令和百物語

寺田

第1話 深夜の訪問者

大学生の頃の話だ。

たしか2回生の夏ごろだったかな。友人と有名な心霊スポットに出かけたんだよ。免許とりたてで浮かれてた友人が、誘ってきたんだけど、その心霊スポットは、山奥の小さな一軒家で、若い男が急な発作で死んだという触れ込みだった。ただの病死のくせに心霊スポットかよと訝しんだけれど、いざ行ってみると、なるほど、かなり雰囲気があった。

「なんか、本格的だな」

「うん。聴いてたのと違うぞ。ガチっぽいじゃん」

「やめてくれよ、ショボい感じって聞いて来たんだぞ。俺、ほんと怖いの無理なんだって」

どうやら僕らのような肝試し連中が家を荒らすせいで、元々の荒れ家がよりボロボロになったみたいだ。

「そろそろ帰ろうぜ、なんか不気味だわ、ここ」

友人の一人が怯え出した。

その時はまだ笑う余裕もあったんだけど、リビングのソファに脱いだシャツが置いてあったのを見て、急に不安になったんだ。その服は、会社帰りの人が無造作にポンと置いた雰囲気そのままで、なんというか生活感が残ってるっていうか、すごくリアルだった。

あ、ここは誰かが住んでた家なんだ。

当たり前のことだけど、その時初めて自分達が他人の住居に進入していること、そして、その住人は既に死んでいることを認識した。

みんな徐々に無言になっていき、車に戻り、帰宅した。車の中ではみんな少し安心したように馬鹿話に興じ始めた。

だけど、僕は言いようのない不安に襲われていた。

やってはいけないことをしてしまったと、何故かそう強く思った。





その日の深夜。

僕は物音で目が覚めた。

その物音は、靴の音で、ちょうど僕の住むアパートの部屋の前から聞こえてきた。

こつこつこつこつこつこつこつ。

こつこつこつこつこつこつこつ。

ドアの前で足踏みをするみたいに、その音はずっと響いていた。

めちゃくちゃ怖かったけど、覗き穴から外を見てみたんだ。

誰もいない。

ぞっとした。

ああ、ヤバイなこれ。

ヤバイことになった。

多分だけど、ドアを開けたら終わる気がする。

そう思って、音楽をかけながら寝た。耳の奥であの靴の音が何度も何度も響いていて、不安になったけど、なんとか眠ることができた。

翌朝、学校に出かけようとドアを開けると、革靴が一組ドアの前に置かれていた。

ビビって、そのままにして大学に向かったよ。





大学から帰っても靴はそのままドアの前に置いてあった。見るのも嫌だったので、そっと目を逸らして部屋に入った。いつもはつけないキーチェーンもつけた。

深夜。

またしても靴の音は響いてきた。

こつこつこつこつこつこつこつ。

こつこつこつこつこつこつこつ。

こつこつこつこつこつこつこつ。

こつこつこつこつこつこつこつ。

何度も何度も、ドアの前で足踏みをするように、こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。

僕はもうどうしようもなく不安になって、友達に電話をかけたけど、誰も信用してくれなかった。

眠ることなんてできなかったから、その日は明け方までずっと起きていた。

朝になって、靴の音が消えて、その日はバイトがあったから、外に出たんだけど、一組の靴と一緒にグレーの使い古された靴下が置いてあった。

寒気がした。

ああ、何かが来ている。

そう思ったね。





その日の深夜にもまた靴の音が響いた。

こつこつこつこつこつこつこつ。

こつこつこつこつこつこつこつ。

こつこつこつこつこつこつこつ。

勿論恐怖もあったけど、正直、僕はうんざりしていた。

ただ靴の音がするだけで、眠ることができないなんて馬鹿馬鹿しい。

今日こそはしっかり寝てやるぞと目を閉じた。


ドン!!!!!


ドアが蹴られる音がした。


僕の心臓は強く跳ねて、もうそのままの姿勢から動けなくなっていた。


こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。こつこつこつこつこつこつこつ。


そしてしばらくしてから、


ドンドンドンドンドンドン!!!

ドンドンドンドンドンドン!!!


ドアを膝で蹴るような、そんな鈍い音が大音量で響いた。


僕は泣きたくなって、じっと我慢した。



明け方、ドアを開けると、靴と靴下、それから紺のスラックスが置いてあったのを見つけた。

僕は気づいてしまった。

だんだんと身体が出来上がってるんだ。

初日は靴。

だから、靴音だけ。

2日目は靴下。

足首まで身体が出来上がって、靴音だけ。

でも、3日目はスラックス。

下半身が出来上がって、膝でドアを蹴ることができた。



じゃあ、今日は?


心霊スポットで見たあのシャツを思い出した。

上半身ができあがる。

ドアノブを開けることができるんじゃないか?

身体中の毛が逆立つのを感じた。




その日は友人の家に泊まった。



翌日、家に帰ると案の定、あのシャツが置かれていた。ドアにはたくさんの手形が残されていた。



その日も友人の家に泊まった。

2日目ともなると友人も訝しんでいたけど、ガタガタ震える僕を見て、仕方なく泊めてくれた。



翌朝、不安になりながらも家に帰宅した。

すると、変なことが起こっていた。

昨日まで自分の部屋の前に置いてあったシャツやスラックス、靴下と靴が隣の部屋の前に置かれていた。

そして、黒いキャスケット帽が新しく置かれていた。

僕が不審に思っていると、隣の部屋のドアが開いた。

若い男が不機嫌そうに僕を睨んでいた。

「あのさ、あいつお前のツレ?」

「あいつ…?」

「昨日の深夜にさ、馬鹿でかい声で『あけろあけろ!!入れろ入れろ!!』って叫び回ってた会社員みたいな男。お前の部屋のドア、何度も何度も蹴ってよ、あと、ドアノブガチャガチャ回して、気持ち悪いし、うるせえから「うるせえよ」って怒鳴ったんだよ」

若い男は気味悪そうに僕の方を見た。

「そしたらよ、あいつ。こっち見てニヤッと笑ったんよ。でさ、低い声で言ったんだよ」



「ああ、こっちが開いた。こっちにするか」




「で、今日はなんか部屋の前にこんだけあいつの服置いてあって、気持ち悪いし、なんなんだよ、マジで。お前、なんか知らない?」




隣人には「知りません」の一点張りで乗り切って、すぐにその部屋を引っ越した。隣人がどうなったかは知らない。

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