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 彼の願いを叶えるために、まずは彼を知ろうと思った。彼が求めるものは何なのか、彼の求めている『愛』とは何なのか。それを知らなければ、僕はギャッツビーになれないし、彼の穴を埋めることはできない。

 手始めに僕は、彼の実家に連絡をし、息子さんの遺品を見たいとお願いした。息子が死んだばかりだと言うのに、彼の母親は僕の願いを聞いてくれた。電話越しで、母親は僕に、

「あの子の一番の友人のお願いは聞くわ」と話してくれた。

 週末、僕は彼の実家に足を運んだ。彼の母親は、僕を暖かく迎え入れてくれた。客間に通してもらった後、彼の仏壇にお供物をして、軽く世間話をした後、彼の母親は話を本題に切り替えた。

「そういえば、どうしてあの子の物が見たいの?」

と聞いてきた。

「彼との約束がありまして。それを果たすために」と僕は答える。

「約束?」と彼の母親は聞いてきた。

「何も聞いていないのですか?」

「ええ。あの子、何も言わずに、死んじゃったから」

母親はとても辛そうな声を上げた。

「すみません」

「謝らなくても」

 僕は、その場にいるのが居た堪れなくなり、彼の部屋に向かった。

 彼の部屋は、とても片付いていた。下宿先から送られてきた私物がダンボールに入った状態で積まれていたが、散らかってはいなかった。彼は、几帳面な人間だった。何をするにも丁寧に、そして紳士的にこなしていた。彼の机には綺麗に削られた鉛筆が三本、角の尖った消しゴムが一つプレートに置かれていた。机の棚には、高校時代の教科書が並べられていた。

「ダンボール、開けてもいいですか?」と僕は彼の母親に聞いた。

「ええ。いいわよ」

 僕は、失礼の無いようにダンボール開けて、何が入っているのか確認した。そこには大学で使う専門書や書籍、その他の本に紛れて一冊の日記帳が入っていた。生真面目な彼だ、日記をつけていたに違いない。ただ、日記なんてものを貸してくれるとは到底思えなかった。息子が何を考えていたのか、もしかしたら死んだ理由が見つかるかもしれない、そう考えると知り合いとはいえ、赤の他人に息子の日記を貸してくれるとは考えにくい。僕はその日記をそっと手に取って自分の持ってきた鞄にしまった。幸いにも僕が日記を盗んだことに彼の母親は気がつかなかった。

 ふと机に視線を戻すと一枚の写真が机の端に飾ってあった。そこには彼と僕が写っていた。五歳ぐらいの写真だろうか、僕は彼の一歩後ろに立っていた。

「その写真、覚えている?」と彼の母親は聞いた。

「いえ、こんな写真撮りましたっけ?」

「そうなのよ。小さな頃からあなたたちは仲良くて、息子はいつもあなたの話をしていた。どんなことをした、こんな話をしてくれたって。他のお友達の話をするより、あなたの話をしたがったのよ。本当にあなたの事が好きだったのだと思うわ」

僕はもう一度写真を見た。彼はいつも僕には優しく微笑むばかりで、いつもみんなとの付き合いに精一杯だった。そんな彼は、僕をしっかりと友達として、しかも大切な友達として僕を見てくれていた。

「ギャッツビーだよ、お前は」僕はぼそっとつぶやいた。

彼の母親は少し不思議そうな顔をしたが、特には聞いてこなかった。

 そのほかにも何か彼の形跡をたどれるものは無いかと思って探すものの、ほかに何か得られそうなものはなかったため、僕は礼を言って家を出た。

大きな収穫といえば、彼の遺した日記だけだった。それでも、大きな成果だ。彼が何を感じ、彼が求めていて、それでいて『完璧』な彼が手に入れることができなかったもの、彼の言う『愛』とは何なのか、それを見つけることができるかもしれない。

 彼の実家から自分の下宿先に帰るまでの電車の中で早速日記を読むことにした。その日記は、大学入学の頃から始まっていた。最初の頃は、ただただ楽しい学校生活を記していた。読めば読むほど、彼がどれだけ几帳面で誠実で、そして「完璧」だったのかを感じさせられた。そんな日記が続く中、二年の末から日記に大きな変化が現れた。その日記には一人の女性が出てきた。その女性の名は篠山沙織しのやまさおり。彼はこの篠山沙織に大きく傾倒していた。どのページにもこの篠山沙織が出てきて、彼の日記はどんどん粗野に野蛮になっていった。彼は篠山沙織に溺れていたのだった。彼女の肉体を望み、精神を望み、自らのものにしたいと感じていた。そして、カウントダウンが近づくにつれて、彼は、死を感じ始めていた。


二月二十四日

僕は、篠山を自分のものにすることができなかった。彼女は僕のことを好いていると確信しているんだ。それは間違いない。この僕だ。嫌われるはずがない。でも、でもどうしてこんなに心が蝕まれるんだ?僕に得られないものなんてなかった。でも、どうして僕は彼女を抱くことができないんだ?僕が「不完全」なのか?そうでなければおかしいはずだ。『愛』とはなんなんだ?僕は彼女を信用していないのか?信用とは?僕は彼女に何を望む?そんなことは決まっている。彼女が僕のものになることだ。僕のものになるとは?彼女の気持ちは?『愛』ってなんなんだ?不完全な僕にはわからないんだ。誰が僕を撃ち殺してくれるんだ?誰も愛せないんだよ。僕が求めるものは肉欲だ。それしかないんだよ。なんだよ、僕のものって。彼女は彼女だ。でも、彼女は僕のものであって欲しい。篠山沙織は僕のものでないといけなんだ。それで完璧になるはずなのに。誰が僕を撃ち殺す?僕が僕自身を殺す、のか?助けておくれ、Old Sport


二月二十八日

僕は、僕に求めすぎていたのかもしれない。僕は何もできた人間じゃないんだ。たまたま運よく「完璧」を演じることができていたんだ。結局の僕は、一人の女性を真剣に愛せないほどの、未熟で愚かな人間なんだ。僕は、ギャッツビーなんかじゃないんだよ。Old Sport


三月三十日

僕にはわからないことがある。『愛』ってなんだ?教えてくれよ、ジェイ。君ならわかるだろう?君は、人を愛してこの世を去った。僕は何をしてこの世を去ればいんだ?


三月三十一日

―君に託すよ


 日記はここで終わっていた。僕は、篠山沙織について考えた。彼女が彼を変えたんだ。彼女は一体何者なんだ。

 篠山沙織自体は僕も知っていた。同じ文学部の人間だ。存在ぐらいは知っている。でも、決して学部のマドンナになれるような存在じゃない。彼女はどちらかというと窓際に一人で座るような女性だ。ブサイクでもないし、どちらかと言うと整った外見を持っているとは思う。彼が惚れてしまうようなことがあるのはわからなくはない。彼の真面目さを考えれば比較的容易に想像がつく。でも、篠山と彼はどこで出会い、どのような関係をもち、どうして彼を「絶望」させたのか。その大事な部分は日記に記されていなかった。彼はその記述をサボっていた。いや、もしかしたら書くことができなかったのかもしれない。僕は篠山詩織に会わなくちゃいけない。僕の週明けの行動は確定した。

―まずは、篠山だ。彼女が何かを持っている。 

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