第4-3話 X-day(後編)

 二ツ谷駅は相変わらず人で溢れている。私はもう彼らには会いたくなかったため、『focus』とは駅を挟んで反対方向にある駅ビル『awl』へ向かう。途中、やはりすれ違う人達の視線が気になった。最初は私に不審な点があるのかとも思ったが、かつての同級生である亮介達はでさえその点に関しては特に疑うこともなかったし、見た目が割と派手なのが原因だろうか。もしくは、女性というのは常にこれだけの視線に晒されながら生活しているのだろうか。スーツを身に纏ったサラリーマン、同い年くらいの中高生、流行りのパンツやジャケットを纏った大学生、部屋着と紙一重の格好で練り歩く中年男性、とにかく柊野翠の状態では感じ得なかった類の視線を露骨に感じる。

 時刻は12時半、そろそろ昼食にありつきたい頃合だ。私は補習で学校が午前中に終わる日にしばしば訪れる牛丼屋の前に立ったところで、自動ドアのガラスが反射して映し出す自身の姿を見て気付いた。なんというか、場違い感が凄い。別に女性が一人で牛丼屋を訪れることを否定しようとは思わない。むしろそんなことを気にして食べたいものを我慢するのは愚かだと思っていたくらいだ。だが、ここに来るまでに感じた視線のことを思うと、おそらく食事中も同じか、店内という閉鎖空間である故それ以上の視線を向けられるかもしれない。お一人様は慣れている。そのことでどうこう思われることを気にする段階はとっくに過ぎた。だが、あの品定めをされているかのような視線を向けられながら口にする食事が美味しいとは思えない。いかに格安チェーンでの食事といえど、それがただの栄養補給になってしまっては動物と同じだ。いや、以前どこかで見たニュースでは、山で生活していた熊が木の実が凶作でもないのに里で育てている農作物を求めて山を降りてくるという話だったし、動物だって食事に栄養補給以上の意味を見出しているのかもしれないのだ。食事の時間くらいは救われていたい。そう考えると、女性が一人牛丼や一人ラーメンと呼ばれるものを避けるのは、周りから寂しい人間だと思われるのを避けるためであるとばかり思っていたが、単純にその視線が不快だということなのかもしれない。

 結局、その場違い感をあまり感じない場所を探すうちにカフェチェーン店『スタークロノス』へ辿り着いた。サイズの選び方がよくわからなかった私は、慣れない手際で代名詞を多用して注文を済ませる。ベーコンエッグマフィンとクリスマスシーズン限定のなんとか言うラテを持ち二人がけの席に着く。なるほどこちらは先ほどまでのように視線をほとんど感じずに食事ができる。やや割高なのが玉に瑕だが、席料として納得することにした。

 席に座り荷物を整理していると、聞き覚えのある声が私を呼んだ。


「あれ、もしかしてルナちゃん?」


 私は困惑した。私の正体が看破されて柊野翠の名で呼ばれるというのならいざ知らず、なぜこの世に存在しないはずの白中ルナを呼ぶ声があるのだろうか。白中ルナに知り合いはいない。強いて言うならばつい先程訣別してきた亮介らが唯一の知り合いのはずだ。

 私は恐る恐る声の方へ目線を移す。そこに立っていたのは、普段見慣れた制服姿ではなく、トレンドのコーディネートの服装に身を包んだクラスメイト、有坂聡子の姿だった。


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