第5話 最強の少女、魔力暴走を起こす。

 翌朝、路地裏でルミナは困惑していた。


「ロイドォー、この嬢ちゃん売る前に味見していいかァ?」


「駄目だバッシュ。中古は値が下がる。ヤりたいなら他当たれ」


「ケッ・・・せっかくの上物なのによォ」


「上物だから、だ」


 バッシュと呼ばれる男の、下卑た視線がルミナの体を嘗め回す。


 筋骨隆々という言葉がふさわしい相貌の巨漢は、ロイドという男のボディーガードのようにも見受けられる。


 インテリ眼鏡といった感じのひょろ長いロイドと、がっしりとした体つきで日に焼けたバッシュ。


 この凸凹コンビは、どこからどう見ても破落戸ゴロツキだった。


 ゴブリンの耳を買い取ってもらおうとしていた筈が、何がどうしてこの状況に追いやられてしまったのか・・・皆目見当もつかない。


「あの・・・楽しそうに話しておられるところに悪いのですが、真っ当な要件は無いようですので、帰らせていただきますね」


 そう言いおいて踵を返すルミナの肩を、バッシュは強引に掴むことで引き留めた。


「ナニ暢気なことほざいてんだァ?」


「真っ当な要件、ね・・・あるよ?これから君を売るっていう要件が」


 ルミナの体を這い回る、男二人の値踏みするような視線。


 あまりの不快感に目の前の二人が、昨日殲滅したばかりの緑の生物に重なって見える。


 コホンと咳払いを一つして場を仕切り直すと、ルミナは早速口を開いた。


「――三つ、聞きたいことがあるのですが・・・良いですか」


「「は?」」


 完全に想定外だった反応に、男二人は間抜け面を晒す。


 が、ルミナは気にも留めずに言葉を繋げた。


「まず一つ。私はまだ幼く、使い道があるとは思えませんが・・・」


「ふっ。甘いねお嬢さん。砂糖漬けにしたハニートーストより甘いよ。・・・確かに、君に奴隷としての需要は無い。でもね、それ以外でなら高い値で売れる。意外と多いのさ、無垢な子供を汚したい、自分好みに育てたいって輩はね」


 何やら上機嫌になったロイドはペラペラと目的を垂れ流す。


 眼鏡のブリッジをクイッと押し上げる動作が、無駄に神経を逆撫でする。


 それはともかく、ルミナは二人の目的を完全に理解した。


「なるほど、良く理解しました。では二つ目。・・・私を売るの、止めませんか?」


 ロイドはニヤリと顔を歪める。


「え?無理!」


 眼鏡の奥で、目が意地悪そうな光を湛えた。


「聞くまでもありませんが、一応理由を伺っても?」


「言うまでも無いけど、それは――」


「――お前が金になるからに決まってんだろンなの」


 生産性のない会話に、痺れを切らしたらしいバッシュが口を挟む。


 とは言え、自分本位極まりない彼らの言葉の数々に、ルミナの心は決まった。


「・・・では最後に。青が混じってないか確認させてください」


「・・・は?何言ってんだテメェ。いいから取り敢えずヤ――」


 ――ボトリ。


 真っ赤な水溜まりと、それに浮かぶ大きな肉塊。


「あ、綺麗な赤でしたね。・・・羨ましい」


 生臭い、錆びついたような臭いが充満する。


「――は?・・・え・・・あ・・・うそ・・・ひっ?!」


 ヨロヨロとしゃがみ込んだロイドは、つい今しがたまで仲間だったモノの一部と目が合ってしまい、引きつった悲鳴を上げた。


 こちらを向いている相棒の虚ろな目が、この状況を作り出した少女の沈黙が、次はお前だとロイドに囁く。


「・・・あ・・・あ・・・ぃやだっ!くっ、くるなぁっ・・・バケモノッ・・・」


 ――化け物。


 咄嗟に出たその一言が、結果的にロイドを延命した。


 バケモノは虚空を凝視したまま、何かに怯えるように頭を抱えて蹲っている。


「う、あ・・・ぁ・・・あぁァ”アアあアァアアあ”ア”ッ・・・やだっやめてっ・・・やめてくださっ・・・おと、さま・・・ちがっチガウノッ・・・ちがうのぉー。ぃや・・・ごめっなさっ・・・」


 ――魔力暴走。


 小さな体から、濃密な魔力が吹き出していた。


 圧倒的な質量を伴うソレは、少女の周囲を押し潰す。


 陥没してゆく地面がメリメリとあり得ない音を立てる中、少女はすべてを拒絶するかのように縮こまり、震えていた。


「ヤバい・・・魔力暴走・・・なのか?それが、ここまでっ!・・・本物の化け物じゃないかっ?!」


 ロイドの声も、もはや少女に届きはしない。






 日が高く昇っても、人気のない路地裏にやってくる者はおらず、魔力切れを知らないルミナは苦しみ続けた。






 高く昇った日が二度沈んだ頃、なんとか自力で暴走を抑えた少女の青い目から、涙がこぼれ落ちる。


「私の居場所は、ココにも無かった」


 ケタケタと笑う少女。


 虚ろな目に映る景色は、色彩を欠いていた。


 もうじき、夜が明ける。


 ひとしきり嗤った少女は、宿の自室に跳んだ。


 いつの間にか降り始めていた雨は、バケツをひっくり返したような大雨になった。


 月の無い夜に轟く雷鳴は、悲鳴の様で。


 止まない雨が、毛布に包まる少女の気配を優しく隠している。






 今の時期では珍しい、嵐の夜だった。

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