第11-3話 懺悔(後編)

 買い物を終え、帰りのバスの中で携帯電話を見ると、いつの間にか麻美から返信のメッセージが入っていた。


『ごめん、家のことでドタバタしててなかなか連絡取れなくて。聡子からなんとなく話は聞いたけど、直接会って話を聞きたい。今日の夜か明日の午後会えない?』


 良かった、まずは直接会うというハードルはクリアした。ならば善は急げだ。


「杏、私このままちょっと友達のところ行って来る。次のバス停で降りたら帰り道はわかるでしょ?母さんには夕飯いらないって言っておいて」


「えぇ、ちょ、ちょっと!」


「次は上新田三丁目、上新田三丁目」


 祖父母邸最寄りのバス停の名がアナウンスされる。


「ほら、降りる! お金出して!」


 杏を降ろしたバスは私を乗せたまま次の目的地を目指す。待ち合わせ場所は駅から東南方向にあるカフェレストラン『Rhodanthe』。先に席で待っていると約5分くらいして麻美が店に入ってきた。


「やあ、あけましておめでとう」


 いつもどおりの飄々とした態度で新年の挨拶をする。いつもどおりの麻美のはずだが、何処かぎこちない空気が流れる。これから説明することの突飛のなさを麻美は既にわかっているはずだ。怒っているだろうか、失望しているだろうか、その表情からはわからない。だが、私にできることは一つしかない。


「麻美、本当にごめん。聡子からも事情は聞いてるかもしれないけど……私の口から全部説明する」


 麻美はなにも言わずに、ただ頷いた。


「ことの発端は11月、『focus』で中学時代に仲の悪かった同級生に会ってね、なにかと私を目の敵にしてるやつだったんだけど、そいつはその日も私に絡んできてお前の彼女を紹介しろと言ってきた。私に彼女などいないのを承知でね。それでそのまま屈服するのも悔しかったから、女装した自分を彼女だと偽って鼻を明かしてやろうと思ったのが全ての始まり。それで、その準備のために服を買いに行ったところを聡子に見られてたんだ。聡子は私が彼女へのプレゼントを買ったんだと思い込んで、次の日に私にそのことを聞いてきた。さすがに女装用の衣装を買いに行ったとは言えなかったから、そのまま彼女ってことにしたんだ。そして二週間後、その中学の同級生との約束の日。私は柊野翠の彼女としてそいつに会いに行って言いたいことを言ってやった。そして、その後──」


「私たちに会った、ってことね。あのとき、友達と喧嘩してきたって言ってたのは本当だったんだ」


「うん、そしてその後は知ってのとおり、二人と仲良くなるほどに私はどんどん本当のことを話せなくなっていった。このまま白中ルナとして二人と友達でいられたらなんて都合の良いことを考えてた。麻美は私のことを心の許せる友達だと言ってくれたのに、私は嘘を吐き続けていた。最低なのはわかってる、絶交を言い渡されても不思議じゃない。それでも……この偽りだらけの見た目でも、その気持ちに嘘はない……! 二人と友達でいたかったって、その気持ちだけは絶対に嘘じゃないから……!」


 言葉に熱がこもる。周囲の席の客は、何事だろうとちらちら様子を伺っている。だが、言いたいことは言った。麻美と会うのがこれで最後になってしまったとしてもできることはしたつもりだ。


「ぷ……あははははは!」


 麻美が突然笑い出したと思うと、私の両の頬をつまんで左右に伸ばす。


「そんな辛気くさい顔しなさんな。かわいい顔が台無しでござるよ」


「あ……麻……」


 戸惑う私に麻美は柔らかな微笑みを投げかける。初めて会ったときに見せたあの表情だ。


「なんとなくだけど気づいてたよ、そんな見た目してるから確信は持てなかったけど。普通の女の子と話してるのとはちょっと違ったからさ。あのとき『私の話を聞いてほしい』って言ってたのはこのことなんでしょ? まあ、聡子に先にバラされる形になっちゃったけど」


「お、怒ってないの……?」


 恐る恐る尋ねる私に、麻美はいつものように飄々と答える。


「別に? だって私にとってはルナはルナだし。聡子が怒ってるのはあれでしょ、男モードのときから知ってるから騙されてる感が強いんでしょ」


 そんなものなのだろうか、麻美がさっぱりしすぎているだけではないだろうか。


「あ、でもあれだよ。逆に私はルナのこと異性としては見れないよ。私が友達になったのは白中ルナだからね。これからも私と会うときは白中ルナでいてくれなきゃ困るよ」


 麻美は人差し指を立ててぴしゃりと言う。

 思わぬタイミングで失恋をした。最初から破綻していた恋だったが、私の初恋は始まる前に終わっていたようだ。だが、不思議と悲しさはなかった。恋愛対象として見られないことよりも、この身が偽りの化身と知ってなお友達だと言ってくれることが嬉しかったのか、そもそも私が恋だと思っていたものは恋に恋していただけのものなのかもしれない。


「……わかった。それとさ、聡子にも改めて説明したいと思ってるんだけど……」


「あー、やめといた方がいいよ、少なくとも熱りが冷めるまでは。あいつ、ああなったら聞く耳持たないから」


 付き合いの長い彼女が言うからにはそうなのだろう。非常階段で私の弁解を聞く余地など毛ほども見せずに立ち去った聡子を思い出す。


「ま、聡子にはタイミング見て私からフォローしておくよ。ルナは悪気があって嘘ついてたわけじゃないって」


「本当!? ありがとう!」


 麻美に後光が差し込んでいるように見えた。もはや恋愛感情抜きにしても彼女のためになにかしたいという気持ちに駆られる。


「ねぇ、私麻美に借りばっか作ってるよね。私にもなにか返させてよ」


「なに言ってんの、私だってルナに……と、そうだ。それじゃあさ、お詫びと言っちゃなんだけどルナに一つお願いしようかな」


 なにか思いついた様子の麻美が口を開こうとしたところで、オーダーしていたコーヒーが運ばれて来た。

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