2.扱い雑くないですか?
私は、カモにされやすく、流されやすい人種なのかもしれません。
「背景を、この女に?」
「そー。ネタ探しに出てたらこの子絡まれてて──って、こっちの説明どころじゃないか」
背景を描いている人は、グレーアッシュの髪で、黒縁メガネをかけている人だった。
ここに来て唯一、真面目な方に見える人かもしれない。
こちらの話を聴いているのかもわからないうちに、その人は定規で細かく線を引いて行く。
下描き?の青い線の上にさらに引かれていく黒い線。
あれか、印刷関係で出にくいからって聞いたことがあるような、気がする?(うろ覚え)
白黒印刷だからこそ使えるものだ……初めて見た……。
すごい、本当に不良(?)がみんなで漫画を創っている……ガチなやつ。
口を閉じた数秒で、ただの線の集まりから窓が創り出されていて、その描く速さにもはやドン引く。
デジタル移行しないの?という疑問は野暮なのかもしれない。
そっとしておこう。
「描くならp2、3、4、8、9と……14、15、18〜24辺りにある小物を下描きして持ってこい。キミつけペン使ったことある?」
「……ありません」
「じゃあ下描きだけとりあえず任せる」
小物のページそんなにあるの??
多くね???
というかぶっつけ原稿用紙に描いていいの?
怖いから薄めに描いとこう。
どうせ下描き線消すだろうし。
というか何系の漫画描いてるんだこの人達?
疑問しか湧いてこないけれど、そんな切羽詰まってる人達相手じゃ答えてもらえる余裕もなさそうだ。
抱き縋っていた上裸の二人の件もある、けど……これ以上はもう作業に入った方がいいのかもしれない。
すごく気になりはするけど、後で聞けそうな時に聞いてみよう。
「その小物のページたちは……どこにあるんですか?」
「は?知らない。探して」
知らない??????????
え!?は!?なっ……!!?
どういうこと!?
「ベタと消しゴムかけしてる奴のどっかにあるだろ」
「ベタ……?」
「あいつらのうちのどっかのページ」
それは……あの信号さんたちにも声をかけないといけないということでは……??
私は思っていたよりも過酷な状況の中に身を置くことになったということを、思い知る。
気付けばさっきまで私の隣にいた元凶がいない、どこ行った??
トイレとか困ったことあったら誰に相談すれば怖くない??
なによりみんなの目が血走っていて、明らかに徹夜明けみたいな顔でモンエナ並べてんのが恐怖でしかない。
私はあぁなりたくないけれど時間の問題だったらどうしよう……。
「机ソコ空いてる。シャーペンある?」
「かろうじて持ってます」
「消しゴムはアイツらが持ってるから」
今日かろうじて買ったシャーペン、細いところが描きやすそうだなぁと思って0.3ミリというチョイスだけれど……まさかここで試すことになるとは。
ちょっと書き味が気になっていた所だからワクワクしてしまう。
買ったものは試したくなるもんだよね。
背景の人は私と話をしていたはずなのに、その原稿用紙には既に学校の廊下と下駄箱までもがほぼ出来上がっていて。
私はやっぱり、またちょっと引いた。
短時間でめっちゃ美しい廊下が創り上げられていた。
学園モノということでOK?
雑な指示を受けて空いている机へと向かうと、そこにはトレース台と、卓上ライトが用意されていた。
あとモンエナの空き缶……は、とりあえず避けさせてもらって、後で片付けよう。
というかこの人達はちゃんとご飯食べてるのだろうか、この勢いで作業していて……。
隣の青髪の人をじっと見ながら少し心配していたら、その瞳がギョロリとこちらに向いて、これはもはやホラーの域だと身震いした。
「お……んな……」
まるで今気付いたかのような反応……というかまさに今気付かれた所なのかもしれない。
「……あ、はい、あの、お手伝い?に来てて……」
「おてつだい!!?」
カッと目を見開くその青髪さんの顔も、青白い。
ホラー展開すぎてビクッと肩が跳ね上がる。
急にホラー感出してくるのやめてくれる怖いよ??
すると、その人は片目から涙をぽろりと落とすと、「女神さん……」なんて呟きながら、床に崩れ落ちて行った。
ガッターン!!という椅子から落ちる大きな音と、状況を理解出来ない私の頭はまたもやパニックしか起こせなかった。
え、なに、急に倒れた!?
救急車必要!?
モンエナ飲み過ぎてカフェ中!?(※カフェイン中毒)
それとも睡眠不足による貧血とか栄養失調とか!?
まさか薬とか……いや、さすがにそれで原稿するのはさっきクロッキーしてたガチヤンキーに怒られそうだよな……真面目そうな背景の人もいるし……。
虚ろな瞳で信号の残り二人がこちらに気付き、同時に両手を合わせていた。
……って!!
死んでないよね!!??
冷たいな!!??
その時、コンコンと外からのドアがノックされ、開かれると、一人のこれまた厳つい感じのスキンヘッドの男の人が現れる。ひぃっ。
「回収します」
「悪いな」
背景を描いていた人の手にはスマホが握られていて、恐らくそれで人を呼んだのだろうと推測する。
その対応が速やかすぎて、手馴れているのを感じる。
そんなにここではバタバタと人が倒れるのか。
その倒れた青髪さんは、片脚を捕まれてズルズル引き摺られたまま、さっきとはまた別の部屋に連れて行かれていた。
チラリと見えたのはベッドだったと思う。
よかった、一応寝かせてくれるらしい……けど運び方酷すぎん??
完全に人を処理する時の運び方してたじゃん、怖。
私は絶対に倒れたくない……今後もここへ来るようならスカートの中にジャージを履いてこよう。
女の子にはあんなに雑な対応はしないと信じたいけれど。
原稿用紙には汚れ1つ残さず、彼は儚く散っていった。
前に倒れてたら原稿用紙に顔面ぶつかってたもんね……そのプロ意識に圧倒されてしまう。
彼の置いていった残りの原稿用紙を見てみれば、数枚私の指定されていたページも中にはあったので、拝借して。
クリップで留められた写真を見ながら、小物を描いていく作業が始まった。
結局、その日は誰が一番偉い人なのかとか、このアシスタントさんたち(?)が誰なのか……すらもわからず。
私の名前を教えるような余裕すらもなく。
(というか話しかけるのが怖い)
人物は描かれているものもあれば、まだ丸の中に十字線の入ったアタリ線しか入っていない所が所々あるし。(主に人物同士の絡みのコマ)
吹き出しの中も書かれていなくて、なんのお話を描いているのかよくわからなかった。
その中でも私はひたすら、誰だかもわからないキャラのヘッドホンを描き続け、ヘッドホンを描くレベルだけは上がったような気がした。
お前もうヘッドホン捨てろ!!と思っていたのはここだけの話である。
荷物が多いから車に乗せてもらって、帰宅できたのは23時を過ぎていた。
(親にも連絡は入れたけどさすがに怒られました)
ちなみに描いた小物を背景のメガネの人に見せた時、無言で頷いてくれたので、たぶん私のこの画力でも大丈夫そうだ、よかった。
速く描くことは出来ないけれど。
今日は金曜日だった。
明日は学校がお休みだけれど、帰り際、あの元凶の男に送られた時に口にされた言葉は。
「土日暇だよね?」
「……え?」
一瞬、慣れない集中の仕方をしていたせいで疲れていた頭には、なんの話をされているのかと思ったけれど、じわじわと彼の言いたいことを脳が理解していく。
暇、とは。
「暇だよね?」
「…………っと……」
「じゃあ明日9時に迎え来るからね」
そう、つまりそういうことだ。
私は今日に引き続き、土日の約束までも……いや、もはや強制ですらある、その笑顔。
にっこり、きらきらふわふわとした眩しい笑みを向けられると、私はまた「……ハイ」としか言えず。
9時って……朝の、だよね?
絶対原稿するじゃん、9時‐5時で終わってくれるだろうか?
お昼ご飯……一応お弁当持っていこう。
自分の部屋に着いてほっと大きな安心感に包まれるも、明日からの不安も相まって緊張感がなかなか抜けなかった。
ていうかお腹空いた。
ていうか早く寝ないと睡眠時間がなくなる!!
あぁでも画材の開封式もしたい……!!!
結局買い物袋から出された画材や資料集は机の上にそのまま置き、眺めて己を満足させ。
私が眠りについたのは夜中の1時だった。
こうして、この長い長い1日はようやく終わりを迎える。
ペンダコが痛い……緊張しすぎて指先に力を入れすぎて描いていたせいだ……。
朝目覚めて、お弁当を作ってからもすもすと食パンをかじっていた私。
今日親はもう家を出ているようで、私ひとりだった。
というか、結局あの元凶であり不良から助けてくれた男、一体何者なんだろうか??
送迎の人?
送迎というなら運転手さんだけでもいい気もするけれど……一対一だとそれはそれで怖いから、送り迎えでのあの人の存在は、なんだかんだいって助かっている。
手を出される気配もないし……思っていたよりは安全そう。
というかもはやそんな余裕もなさそう。
恐怖で忘れていたけれど、今日こそさすがに名乗りたいし、名前を教えてもらいたい。
そう決意し、シャーペンとデザインカッター、消しゴムの入った筆箱と、一応小さいスケッチブックとお弁当もカバンに入れて。
昨日より身軽な格好で、ちゃんとTシャツとスキニーを履いて(ここ重要)、家を出た。
ちなみに昨夜の夢は、例のヘッドホンに追いかけられる夢だった。
「おはよう。今日もよろしくね」
「……おはよう、ございます」
昨日と同じ真っ黒な車の後部座席から登場した彼に、エスコートされるように車内へと導かれていく。
この人も漫画の関係者なんだろうか……?
六時間は寝たとはいえ、昨日の疲れはまだとれていない。
六時間じゃなんなら足りない。
八時間は寝たかったけれど、そうもいかず。
あと、青髪さんのことが気にかかって余計に疲れたのもある。
なんなら、まだヘッドホンのページは描き終わっていない。
五時間は作業していたはずなのに、描き終わって、いない……。
いくら描くのが遅いからとはいえ、五時間も……。
またあの空間で作業するのかと思うと、ちょっとだけゲッソリするのを感じた。
あの人たち怖いから精神削られていくんだもん……。
「だいぶ疲れちゃってる?慣れないからかな?」
隣に座るその人から気遣いを受け取りつつも、原因もまたその人にあるのである。
「大丈夫……かは、わからないですけど……倒れはしないと思います」
「あぁそういえば、昨日倒れて運ばれた奴がいたって言ってたね」
「あの人……大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だよ、二日酔いだから」
「ふつか…………え?」
「二日酔い。あそこに居た背景描いてる奴以外の三人とも」
「…………え?」
記憶が正しければ……青白い顔ではありつつも、未成年のように見えていたのだけれど……。
「バカだよねぇ。どんちゃん騒ぎした後に寝不足で原稿って。まぁあいつら出来るの消しゴムかけてベタ塗る程度だから原稿がぐちゃぐちゃにならなければいいけど」
「えぇ……」
あの人たち、まさかの二日酔いだった……その辺は不良さんだ……。
いや、全然良くないけど。
ちゃんと体労わってあげてほしい。
ていうか、そう、名前を聞かねばならないんだった。
「あの……聞いてもいいですか?」
「うん?」
まだ、この人にも慣れた訳では無い。
恐る恐るだけれど、それまで謎だったことについて尋ねるにはここしかチャンスがないような気がして。
「皆さんの名前、とか、あの人たちが何をしてるか、とか」
「……あ、名前」
「はい、名前」
誰一人として知らないまま一日が終わってしまったもので。
今更ながらのことではあるけれど、その人も驚いたような顔で「そういえば聞いてなかった……」なんて気付いたらしく。
「あの……私、
そう告げて、私はペコリとその人にお辞儀をした。
琥珀……透き通るような、甘いキャラメルのような色の宝石と同じ名前。
タイムカプセルのように虫や植物が閉じ込められている、あの石の名前と同じ。
子供の頃は漢字を書くのに苦労したという、結構どうでもいいと思われるエピソードもある。
「コハク、ちゃん?」
「はい」
少し目を見開くように私を覗き込むその人は、微かに笑みを作る。
「……綺麗な名前だね」
「ありがとうございます」
綺麗、と言われるのは、とても嬉しいことだ。
虫が入っている石だからと、子供の頃は嫌な印象を持たれていたこともあったけれど、今では綺麗だと言ってくれる人の方が多い。
「せっかく名乗ってもらったんだから、俺も名乗らなきゃだよねぇ」
ふふっと綺麗な笑みをこぼす彼は、その紫の差す黒髪の向こう側から、甘い瞳を向ける。
思わず、見入ってしまうほど、透き通るような美しい瞳の奥。
「俺は、
「……咲くん、ですか?」
「ふふ、はい。
「コクヨウ……?」
飼い主?野良猫?
黒曜……?
「え、っと、つまり?」
「たまり場のいっちばん偉い人してます。よろしくね」
ニコリとした笑みを見せる彼に、彼の言葉と彼自身とのギャップに、私はまだ夢の中にでもいるのだろうかと、顔をひきつらせた。
驚きで声も出ないってこういうことなんだ。
まさかの、お偉いさんはあなたでしたか。
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