第14-2話 寒椿(後編)
二ツ谷駅の北部に立地する薄い桃色の校舎。その敷地内にはここ聖蘭高校に通う女子生徒らが闊歩している。朝のホームルームまではまだ時間的余裕があり、今しがた校門を潜った生徒らも特段急ぐ様子はない。
間もなくして登校してきた麻美が校門を潜り抜ける。いつもは通学路の途中で誰かしら知り合いの生徒に遭遇し、そのまま一緒に登校することが多いのだが、今日は珍しく誰にも遭遇することなく学校まで辿り着いた。たまにはこんなゆっくりとした登校時間も良いものだと、つけていたイヤホンをカバンにしまう。通い慣れた教室までの道程を歩いていると、一つの懐かしい後姿が前方を歩いていることに気がついた。麻美はその人影に駆け寄って声をかける。
「おはよ、千景! 珍しいね、こんな時間に行き合うなんて」
できるだけ警戒されないように、かといって腫物に触れるような空気は出さないように。何気ない感じを装ってはいたが、麻美は内心避けられることは覚悟していた。例によって、声をかけられることなど想像もしていなかった千景は、一瞬身体をビクッとさせた後、恐る恐る声の方向へ振り向く。
「あ、葉山さん……お……おはようございます……。そうですね……今日は電車が若干遅れたみたいで……」
相変わらず挙動は不審だったが、それでも返答があったことに麻美はひとまず安堵する。たまたま今日は他の生徒と一緒ではなかったのが功を奏した。おそらく誰かと一緒のときはこうはいかなかっただろう。それでも、幼い頃に遊んでいたときのことを考えると、今の二人の間の距離は酷く離れてしまっていることを却って実感させられた。
「葉山さんって、水くさいなあ。昔みたいに麻美って呼んでくれたらいいのに」
戸惑うような表情をする千景。少なくともその表情からは嫌悪感や畏怖といった感情は読み取れない。単純にどうしたら良いのかわからないようだった。
「あ……えっと、ごめんなさい……あさ……」
「麻美〜! おはよ! ねぇどうしよう、ウチ冬休みの課題まだ終わってないんだよね。昨日までは忘れたことにして乗り切ったんだけどさぁ、さすがに今日はムリかなぁ?」
後方からハイテンションで声をかけてきたのは、麻美のクラスメイトである小原枝里佳だ。なにかと麻美に声をかけてくることが多く、学校では同じグループとして行動をともにすることが多かった。
「そりゃあムリでしょ、仏の顔もなんとかって言うしね。言うほど仏かって感じだけど」
麻美はいつもの調子で返すも、内心は千景の方が気になっていた。枝里佳は明らかに千景の苦手とするタイプだろう。もう少し時間があれば、なんとかルナと引き合わせる糸口を見つけ出せるかもしれないと思ったが、上手くいかないものだ。案の定、千景はそそくさとまるでさっきまでの会話がなかったかのように先を往こうとする。一応、申し訳なさそうなジェスチャーを見せたが、彼女に伝わったかわからない。
「……ってあれ? あのコ知り合い? なんか麻美と全然違うタイプっていうか……なんか暗そうだけど」
千景と会話しているところを見ていたのなら、敢えて割り込まなくても良いだろうに。千景を小馬鹿にするような口ぶりが癇に障り、思わず小言が口をついて出る。
「小学校の頃一緒だったんだよ、枝里佳がうるさいから気遣って先行っちゃったよ」
「え!? ウチのせい?」
枝里佳は特に悪びれる様子はなく、暢気に笑っている。
『あ……えっと、ごめんなさい……あさ……』
あれはたしかに自分に指摘されたから“麻美”と呼ぼうとしていた。だとしたらそこまで壁があるわけではないのだろうか。それに、以前声をかけたときよりも幾分、会話を続けようという意思を感じる。あのときは全ての人間を恐れているようなそんな挙動だっただけに、彼女の中でなにかが変わるような出来事でもあったのだろうか。そんなことを考えながら教室までの道を歩いた。
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