第3話 最強の少女、悪いのは?

「このっ・・・返して!返してよっ・・・私の、家族を・・・かえして」


 悲痛な叫びが、凍えた心に突き刺さる。


 例え彼女の言う幸せな家族が紛い物だったとしても、その哀しみは本物だと解るから。


 ボロ小屋の中から発見した女性たちは、六人とも酷い状態だった。

 逃走防止のためなのか手足は折られて病的なまでにやせ細り、多種多様な体液にまみれていた姿が、目に焼き付いて離れない。


 饐えた匂いのする小屋の中に、虚ろな目をして横たわっていた女性は、家族を返せと泣き叫ぶ。


 彼女の夫は、彼女を思いやっていたのだろうか。


 彼女の息子は、きちんと彼女を母として認識していたのだろうか。


 ――解っている。


 そんな訳が無いのだと。


 ゴブリンにとって人間の女性は、皆等しく苗床なのだ。

 妻でも母でもなく、ただ繁殖用に捕らえただけの苗床でしかないちっぽけな存在。


 そのような扱いを受けていた人間が、幸せであった筈がない。


 未だ目を覚まさない五人の女性を尻目に、返せ返せと慟哭する女性。


 その姿に、ルミナはこっそり溜息を漏らした。


 誘拐事件などの現場において、被害者は犯人に対して恋愛感情にも似た好意を抱くことがあるという。

 自分の身や心を守るための防衛本能だとも言われているが、この様子を見るに正しくそうなのだろうと感じられた。


 あれだけ赤に近い赤紫だったのだ。

 ほぼ間違いなく彼女らの子供も倒したゴブリンの中に含まれているだろう。

 であれば、確かに彼女らの家族を奪ったのはルミナだった。


 無論、人間の気配を感じる中でゴブリンの殲滅を決めた時に、こうなる可能性は覚悟していた。


 従って、ルミナは自らの選択に後悔はしていない。


 そう。ただ少し、痛いだけ。


「ねぇ!さっきから黙って・・・何か言ったらどうなの?!・・・人殺し」


 ルミナはすっと息を吸い、口を歪めて嗤った。


「悪いですが、ムリです。私は別に殺したことを後悔していませんし、自分より弱い奴には従わないって決めてるのです。・・・だから、憎いなら!苦しいなら!恋しいなら!悔しいならっ!・・・もっと強くなってから出直してください」


 憎々し気にこちらを睨みつける目に、ルミナは気丈にも笑って見せる。


「そんなに私が嫌いなら、精々足掻いてみてはどうですか。か弱き先輩冒険者様?」


 女性の目が更に潤むのを見て、ルミナは宿に退散した。


 他人の涙まで面倒は見切れない。






 転移先の定番となりつつあるベッドの上。


 ルミナは思いため息を吐き出した。


 ――憎まれ役なんて本当はごめんだ。

 でも、それが時には生きる為の活力になり得るのだと解っている。


「・・・だから、もっと私を憎めばいい」


 パキパキと悲鳴を上げるひび割れた心に気付かないフリをして、少女は独り馬鹿々々しいと嗤った。


 自らの瞳の色と同じ目の覚めるような青空が、死ぬほど鬱陶しい。

 忌々しい青を見たくなくて、ルミナはカーテンを勢い良く閉めた。




 ――人殺しっ・・・私の家族を返して!


 ――哀れな娘。おまえはただの実験台だったのだよ。


 ――私はあなたなんて知りません。私に貴女のような娘など、存在しません。


 ――貴女様は最早ここに存在する権利を持ちません。早く立ち去りなさい。




 目を瞑ると甦る、嫌な記憶。


 呪いのように心を蝕む言葉の数々が、頭にこびり付いて離れない。


 どれだけ毛布にくるまろうと、ルミナは寒くて寒くて堪らなかった。

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