の未来もあるのか。




「うーん……あまりにも馴染めないようだったら辞めてもいいし、たった一回助けた程度でこの先ずっと縛る気はないよ」




彼は、やっぱりどこか、生ぬるい。


不良さんたちの、いっちばん偉い人、なのに。


全然、怖さがない。




「ただ、君のおかげで助かってるのは本当のことだし、こちらとしてはこの先も来てくれるようなら大歓迎したいところ」


「下の人たちとか……私のこと嫌がったりしませんか?」


「俺が連れて来てるんだから何も文句は言わせないよ。とは言ってもチラチラ様子伺ってくる奴らもいたから、君のことは気になっていると思う」




不良さんが、ちらちら、様子を…………???


それは、なんだか気になる。


そう聞くとなんだか可愛いような気がしてくる。




「見た目に反して可愛い奴らだよ」




それは、本心からそう思っているようで。


この人はあの場所が、あの人たちが、本当に好きで、蔑んだり見下したりもしていなくて。


少しだけ、ほんの少しだけ、『黒曜』という組織がどんな形をしているのか、見えてきた気がした。




なんというか、お母さんみたいな人だ、この人。


安心してしまう……。




「咲、くん」




私は、先程知ったばかりの彼の名前を呼ぶ。




「うん?なぁに?」


「お願いが、ひとつだけ……」




少し、悩んだ。


聞いてもいいのか。


……でも、これだけは、せめて。




少し、緊張してしまう。


怒られないかな、甘えてるって言われないかな、大丈夫かな。


でも、きっと黒曜に着いたらもう、緊張で話せないと思うから。




それならせめて、最初に。


まだ無事でいる、今のうちに話してしまおう。






「9時-5時で、お願いできますか」


「ぶふっ」




今まで、ずっと黙っていた運転手さんが、急に吹き出した。


いや、仕事(?)の拘束時間のお話は大事でしょうよ。




「9時……はちょっと過ぎちゃうけど。5時に上がりたい?」


「いや、夜まで作業すると私たぶんバテます」


「いいよ、5時くらいにまた送ろう。それだけ作業して貰えるならすごく助かるけどね。なんてったってうちの奴ら一時間もつのもキツい奴ばっかりだから」




昨日の信号さんたちみたいなお話かな??




「あの、その人たちって、下の人たちなんですか?倒れた人とか……」


「うん、原稿用紙ボロボロにしない程度に消しゴムかけたり、はみ出さない程度にベタ塗れる奴らを選んではいるんだけど、根っこがヤンチャな奴らばっかりで集中力続かないし作業遅いんだよねぇ」




中々に評価が辛辣だった。


めっちゃモンエナ飲んで頑張ってるのに……そうか、作業遅いのか……絵に慣れてない人はそうなるよね。


それに、細かいはみ出しとかは、こだわりが強い人だとめちゃくちゃ気にする所だ。




「トーンは原稿用紙まで切らない繊細な奴らに入ってもらうんだけど、それでも男の指って太くてゴツイから繊細な作業とかみんな苦手でね」


「あぁ……」




なる、ほど。


指のサイズとか気にしたこと無かったけど、細かい作業って向く人向かない人ってやっぱりいるよね。




「とーん、て、あのシールみたいなやつですよね?」


「そうそう、服の柄とか、物の影とかに貼るシールのこと。それにデザインカッターが必要なんだけど」


「私の切り絵に反応したのはそれですね?」


「そうそう。デザインカッターに使い慣れてると助かるからね」




ふふっと綺麗に笑う彼は、昨日のことを思い返しているようだ。


ということは、私はこの先その、とーんの作業もすることになりそうだ。




「うち、見ての通り脳筋が多いから。張り切って原稿用紙ごと切り抜いちゃう奴ばっかりなんだよね」


「納得しか出来なかった」




あかん、本音が漏れてしまった。


運転手さんが笑いを誤魔化そうとけほんけほんと咳をしているけれど、誤魔化せてないよ、バレバレだよ。


ていうかこの人、めっちゃこっちの話聞いてる割には話に入ってこないな??


咲くんが黒曜でいっちばん偉い人だから、気軽に話せない間柄とかなのかな。


私はめっちゃ話しちゃってるけど。




もう警戒心なんてあってないようなもんで、その話しやすさからほぼ私の心は開いてきてしまっていた。


これがいいのか悪いのか、よくわからないけれど。




「そもそも、なんであんな所で漫画を描いているんですか……?」




もう、なんかこの人には何聞いても答えてくれそうな気がして、直球で聞いてしまう。


もうすぐ倉庫に着きそうだし、そしたら聞きたいことも聞く時間がなくなってしまうかもしれないし。




「あー……それ、ね」




悩むように斜め上に向けた視線が宙を彷徨さまよい、私の視線に合わされる。




「大した話ではないんだけど、また今度話すことにするよ」


「……え」


「謎があった方が、気になってくれるでしょう?」




にこり、可愛らしいような、綺麗な笑みで、私の頭を優しく撫でる彼。


謎……謎のまま、か。


確かに、気になってしまう。


そこに大した理由がない、としても。




こういう、駆け引きが上手い人なのかもしれない。


こうやって、人の注意を惹き付けるのか。


いたずらする子供のように、少し目を細めて、その瞳を車のフロントガラスの方へと向ける。




「着いたね」




ゆるりとその敷地の中へと入っていく車。


よく見ればチラチラとこちらを伺ってきているような、不良さんたち。


その視線は確かに、嫌なものを見ると言うよりかは、興味本位のように見える。




「おつかれさまっす!!」



そう聞こえてくる声に、今日も彼は反応せず。


私も画材とお弁当を入れたバッグの持ちてを両手で握りしめて、微かにぺこりぺこりと頭を下げながら、今日もまたその階段を上って二階へと導かれていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る