2-2
そこから、香山さんとの連絡する日々は続いた。最初はひどく身構えていたけれど、送られてくる話はこれまで授業終わりに聞いていたものと同じだった。隣の席の誰々くんが誰々ちゃんのことが好きで告白したけど、振られた、とか、社会科の先生が汗臭くて困るとか。こうやって連絡をするようになってから香山さんの授業終わりは素直に帰宅していった。僕は他の先生に謝らなくて済むようになったし、自分も早く帰ることができるのは素直に嬉しかった。でも、一人だけ−藤原だけはなんだか僕のことを怪しんでいた。
「そういえば、最近香山さんすぐ帰るけどどうかしたの?」
授業終わり、藤原は僕に聞いてきた。
「あぁ、この前、他の先生の迷惑になるから早く帰って欲しいって伝えたんだよ」
「ふうん」
藤原は腑に落ちないような態度で返事をした。
「何か?」
「いや、別に。でも、まぁ、あなたが変なことをしてなかったらいいけど」
背中に冷や汗が流れる。
「変なことって?」
「いや、特段何かあるわけじゃないけど」
「そう」
藤原は僕の目をじっと見つめた。何か大切な情報を見落としているんじゃないかと史料に張り付いてみている考古学者のような目だった。
「ま、いいんだけど」
藤原はそう言って鞄を持ってそそくさと帰ってしまった。
家に帰ると相変わらずLINEには香山さんからのメッセージで溢れていた。
―多いな。
特に最近多い。毎日届くのは当たり前だが、最近は自分の話をもだし、僕の話を聞いてくる。大学では何をしているのか、とかどう言う友達がいるのか、とか。
特に友だちの話はきつい。どうしても“彼”のことが頭をよぎる。香山さんは僕の嫌な部分まで思い起こさせる。
―しんどいな。
少しこの関係に疲れていた。元はと言えば、本当はしてはいけないこと。いつでもやめてもいい。自分の変な罪悪感から続いている関係。そんな罪悪感を捨ててしまえば苦しむことはない。簡単なこと。
「今日でやめにしようか」
こうやって文字を打つだけ打って消して、を繰り返す。
―なんか高校生の恋愛みたいだな。
そんな風に感じた。実情は先生と生徒という枠組みを越えた非常に危険な状況だが。
−人に好かれる、か。
ふと感じた。“彼”はどう思っていたんだろう。少なくともあいつは篠山さんに好意を持たれていた。彼女のいうことが正しければそれが事実だ(僕に嘘をつく必要性はないから限りなく事実に近いだろう)。それでも、“彼”は−“ギャッツビー”は、その愛に気づくことはできなかった。「自分が愛せているのか」そればかりに執着しているように感じた。
―だめだ。そんなことを考えちゃいけない。
まるで僕が香山さんを意識しているみたいじゃないか。そう思いながらも届くメッセージに返信をしていく。僕は香山さんに、言えない。もうやめようと言うことはできない。それは僕が持つ罪悪感のせい?それとも、香山さんに対して意識をしているから?僕は香山さんを、どうしたいんだ?
次の日、体調不良ということにしてバイトを休んだ。教室長から小言を言われたが、そんなことはどうでもよかった。香山さんと合わなくて済むことの方が大事だった。
「先生、今日休みなんですか?」
とLINEが来た。来るだろうとは持っていた。僕は無視をした。今返事をしてはいけない。というより、香山さんに返信をしてはいけない。そう言い聞かせる。自分は先生であの子は生徒だ。そういう関係になるのはご法度だ。ドラマとか映画じゃあるまし。一時の気の迷いだ。あいつが悪いんだ。あいつが“ギャッツビー”になろうとして、僕にその肩代わりを頼むからいけないんだ。考えたこともなかった色恋沙汰に飲み込まれていってしまう。それは“ギャッツビー”のせいなんだ。
僕は、頭の中で色々浮かんでくる感情を吐き出していく。声には出せないから消化不良だけれど、悶々とするよりはマシだ。僕は少しおかしな感情に苛まれているだけだ。僕はそう思いながらも、どうしても、どうしても香山さんのLINEを消すことはできなかった。まだ、僕の心の中にある“罪悪感”ってやつが邪魔をしていた。
その夜、僕は、香山さんからの溜まりに溜まったメッセージを見て一通だけ送った。決死の覚悟だった。
「今日でLINEを送るのがやめてくれないかな」
返事はなかった。いつもならすぐ返事が来るのに。一時間ほど待って連絡が来た。
「わかりました。その代わり」
文はそこで終わっていた。その先に何が書いてあるのか、僕は心臓がバクバクしていた。
「一日だけ一緒に遊んでください」
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