第2話 最強の少女、集落潰しは小遣い稼ぎ。

「あのドラゴン、貰って行けば良かったかも。最安値の宿があんなに汚い所だったとは・・・。あれは無い」


 ルミナは今、飛んでいる。

 魔獣が跋扈ばっこする魔ノ森上空を。


 但し、途中ですれ違う多種多様な魔獣たちには目もくれない。

 必要ないからだ。


 今回ルミナが受けた依頼は、Fランク以上の常時依頼。

 ゴブリンの間引きである。


 左耳一個につき銅貨一枚。

 つまり、ゴブリンを十体狩れば宿をとることができる。


 しかもゴブリン自体はそこまで強くないため、乱獲しても目立つことが無い。


 集落を造る習性のあるゴブリンは、ルミナにとってまさに金の生る木といえるだろう。


 故に、ルミナはゴブリンの集落を捜索しつつ魔ノ森上空を飛行していた。


 無論、道中に散見するはぐれのゴブリンは小石の投擲で仕留め、空間の裂け目――ルミナは亜空間収納と呼んでいる――に回収済みである。


「――さんじゅーいちー、さんじゅーにぃー・・・さんじゅーさーん、さんじゅーよーん・・・見つけた!」


 三十五体ほどのゴブリンを回収した辺りで、ルミナは漸く集落を発見した。


 物見櫓に二体。三十以上はありそうなボロ小屋には、それぞれ複数のゴブリンらしき気配。


 そして六つの人間らしき気配。




 集落中に点在する人間は、おそらく全てが女性。


 そう考えられる理由など、考えただけで吐き気がする。


「気分が悪い。潰そう」


 ルミナの極めて個人的な理由によって、乱獲から殲滅へと計画が変更された。




 辺りに漂う水の魔素を凝縮して、鋭利なナイフを形作る。

 気配を遮断。同時に軽く息を吸い、両脚で地面を蹴る。そして物見櫓上、ゴブリン二体の背後を目掛けて、跳躍。

 見張り一体の左胸に、背中からナイフを通す。


「グギャッ」


 突然の痛みに刺されたゴブリンは悲鳴を上げるが、肋骨の間を縫って心臓に到達したナイフは、間もなくゴブリンを絶命させた。


 新たにもう一本のナイフを生成。

 胸からナイフを生やしたまま崩れ落ちる見張り一号から、左耳を切り取る。


 続いて、相方の絶命を見届けた見張り二号の右腕を流れるように、浅く切り付ける。


 再び跳躍。


 地上五メートルほどの物見櫓から自由落下するルミナは、猫を連想させるしなやかな身のこなしで着地した。


 着地の瞬間に重心を落とし、更に衝撃を前方に逃がすという簡単そうに見えて高度な技術。


 身体能力の高く、関節の柔らかいルミナだからこそ為しうる着地だ。


 頭上から、見張り二号の叩く銅鑼どらの音が響いている。


 喚きながらボロ小屋からわらわらと出てくるゴブリンたち。


 たまに薄汚れてほつれた腰布が乱れているのが、生々しくて癇に障る。


「キミたちまで出てくるということは、全員お出ましですか。・・・舐められていないようで何よりです」


 ルミナの声は、悉くゴブリンの声に揉み消される。

 しかし彼女は気にも留めない。


「まぁ、だからといって見逃してはあげませんがね。大人しくお小遣いになってください」


 僅か数秒のうちに辺りを埋め尽くしたゴブリンの群れ。

 くすんだオリーブ色が視界を染める。


「グギャッガギャッ・・・ジュルリ」


 ルミナは棍棒を振りかぶって接近するゴブリンを冷めた目で見遣る。


「汚い棍棒・・・趣味が悪いですね。私、それにだけは触りたくありません」


 極東の小国で刀と呼ばれる、細身の武器を生成して襲い掛かるゴブリンの心臓目掛けて投擲した。


 続いて、ナイフを五本生成。

 集団になって襲い掛かる五体のゴブリンにそれぞれ投擲。


 返り血の一滴も浴びたくなかった。


 さようなら。とルミナは右手を振る。


 時計回りに一周した腕の先から、不可視な風の刃が飛んでゆく。


 身長の揃ったゴブリンたちは、首の高さも変わりない。


 ――つまりは、そういう事だ。


 どさり。


 そう聞こえたのはどこからだったか。


 様々な汚れが付着した緑の首が地面に転がってゆく。


 次いで、肩の上の断面からどす黒い赤紫の血液が吹き出した。

 噴水のような赤紫は、限りなく赤に近い色彩で緑を侵食する。


 最期に、力を失った胴体が崩れ落ちた。その数はざっと二百を超えるだろう。


 一瞬のうちに、見張り二号を除くすべてのゴブリンが絶命した。


 せ返るような血の臭いに、ルミナは眉を顰める。


「ゴブリンは群れると狩り易くて助かるのですが、これは・・・耳を獲るのが面倒ですね。首ごと持って行っても良いでしょうか」


 そんなことを嘯きつつ、空中に生み出した無数の刃で左耳を切断してゆく。

 正確無比なコントロールだった。


「ギャッギャギャッ?!」


 いつの間にか物見櫓を降りて来ていた見張り二号が、背後から棍棒を持って駆け寄ってくる。


 その声がやけに哀しげで悲壮感に溢れているように感じたのは、自分が異常な証なのだと、ルミナは嗤った。


「残念です。私を殺したいなら、声も音も立ててはいけません。それに・・・殺気が駄々漏れですよ」


 空から降り注ぐ二つの刃が、見張り二号の首と左耳を同時に落とした。


 見張り二号は、自分に何が起こったのかも理解できずに、目を見開いたままただの肉塊となった。






 赤に限りなく近い紫が、ルミナのどす黒い感情を刺激する。


「緑だし、野菜の収穫みたい。・・・真っ赤なままなら収穫されずに済んだのに」


 ルミナは憐憫とも取れるような視線を投げかけた。


 その時、ボロ小屋の中の人の気配が一つ――動き出したのに気付いた。


「そっか・・・人間・・・六人位いたんだっけ。声はかけるべき?」


 念入りに耳を亜空間収納に突っ込んだ後、おびただしい数の死体を山積みにする。


 どうしてもボロ小屋を覗きたくなかったルミナは、できる限りの時間潰しを終えて、思いため息を吐いた。


「キミたちのお母さん、助けて欲しいですか?」


 ルミナによって火をつけられた死体の山は、問いかけに答えることなくパチパチと音を立てる。


 真っ赤な炎が勢いを増すのを尻目に、ルミナはそっと歩き始めた。






 今回の報酬――銅貨二百二十六枚。

 分かりやすく両替すると、金貨二枚と銀貨二枚、そして小銀貨一枚と銅貨一枚の成果である。


 今日一日で、ルミナは無一文からちょっとした小金持ちへとランクアップした。


 常時依頼はFランクから受注できる。

 しかし初心者がするには難易度の高過ぎる依頼であること、そして一般に討伐数は一日当たり十体以下であることを、ルミナはまだ知らない。

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