第2話 人形の森

私の地元には不思議な森があることを最近思い出した。森といっても鬱蒼とした本格的なものではなく、「ちょっと木が多い場所」とでも呼べる小規模なもののような気がする。

「ような」と推測の形で言うのも、その森のことをここ最近になるまですっかり忘れていたからだ。確かに頻繁に遊んだ筈なのに、その場所の記憶がごっそりと抜け落ちていた。

その森には数百体の人形が至るところに放置されており、誰かを待つかのようにして侵入する人間を見つめていた。日本人形から西洋ドール、ぬいぐるみまで、人型を模したものが不規則に並べられていた。殊更に不気味なのは、そんな印象的なことでさえ、私の記憶から消えていたことである。

その森のことを思い出したのは、実家に帰省し、久々に小学校のアルバムを見た際だ。記憶に懐かしい旧友達との思い出の写真の中に、私の知らない少年が映っていた。その謎の少年と私は仲良さそうに肩を組んでいた。

はて。この子は一体、誰だったろうと、考えた瞬間、その少年との記憶が鮮明に蘇った。彼は"たっちゃん"という渾名で、私の親友だった。よく、例の森で一緒に遊んだ筈だった。驚くべきことに、森の記憶もまた、その瞬間に湧き出るようにして思い出した。

たっちゃんの記憶が蘇ると同時に、たっちゃんが行方不明になったことに思い至った。私とたっちゃんはしばしば、学校終わりにその森で遊び、その日はかくれんぼだった。

私が鬼となり、森に隠れたたっちゃんの姿を探した。しかし、いくら探してもたっちゃんは見つからなかった。次第に辺りは暗くなり、森の中の人形達が私を見つめているような気がして、不安が湧き上がってきた。恐ろしくなって私はそのまま森を後にした。

そして、たっちゃんの両親にたっちゃんが行方不明になったことを知らせに向かう途中で、たっちゃんのことを忘れてしまった。知らせるべき人間のことを忘却した私は途方に暮れ、迷子になり、交番に向かった。

無事に帰宅できた私は母の作った晩御飯を食べ、次の日を迎えた。学校へ登校するが、居なくなったたっちゃんのことはなんの騒ぎにもなっていなかった。消えたたっちゃんのことを、私を含めた当時の人間全てが忘却していたのだ。

卒業アルバムに行方不明になる前のたっちゃんが映り込んでいなければ、これからもたっちゃんのことを思い出すことはなかっただろう。

私の地元はどういう訳か子供の人数が少ないように思う。小学校には空き教室が多く目立っていた。

ひょっとしたら、たっちゃんのように誰しもに忘れられた子が他にもいるのかもしれないということに気付いて、卒業アルバムを閉じた。

今後、二度と開くことはないだろう。

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