第11-1話 懺悔(前編)

 悪夢の補習最終日から一週間、あれから聡子とも麻美とも連絡を取りあっていない。少なくとも麻美には次に会うときに本当のことを話すと約束した以上、一度会うアポイントを取り付けるべきなのだろう。だが、彼女に連絡を取ろうと携帯電話を手にする度に、聡子から釘を刺されたことを思い出してはメッセージを削除するというルーティンを繰り返しているうちに年末年始に突入してしまっていた。大晦日や三ヶ日は家族や親戚の集まりがあるだろうから、なかなか連絡をしづらい。そういう私自身も親に合わせて親戚の相手をしたり親戚の家を回ったりする必要があったため、そちらの方になかなか気を割けないでいた。今日は二ツ谷区にある母方の祖父母の家を訪問しており、今は新年のあいさつや初詣を終え、漸くゆっくりできる時間をとることができた。


「なぁアニキ、最近元気なくね? いや、元気ないのはいつものことだけどさ、ちょっと前までは少しマシだったじゃん。まーた元に戻っちゃってるよ。あ、もしかして彼女と別れた?」


 ソファでくつろぎながら携帯ゲーム機をプレイしていた杏が、すっかり腑抜けた様子でぼうっとしている私に言った。出不精だった人間があれだけ短期間のうちに遊びまわるようになったと思ったら、また出不精に逆戻りしたのだ。その急激な変化を訝しむのも不思議ではない。


「そういうんじゃねーよ、ちょっと友達と喧嘩しただけだ」


「えっ、アニキ友達いたの!?」


 驚きの声を上げる杏。私に彼女がいるという勘違いはした癖に友達がいるということは信じないのか。全く失礼なと思いかけたが、杏がそう思うのも無理のない話だと改めた。そもそも今までまともな友達などできたことがないのだ。そんな私が初めて友達になれるかもしれない思えた存在。麻美の言葉を借りるなら、心を許せる友達だと“私は”思っている。


「ねぇねぇ、アニキの友達見せてよ。プリとかないの?」


 プリクラか、そういえば三人でカラオケに行った日にロビーにある筐体で撮っていたのを思い出した。撮った画像の上に落書きするという文化の勝手がわからず、とりあえず二人に任せていたっけ。

 私は携帯電話に送られてきていたプリクラの画像データを表示する。


「って友達って女子かい! イケメンの顔でも拝めるかと思ったのにさ。どれどれ……ふーん、みんなめっちゃかわいいじゃん。え、この三人が友達ってこと?」


「ちげーよ、友達は両脇の二人。それの真ん中は俺だよ」


 ガタンという音が聞こえる。どうやら杏がソファから崩れ落ちたようだ。ああ、そういえば杏にはまだ話していなかったのだった。聡子に真実を話したことでそれまで張り詰めていた糸が切れたのか、自分の中で隠し通そうとする気力が明らかに弱まっているのを感じる。


「はぁ!? これがアニキ!? ギャハハハハハ! なにそれ、ちょーウケる! めっちゃギャルじゃん! なんでこんなことしてんの?」


 杏は爆笑しながらも信じられないと言いたげな顔でプリクラの画像と私を交互に見る。


「うっせーな、俺には俺の都合があるんだよ」


 私は杏の手から私の携帯電話をひったくる。そこに表示されている画像を改めて見る。こう見るとどう見ても女子高生の青春の1ページだ。こんな楽しそうに笑って写っている自分の写真が、家にあるアルバムをひっくり返したところで何枚存在するだろうか。

 やはり、このままなにもなかったことにするのは嫌だ。聡子にはああ言われたが、麻美には自分の口から話そう。そして熱りが冷めたら聡子にもちゃんと一から話そう。あのときはちゃんと伝えられなかったわけだし。その結果、やっぱり女装して女子高生の青春に混ざる変態とは金輪際関わりを持たないとの結論になったとしても。


 私はこの一週間、入力しては削除してを繰り返し推敲を重ねたメッセージを麻美に送信した。

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