第13-3話 再会(後編)

 スタクロを出た後、私は河澄へと向かう電車が来るホームへ、紫帆は住居が二ツ谷駅から北東方面にあるようで、駅北口のバスターミナルへと向かった。


 電車の出発時間まではまだ時間があるが、ホームへ降りると、私が乗る予定の電車が既にドアを開けて停車していた。乗車率はそれほど高くはないが、座席は既にほぼ全て埋まっている。私は端の座席横から伸びる手すりに捕まる位置に立った。出発までの間の時間潰しに、白中ルナの『Shabetter 』アカウントをチェックしようと携帯電話を取り出そうとして、斜め前で座席横の壁にもたれて立っている女子高生にどうにも見覚えがあることに気づいた。重く伸びた前髪に外ハネした黒髪のミディアムヘアー、聖蘭高校の制服を身に纏ったその姿は、先月ストーカーに追われ私に助けを求めてきた彼女だった。


「あれ? あなたはあのときの……?」


 誰かに声をかけられるとは思っていなかったのか、一瞬ビクッと驚いてこちらの方を向く。長い前髪から覗く黒い瞳が私を映した後、大きく見開いた。


「あ……あなたは……、え、えと……あのときはご迷惑をおかけしました……」


 おずおずと彼女が謝る。私はできるだけ彼女が萎縮しないように軽快に朗らかに話しかけた。


「謝らなくていいって。それより電車同じ方向だったんだね、どこで降りるの?」


「えっと……土浦駅です……」


「そっか、私は河澄だから途中まで一緒だ。えーと……」


 そこまで言って彼女の名前を知らなかったことに気づく。あのときは、ストーカーを撒くのに必死だったし、撒いた後も警察に個人情報を控えられるのが嫌でどさくさに紛れて帰ったんだった。


「そう言えば自己紹介がまだだったね、名前、聞いてもいい?」


 そう言うと、彼女は俯き気味に名乗る。


「……松橋……千景です……」


 その名前には聞き覚えがあった。どこで耳にしたんだったか。


『風の噂じゃストーカー被害に遭ってるとかなんとか……』


 ふと、麻美の言葉が頭を過る。そうだ、麻美が言っていた彼女の幼馴染だという女子生徒だ。通っている高校も、ストーカー被害に遭っているという情報も一致する以上、同姓同名の他人ということはないだろう。私は占めたと思った。麻美からのクエストは彼女と仲良くなるというものだったが、その前にどうやって私と彼女を引き合わせるかというのが懸念事項となっていたからだ。それがまさか、こんな形で知り合えるとは思ってもみなかった。それどころか、麻美から彼女の話を聞く前に既に出会っていたというのだから世間は狭いというかなんというか。


「私は……白中ルナっていうんだ、よろしくね」


 白中ルナと名乗るのに抵抗が生じた。つい先程、嘘を重ねるのは嫌だとカミングアウトしたその舌の根の乾かぬうちに、また偽りの名を名乗ってしまった。だが、依頼主である麻美のオーダーはあくまでも白中ルナとして振る舞うことが条件付けられている。人間関係にトラウマを抱える彼女だ、私の嘘が露呈したらますます人間不信に拍車がかかるのではなかろうか。


『それが本名だろうが芸名や源氏名だろうがキミの本質にはさして影響はない』


 先刻の紫帆の言葉が思い出される。どのみち既に白中ルナの状態で知り合っているのだ、本当のことはいずれ折りを見て話そう。


「いつも帰りはこの電車なの? この間は結構遅い時間だったけど……」


「あ……いつもはこの電車なんですけど……あのときは……補習だったんです……。私、少し休んでいた時期があったので…」


 しまった、なにか部活でもやっているとでも聞き出せればその話題から話が広がるかと思ったのだが、藪蛇だったか。麻美はそこまで言及していなかったが、おそらく千景は不登校とまではいかないものの、未だ学校に行けない日があるのだろう。それで危うくなった単位取得を補うためにあの時間まで補習があったということだ。原因は中学時代のトラウマを引きずっているのか、ストーカー被害によるものか。麻美が見る限り、高校ではイジメに遭っている様子はないと言っていたが、たとえ高校でイジメがなかったとしても、休みがちな生徒はそれだけでクラスの輪の中から外れてしまう。一度コミュニティと距離ができてしまうとそこに立ち入るハードルが以前より高くなるということは私自身も身に染みてわかっている。

 居場所のないコミュニティにいることに苦痛を感じると、さらに学校が億劫になり、また休んでしまうという負のスパイラルに陥ってしまう。今はまだ補習を受けるだけでなんとかなっているようだが、この状態が続くと、いずれは留年の二文字に追われることになるだろう。そしてもし留年してしまったら、彼女が一学年下の生徒らと上手くやっていけるとは、悪いが到底思えない。


「そっか……、ちなみにそれって出席日数足りないやつ? それとも点数足りなかったやつ?」


「え……と……どっちもです……。日数も足りてないんですけど、やっぱりその……休んでた間の内容って全然わからなくて…」


 千景は恥ずかしそうに答える。だが、そういうことなら私にも一つ考えがある。


「あはは、わかる! ちょっと寝てただけでも言ってることさっぱりわからなくなるもんね。そうだ、一つ提案があるんだけどどう? よかったらさ、たまに図書館かどこかで私と一緒に勉強しない?」

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